「僕(私)は、君に惹かれた 前編」
ー2年B組の教室ー
僕(日暮〇〇)が通う高校は服装が自由なところだ。ホームルーム前の騒がしい中、僕は好きな漫画のキャラを自由ノートに描いていた。鞄にはその漫画が入っているが、校内で読むのは禁止されているので、代わりにこうしてキャラの似顔絵を描くことで楽しんでいた。
?:おい日暮、またこんなの描いてんのか?
その僕の机へ、クラスのいじめっ子グループのリーダー髑森淳が、いつものように子分たちを連れてやって来た。
〇〇:うん。
髑森:うん、じゃねーよ。こんなことして、楽しいのかよ?
〇〇:楽しいよ。
すると、髑森は僕がキャラを描いていたノートの紙を引きちぎり、クシャクシャに丸めて窓に投げ捨てた。
子分1:お、今日はどれくらい飛んだかな?
髑森:ん〜、微妙だな。
子分2:ま、でも大事な朝練だもんな。
髑森:そういうことだ。ヲタクくんも、少しは運動した方がいいぜ〜
〇〇:そ、そうだね…
子分3:おい淳、そろそろくるぞ。
子分3に呼ばれた髑森は二人のお供を連れて僕の机から離れると、教室の引き戸付近に向かう。そこに一人の女子生徒が廊下から教室へ入って来た。
髑森:よ〜、梅澤さん!
彼女の名前は、梅澤美波。
空手部の主将で、全国大会で優勝経験がある。その上、とんでもなく顔も容姿も美しいので、クラスの男子たちが密かに梅澤さんを狙っているのだ。
美波:邪魔なんですけど?
梅澤さんは自分の顔に近づいて来た髑森の顔を手で退かすと、自分の席につく。
髑森:そうだ、今日学校終わったあとどっか行かない?
美波:無理。今日も練習あるから。
髑森:そう釣れないこと言わないでさ、たまには…
美波:しつこいんだけど。
声は静かだったが、梅澤さんは鋭い眼光で髑森を睨みつけた。
髑森:わ、悪かった…
そのまま髑森たちは席へ戻っていった。
いつも見る光景だが、梅澤さんが時々羨ましく思った。
堂々としていて。
でも、そんな力は僕にはない。
だから、僕は毎回髑森たちに絡まれた時は、必要もない謝罪して穏便に済ませようとする。
でも、梅澤さんはハッキリとものを言って、髑森たちを退く。
まぁ、人それぞれ解決方法は違うのだと思うことにしていた。
ー乃木第3公園ー
公園に着いた僕はベンチに座り、鞄から漫画を取り出す。
放課後、僕はこの公園のベンチで漫画を読むのが習慣になっている。家に帰ってから読めば良いとも思っていたど、外の空気を吸いながら読むのが心地良いことに気づいて、最近からこうするようになった。
けど少しすると…
ワンッ
やっぱり来た。
なんて思いながら、飼い主から逸れて僕の足元に来た犬の頭を撫でた。
すると、僕の腕に顔を擦りつけてくるのだ。
〇〇:もうダメじゃないか、ユウ。小林さんから離れちゃ。
ワンッ
そう。この犬の名前はユウ。ユウは飼い主の小林さんって人と一緒にこの公園近くの道を散歩しているのだが、やんちゃな性格で時々小林さんのもとから離れてしまい、そして僕がいるこの公園にやってくるのだ、何故か。
小林さん:ここにいたのか、ユウ!あ〜、良かった。
〇〇:こんにちは、小林さん。
小林さん:こんにちは、〇〇くん。いつもこの子を見てくれてありがとうね。
〇〇:いえいえ。
小林さん:さっユウ、一緒に帰るよ。〇〇くんにお礼しなさい。
ワンッ
ユウは小林さんのもとに戻ると、僕に向かってお礼の一吠えをした。
〇〇:あまり小林さんを困らせるんじゃないよ?
ワンッ
本当に、返事だけはしっかりしているんだから…笑
と思いながら小林さんとユウを見送った。
さ〜て、続きを読むか。
と漫画を手に取り、ページを開いた。が少しして…
?:あ、ごめ〜〜ん!!!
とボールが飛んできた。僕は飛んできたボールをキャッチすると、遊んでいた子たちにボールを返した。
〇〇:また、ドッジボールしているの?
子:うん。そうだ、お兄さんも一緒に遊んでくれない?
