星と獣

「これでよしっと」

 お湯をカップラーメンに注いだヒロは独り言を呟いた。あとは三分待てば軽食が出来るのだから便利なものだ。
 現在地は館内の食堂。ヒロは小腹を満たすため、本日はカップラーメンに手を付けようとしていた。食堂では謎の便利機能によって様々な料理が簡単に食べられるのだが、その中からあえて彼はカップ麺を選んでいる。理由は単純に、好きだからだ。一仕事終えた後は無性に食べたくなってしまう。
 お湯を沸かすのに使った鍋を片付けると、ヒロはワクワクした面持ちでカップラーメンをテーブルへ運ぶ。さて自分も座ろうとかと椅子に手をかけたが、広間の方から騒ぎ声が聞こえるのに気が付くと動作を止めた。どうやらヨモとセリオンが言い争っているらしい。

「んだよ、うっせぇな……」

 そう言いながらも無視できない彼は、面倒そうに様子を覗きに行った。姿が見えたのは予想通りヨモとセリオン。二階にいるヨモは手すりから身を乗り出し、一階にいるセリオンを怒鳴りつけていた。

「てめぇ逃げんじゃねぇよ! ちゃんと説明しろや!」

 普段以上の口の悪さを発揮しているヨモへ、セリオンも荒々しく言い返す。

「うるせぇバーカ! どうせ聞いたって分かんねーくせに! もう嫌だ! 出てくっ!」

「何勝手なこと言ってんだ! 自爆させてやろうか!?」

「ご自由にどうぞっ!」

 セリオンは威勢よく言い放つと、玄関を開けて外へ飛び出して行ってしまった。それと同時にヨモの部屋の扉が開くと、今度はアヤが二階の廊下へ現れる。

「セリオンっ……あぁ、行っちゃった……」

「あんなヤツ放っとけ!」

 ヨモは不機嫌さを全開にして応じると、そのまま彼女と入れ替わる格好で自室へ戻ってしまった。小さな背を見送ったアヤは深く溜息をつく。

「んもう……放っとけるわけないじゃない……」

 困ったように頭へ手を当てている彼女へ、ヒロは広間から問いかけた。

「どうしたー? 喧嘩かー?」

 その声でアヤは彼が一階にいるのに気づいたらしくハッとした表情になる。

「あっ、ヒロ……」

 彼女は階段を下りてヒロの元へやってきたが、顔には相変わらず困惑が浮かんでいた。

「それが……えぇと、どこから話したらいいかしら……」

 頭の中を整理するのが苦手なアヤは難し気な形相で言葉を迷わせている。どうやら複雑な状況らしいのを察したヒロは広間の椅子に腰かけた。

「まぁ座れよ。ゆっくり話してみな?」

「んん……」

 うながされるままアヤも彼の隣の椅子へ腰かける。数秒彼女は困り顔でいたが、再度溜息をついてから口を開いた。

「……あのさ、リンが館から出ちゃった事件のこと、覚えてる?」

 意外な台詞を聞いたヒロは少し驚いた顔つきになる。

「あぁ、そりゃもちろん。大騒ぎだったからな」

 リンが館から出てしまった事件というのは、文字通りリンが館の外へ出てしまい一時行方不明になった事件のことだ。数時間ほどでリンは発見され大事には至らなかったが、玄関を開けられないはずのリンが外へ出てしまった原因が不明なままという、なんとも疑問の残る出来事である。

「あの事件がどうかしたか?」

 改めて尋ねたヒロへ、アヤは顔をうつむかせて答えた。

「あれ……セリオンが原因だったみたい……」

「えぇ!?」

 ヒロは更に驚きを大きくさせる。あの事件にセリオンが関わっているなど完全に想定外だったのだ。

「ど、どういうことだ?」

 動揺を隠せないまま問いを重ねた彼へ、アヤは三度目の溜息をついてから応じる。

「あの日、リンは玄関が開いてて、そこから外を覗いてたら背中を押されて外に出ちゃったって言ってたじゃない? あれ、勘違いじゃなくて本当のことだったの」

「つまり、セリオンがリンを押したってのか? なんで?」

「聞こうとしたんだけど、ヨモが怒っちゃってそれどころじゃなくなったわ」

 アヤは首を横に振り、更に話を続けた。

「セリオン、今までも勝手に玄関を開けて、こっそり外に出てたみたい。あの日も外に出ようとしてたんだけど、リンが通りかかったから隠れたんだって。そしたらリンが玄関が開いてるのに気付いちゃって、だから証拠を消すために……っていうのが、ヨモの考え」