〇〇:良いよ〜
そう答えて、子どもたちのドッジボールに加わった。
やがて夕暮れ時になり、子どもたちが家に帰る時間になった。
子:ありがと〜お兄さん!一緒に遊んでくれて。
〇〇:気をつけて帰るんだよ〜
子:は〜い。
子どもたちが僕に向かって手を振りながら走っていき、それに応えるように僕も手を振った。
〇〇:今日も続きは家で読むか。
鞄に漫画をしまって公園から家に帰ろうとした時、
美波:日暮?
急に声をかけられて振り返ると、梅澤さんがいた。
〇〇:梅澤さん。部活帰り?
美波:ん、まぁ〜そうだね。
そう挨拶がわりの会話をして漫画をしまおうと思った瞬間、
美波:それ、私も読んでる。
と言って、僕がしまおうとした漫画を指差した。
〇〇:え、梅澤さんも?
と聞くと梅澤さんが頷いた。
美波:何巻、それ?
〇〇:10巻だよ。
美波:ってことは、最新巻か。私、3巻まで読んだけどそれ以降は持っていなくて…
〇〇:貸そうか?4巻以降。
美波:え?良いの?
〇〇:うん。今は持ってないけど、家にあるから。
美波:ありがとう。
梅澤さんと話してみると、教室にいる時の威厳があって少し怖そうな雰囲気とはうって変わって、意外とフレンドリーなんだなと思った。
美波:って、待て待て!そうじゃないんだ!
〇〇:え?漫画読まないの?
美波:いや、そうじゃなくて。それは貸して欲しいけど…頼みがあって来たの。
〇〇:頼み?
美波:うん。部活終わりの稽古に付き合って欲しいの。
いきなり?しかも、何故に僕に??
〇〇:どうして??
美波:いや〜、最近他の部員たちが稽古に付き合ってくれなくてさ…それで、なんとなく日暮に頼もうと…
喋りを止めた梅澤さんが僕の目を見て、再び口を動かす。
美波:って、ごめんね。なんか日暮のこと暇人みたいに言って…
〇〇:ううん、実際そうだし笑。良いよ。
美波:え?
〇〇:稽古、付き合うよ。困っているみたいだし。
美波:あ、ありがとう!!恩に着る!!
梅澤さんの顔がちょっと赤くなっていた気がしたが、夕陽に照らされているからだろうと思って気には留めなかった。
そのあと僕は梅澤さんと家まで歩き、家に着くと部屋に向かい4巻以降の漫画を持って来て、梅澤さんに渡した。
美波:お〜、ありがとう日暮!
〇〇:うん。返すのはいつでも良いからね。
美波:じゃあ、明日から稽古付き合い、よろしくね。
〇〇:うん。
美波:あ、こっちが色々頼んでばっかだから、今度ご飯奢るよ!
〇〇:良いよ、そこまでしてもらわなくても。
美波:いや悪いじゃん。遠慮すんなって!
そう言うと、梅澤さんが僕の肩を軽く叩く。
美波:じゃ、また明日ね。
〇〇:うん、また明日。
こうして、玄関で梅澤さんを見送った。
〇〇の父:おい〇〇、今の子…もしかして彼女か?
〇〇:違うよ父さん。
〇〇の父:ほんとか?隠さなくたって良いんだぞ?笑
〇〇:本当だよ笑
〇〇の父:でも安心したよ、父さん。
〇〇:え?なんで?
〇〇の父:お前にもちゃんと友だちができてたんだなと思ってな。ほら、お前ってあまり自分から友だち作らないだろ?
〇〇:心配してくれてたんだね?
〇〇の父:そういうこと。じゃ、飯食べるか!
そう言って父さんが先に食卓に向かっていった。
そう、梅澤さんは今日初めて友だちに…
いや、どうだろうか…
向こうはそこまで思ってないのか??
考えても答えが出なそうだったので、とりあえず食卓に向かった。
でも初めて梅澤さんと会話して、胸がざわついていたのは確かだ。
そして、翌日。
放課後、僕は一人図書室で梅澤さんの部活が終わる時間まで本を読んで過ごし、時間になって空手部の道場に向かった。
美波:あ、来てくれたね。日暮!
〇〇:もちろんだよ、約束したし。
美波:それじゃ、そこに置いてある道着に着替えてくれる?
言われた通りに用意されていた道着に着替えた。
〇〇:初めて着たけど、カッコ良いね。
美波:気に入ってくれてよかった。それじゃ、稽古始めるね。
〇〇:でも僕、何も知らないけど大丈夫なの?