「そういやセリオンのヤツ、玄関を自力で開けてたな……」

 ヒロは先ほどの光景を回想する。あまりにセリオンが普通に玄関を開けたため違和感に気付くのが遅れてしまった。

「なんでセリオンが玄関を開けれるんだ? 俺達と、あとスクナしか開けられないはずだろ?」

 ヒロは考え込んで疑問を口にする。館の玄関は特殊な作りになっており、三足鳥が許可した人物しか開けられない仕組みになっていた。

「分からないわ。試してみたら普通に開いたって言ってた」

 アヤは困り顔のまま答え、台詞を繋げる。

「いつからか分からないけど、結構前から何度も一人で外に出てたみたい。で、色んな人の願いを叶えてたらしいの。そういう連絡が三足教の方に来て、それがヨモの耳に届いて……セリオンを問いただしたら、この有様ってわけ」

「なるほどな……」

 事態を把握したヒロが難し気に唸る。それを見ているアヤも似たような顔になっていた。

「今回のこと、かなりヨモは怒ってるわ。リンを外に出したのも大問題だし、勝手に能力を使ったのだって一歩間違えば大惨事になってただろうし……っていうか、もしかしたら私達が知らないだけで何かが起こっててもおかしくないし……」

「まぁ、大惨事になってたらさすがに三足鳥が気付くって。何も言ってないってことは問題なかったんだろ」

 ヒロはアヤを安心させようとしたが彼女の動揺は継続している。

「私、セリオンに詳しく話を聞こうとしたんだけど、ヨモがセリオンを廃棄するって言いだしたから慌てて止めたの。その隙にセリオン、逃げちゃったわ」

 ヒロはヨモの怒鳴り声を思い出した。

「それで自爆させるとか言ってたのか……やりかねないな……」

「一応、自爆ボタンは取り上げたから大丈夫だと思うんだけど」

「自爆ボタン!?」

 彼が素っ頓狂な声を上げると、アヤは懐から手のひらサイズの板状の機械を取り出した。機械には複数のボタンが取り付けられていたが、それらは簡単に押せないようカバーで覆われている。

「これ押すと、セリオンが爆発するんだって」

 赤いボタンを指さしてのアヤの説明にヒロは呆れてしまう。

「そんなもん付けてたのか……」

「ヨモのことだから、他にも予備のボタンがあるかもしれないけどね」

 アヤは乾いた笑い声をもらしたが、すぐさま表情は暗いものに切り替わってしまった。

「……どうしたら良いのかしら。確かにセリオンは危険なことをしたし、リンも巻き込まれた以上見過ごせないわ。でも……廃棄は、可哀そうよ」

 彼女は弱り切っている。一方、アヤから機械を受け取ったヒロは板状のそれをじっと見つめていた。

「ん? このモニターってなんだ?」

 彼が注目したのは機械の下部についている小さな画面で、そこには無数の数字が表示されている。数字は絶えず増減しており、セリオンに関する何らかの情報を表しているのが分かった。
 ヒロから問いかけにアヤは顔を上げる。

「あぁ、セリオンが勝手に出歩いてるのを知って、急いで位置情報が分かるように付け加えた機能だってヨモが言ってたわ。まだ簡易なヤツだから、大体の座標しか分からないらしいけど」

 ヒロは数字を見つめたまま呟く。

「ってことは、ヨモの廃棄宣言は脅しか」

 一瞬アヤはポカンとしたが、彼の言葉の意味を理解するとパッと顔を明るくさせた。

「あっ、そうかも! 廃棄するつもりなら位置が分かるようにする必要なんてないもんね」

 ヒロも表情を和らげると、機械を撫でて自身の推理を口にする。

「まだヨモに迷いがあるなら、セリオンを謝らせれば何とかなるかもしれねぇ。セリオンにだって言い分があるのかもしれないし、とりあえず話合わせよう」

 状況に光が生まれたことでアヤは目に見えて力強さが戻っていた。

「セリオンは……海の方に行ったみたいね。連れ戻してくるわ!」

 彼女はモニターに表示された数字を見るなり立ち上がる。が、それをヒロは制止した。

「いや、俺が行くよ。この方角だと追いかけるには船が必要になりそうだしな。だいたいの座標は出てるから、俺が空間移動で行った方が早い」

 増減する数字を眺めていた彼の頭の中では、セリオンが向かっている場所のおおよその見当がついていた。
 ヒロの宣言を聞いたアヤは動きを止めたが、顔にはまたもや不安が滲んでいる。

「え、でも……大丈夫? セリオン、結構追い詰められてたから簡単に戻ってきてくれないかも」

「大丈夫だって。アヤはヨモをなだめといてくれ。あいつ、気が変わりやすいからな」

「うん……」

 彼女は頷いたが未だ表情は優れない。落ち着かない心情を察したヒロは普段の態度に戻ると、軽い調子で声をかけた。

「あー……あと、食堂に俺のラーメンがあるからさ。手ぇ付けてないから、食っといてくれよ」

「えっ、良いの!?」

 途端にアヤは目を輝かせる。試みが上手くいった手応えに、自然とヒロも口元に笑みを浮かべた。

「もうお湯入れて三分以上経ってそうだけどな。食いたいなら早く行った方がいいぞ」

 言うなり、ヒロは手で食堂を示し彼女へ行動をうながす。彼の意図に気付いたアヤは少し申し訳なさそうな顔になったが、すぐさま嬉しそうな表情に切り替えた。

「……ありがとう、ヒロ」

「おう、ごゆっくり」

 ヒロはヒラヒラ手を振って彼女を見送る。アヤの背中が食堂に消えたのを確認すると、彼は改めて手元の機械へ視線を落とした。

「さて、と……」

 モニターの数字が示している場所。記憶力に優れるヒロは、座標に存在するものが何なのかを知っている。

「面倒なとこに行きやがって」

 彼は苦々しく呟くと、大儀そうに椅子から立ち上がった。


 座標に従い空間移動を行ったヒロは瞬時に目的地へ到着した。予想通り、出迎えたのは海が奏でる波の音と、こびりつくような磯臭さ。そして、不自然な倦怠感だった。
 着地と同時にヒロはふらつくも、すぐに体勢を立て直す。靴を通して足に伝わったのは硬い感触だが、妙にツルリとしていてとらえどころがない。足元を確認した彼の目に飛び込んできたのは水に濡れた黒い地面。それは明らかにコンクリートとは異なっていたが、不思議なことに人工物としか思えない光沢を放っている。
 自身が立っている場所に確信を持つと、ヒロは気合を入れ直して顔を上げた。現在地は人間の遺跡。倦怠感の正体は混沌だ。三足鳥の加護があるとはいえ、何の備えもなく長時間滞在するのは命の危険が伴う。しかも魔物と遭遇する可能性もあるため、早急に目的を達成しなければならない。

 ヒロは辺りを警戒して足を踏み出す。視界に入るのは無数の柱と、そこから伸びる太いケーブル、らしきもの。地面にはヒビが入っている箇所も多く、僅かに確認できる断面は鉄板が張り付けられているように見えた。生き物の気配はなく、一定のリズムで繰り返される波音だけが耳へ届く。周囲の異様な有様を認識する度、彼は若干の頭痛を感じた。
 ヒロは端末に表示される座標を頼りに道のりを進んでいく。幸い、数分ほどで探し人は発見できた。障害物の無い開けた空間にて、セリオンは体育座りで海を眺めていたが、追跡者には気づいていたらしく視線を動かさないまま言葉を発した。