美波:大丈夫、今から教えるから。
それから、梅澤さんに基本的な空手の試合での立ち回り方や技を、説明と実践を交えて教えてもらった。
そして、いざ練習試合へ。
バタンッ
〇〇:はぁ〜、はぁ〜
力尽きた僕は床に仰向けになって倒れた。
美波:お疲れ〜、日暮。
〇〇:はは、やっぱ僕じゃ梅澤さんの相手になんかならないよ笑
実際、試合中はひたすら梅澤さんに技を取られまくっていた。言われた通り、迂闊に間合いを詰めないようにとか意識していたけど、それ以上に梅澤さんが素早い動きで、技を入れようとしてくるのだ。
美波:でも初めての割には、結構私を手こずらせたよ。
〇〇:そうかな…?
美波:日暮、あんた才能あるかも。
そう言われると、素直に嬉しかった。
なんせ、大会優勝者から言われるんだから。
でも、それだけじゃない気もした…
美波:じゃ、ご飯食べに行くか。私のおごりで。
〇〇:良いの?
美波:昨日、言ったじゃん。付き合ってくれたお礼にって。
〇〇:そ、そうだね。ありがとう。
美波:よし、久々に外でご馳走だ〜!!!
そして僕と梅澤さんが向かったのは、一軒のファミレスだった。
店員に案内され席に着くと、それぞれ好きな料理とドリンクバーを注文した。
美波:ちょっとトイレ行ってくるね。
〇〇:うん。あ、飲み物取ってくるけど何が良い?
美波:あ〜、じゃジンジャエールが良いな。
〇〇:分かった、ジンジャエールね。
美波:うん、ありがとね。
その後料理が運ばれてきて、梅澤さんは頼んだステーキを一口サイズに切って頬張った。
美波:ん〜、美味しい!!!
満面の笑みで食べる梅澤さんを見て、僕は思わず口角が上がりそうになった。それを誤魔化そうと、僕はエビフライを頬張った。
〇〇:うん、美味しい!
運動後の飯って、こんなに美味しいのか…
と思うと、結局僕の口角は上がった。
美波:日暮、めっちゃ美味しそうに食べるじゃん!!
と言いながら梅澤さんが笑っていた。
〇〇:いや、梅澤さんもそうなってたよ?
美波:え?嘘だ、なってないよ!
〇〇:なってたって!笑
美波:なってないってば!笑
それから、僕と梅澤さんは好きな漫画の話で盛り上がっていた。
美波:(漫画の主人公のライバル)が私好きなんだよね。
〇〇:うんうん、分かる!崖でさ、(漫画の主人公)がやられそうな時のでもう虜になったよ。
美波:「こんな雑魚にやられてんじゃねー!」って言って助けてくれるんだよね!もう、マジあのシーン好き過ぎる。
〇〇:だよね!
二人で漫画の好きな場面や、キャラの話に夢中になっていた。
美波:はぁ〜、すごく楽しかったよ!
〇〇:うん、僕もすっごく楽しかった!
美波:ねぇ、これからはお互い名前で呼ばない?苗字じゃなくて。
〇〇:え、じゃあ梅澤さんじゃなくて…
美波:美波って呼んでよ、〇〇。
早速、梅澤さんは僕のことを日暮ではなく〇〇と呼んだ。
〇〇:じゃあ、美波…さん。
美波:もう、さんづけ無し!!!
〇〇:分かった、美波。
美波:じゃあ、また明日ね。〇〇。
〇〇:うん、また明日。美波。
別れの挨拶をして、僕らは背を向けてそれぞれの帰り道を進んでいった。
梅澤さ…美波と別れてから、僕は頭の中で今日美波と初めての稽古をしてからファミレスでのこと、それから昨日初めて会話したことを振り返っていた。
というか、それしか考えられなくなっていた。
クラスの中だと、地味な存在でそもそもいるかどうか認識されているか微妙な存在だった。でも、別に気にしてなかった。誰かに自分を理解してもらおうだなんて思ってなかった。
そんな僕が、クラス一の美人の美波と関わりを持つようになるなんて…
そして、それは僕に新しい感情を誕生させていた。
昨日と今日は、僕にとって特別な日になった。
唯一、本当の自分を見せられる相手、それが美波かもしれない…
僕のことを〇〇と呼んでくれた美波の笑顔が、眩しかった。
日暮…いや〇〇と別れてから、私は彼のことが頭から離れなくなっていた。
クラスのみんなは、私がすでに男とデートしてるだの噂していたけど、正直そんなことはなかった。
そういうのが苦手だった。
だからデートというかそもそも、異性の子とどこか食べに行くのも〇〇が初めてだった。
そして、凄く楽しかった。
ずっと〇〇のことが気になっていた私にとって、昨日と今日は特別な日になった。
〇〇といる時間は、なんだか本当の自分でいられてる気がした。
そして、私のことを美波って呼んでくれた時の、〇〇の曇りのない笑顔が忘れられなかった。
後編へ続く
続きは↓
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