「……僕を爆破しにきたのですか」

「違ぇよ」

 ヒロはセリオンの横に座り込んだ。相変わらずセリオンはヒロを見なかったが、きちんと意識しているらしく大きな耳を彼の方へ向けている。
 話を聞く気はあるようだと判断したヒロは、同じく海を見つめて口を開いた。

「ここ、お前がいたとこだよな? 不具合を起こして、この遺跡に墜落したんだっけか」

 現在地はセリオンの核となっている凶星が墜落していた島。ヒロは初めて来たが、凶星を入手した際のヨモの報告書は読んでいたため場所は把握していた。

「……そうらしいですね。僕、よく覚えてませんけど」

 セリオンは赤い瞳を伏せ気味にして答え、手で右方向を指し示す。

「そこの穴が、僕が落ちた場所らしいです」

 つられてヒロも右を見ると、そこにはガレキに紛れるように大きな穴が開いていた。

「でけぇ穴だな」

 ヒロは素直な感想を呟く。穴は人が十人で取り囲んでも余裕のあるサイズで、奥は底が見えず暗い闇が広がっている。
 セリオンは腕を下すと、独り言のように状況を補足した。

「これでも大分塞がったらしいです。以前は、もっとずっと地下深くまで行けたのだとか」

「お前が力を失ったから、遺跡も機能を停止して、崩壊したんだったな」

 ヒロは報告書の内容を思い出す。墜落した凶星は遺跡内部を操作し、自身を発見した人物の願いを叶えていたという。
 この島で起こっていた不可思議な出来事に思いをはせ、ヒロは大穴を眺める。ふと、彼は穴の縁に赤くて小さな塊が置かれているのに気づいて目をすがめた。

「あれ、お供えか?」

「僕と一緒にいた人は、ああいう物が好きだったと聞いたので」

 セリオンも視線を動かす。縁に転がっていたのは赤い色をした星型の石。それはプラスチック製の何の変哲もないオモチャだったが、遺跡という異常な空間に不意に存在しているため、見ていると妙に落ち着かない気分にさせられた。

「あれを供えるために、外へ出てたのか?」

 星を横目で見たままヒロは問いかけたが、一方のセリオンは鼻で笑ってみせる。

「そんなわけないじゃないですか。あれは、ただの気まぐれです」

 吐き捨てるような台詞だった。ヒロは更に問いを続けようとしたが、それより先にセリオンは口を開き、ヒロの疑問へ答えを返す。

「僕が外に出たのは、人の願いを叶えたかったからであります」

 ヒロは改めてセリオンへ視線を向け直した。

「凶星なんだもんな、お前。人の願いを叶えたくて仕方ないんだっけか?」

「館でじっとしていると息が詰まるのです。誰かの願いを叶えないと、凄く苛々してくる」

 セリオンは神経質そうに耳をピクリと震わせる。

「でも、ヨモは僕の外出を許可しなかったのです。なので、なんとかこっそり外へ出たくて、とりあえず玄関を引っ張ってみたら、簡単に開いて……チャンスだと思ったのです」

 ヒロは不可解そうに眉間にシワを作った。

「お前が玄関に何かしたわけじゃないんだな?」

 彼の言い方が気に障ったのかセリオンは心外そうな声を出す。

「あっ、僕が玄関を壊したと思っているのですか? 違いますからねっ。スッと開いたのですよ。そりゃもう自然に!」

「うーん……そうか……」

 ヒロは未だ納得できなそうな顔をしていたが、これ以上セリオンを問い詰めても疑問は解消されないだろう。

「……ま、玄関の件はいいや。後で三足鳥に問い合わせとくか」

 彼は思考を切り替え、話の流れを元に戻す。

「で、外に出て人の願いを叶えてた、と」

「そりゃあもう、叶えまくりましたとも!」

「威張んな」

 自慢げに胸を張るセリオンを見てヒロは溜息をつく。

「ま、百歩譲って願いを叶えるのがセーフだったとしても、リンに手を出したのはマズかったな。リンは保護しなきゃいけない子供だってのはヨモから聞いてんだろ? 外に追い出そうとしたら、そりゃキレられるわ」

 やれやれと言いたげにヒロは問題点を口にするが、途端にセリオンは赤い瞳を見開いた。

「追い出そうとしたんじゃねぇよ!!」

「!?」

 セリオンが牙を剥いたのを見てヒロは目を丸くする。しばし両者は無言で見つめ合っていたが、やがてセリオンは目をそらすとポツポツと話し始めた。

「……僕は、あの子供の願いを叶えただけです」

 ヒロは困惑しながらも確認する。

「リンの願いって……リンが外に出たがってたってことか?」

「……そうです」

 セリオンは一度頷くと、やや間を置いてから話を続けた。

「あの子供が玄関から外を覗いているのを見ていたら、心の中の願いが聞こえたのです。外に出てみたいって」

「それで、背中を押したのか」

「あんなに強烈な願い、初めて出会いました。ヨモの言いつけは覚えていたのですが……」

 セリオンは山羊に似た頭を抑えると、ヒロを見ないまま問いを口にする。

「……あの子供は何者です?」

「何者かってのは俺達も三足鳥から聞かされてないんだよなぁ。別に変な能力は持ってない……と、思うんだけど」

 ヒロは問われるがまま答えになっていない答えを返した。
 一方、聞いている側のセリオンは頭を抱えたままでいる。まるで見えない何かから身を守っているかのような有様を見てヒロは心配そうに声をかけた。

「お、おい? どうした?」

 セリオンは目をつむってじっとしている。しばし彼はそのままでいたが、やがて瞳を開くとぎこちなく口を動かした。

「あの……これから話すことは誰にも言わないと、約束できますか?」

「ああ、約束する」

 ヒロがはっきり頷いて見せると、セリオンはポツリと心情を吐露する。

「……僕は、あの子供が怖い」

「怖い?」

「逆らえないのです。一目見た瞬間、近寄るのすら怖かった。でも、それなのに、願いを叶えなくてはいけないとしか思えなくなったのです」

 セリオンは自身の肩を抱きかかえた。

「願いを叶えた瞬間の達成感ったら凄かったのですよ。しかも、同時に怖いものもいなくなりましたから、そりゃもう嬉しくて嬉しくて」

 そこまで言うとセリオンは大きく息を吸い、吐き出す。

「……なんだか、あの時の僕は僕じゃなかった気がするのです」

 彼の告白を聞いたヒロは難し気な顔つきになった。

「リンには俺達の知らない能力があって、お前はそれのせいで異常を起こしたってことなのかなぁ……」

 今までのリンの様子、セリオンの行動。それらをヒロは回想したが、現時点では今回の事態に結び付く引っ掛かりは得られない。
 考え込んでいる彼をセリオンは横目で見て、静かに問いかける。

「……僕の言ったこと、信じてくれますか?」

 ヒロは迷いなく頷いた。

「そりゃあ信じるよ」

「なぜです?」

「なんでって……え? 今までの話、嘘なのか?」

「……どうでしょうね」

 言うなり、セリオンはそっぽを向いてしまう。
 どうやら彼は目の前の上司を試しているらしい。それに気づいたヒロは思考を切り替え、セリオンが納得できる答えを探った。

「……俺がお前の話を信じる理由は、お前が俺の期待に応えてくれると考えてるからだ」

 ヒロは今まで見てきたセリオンの姿を思い浮かべ、真剣な表情で話を続ける。

「お前の核には凶星が使われてんだから、お前は俺の願いを察してるはずだ。俺はお前に、真実を話して欲しいと思ってる。つまり、お前は真実を話している。だから、お前の言葉を俺は信じる。これでいいか?」

「…………」

 セリオンは無言だったが、それに構わずヒロは気恥ずかし気に回答を付け加えた。

「あと、今までの付き合いでの印象っつーか? お前は大事なところでくだらない嘘はつかない気がしてんだよ、俺」

 彼は軽い調子で言って見せる。やはりセリオンは無反応だったが、きちんと言葉は届いているらしく瞳が揺れていた。
 数秒、セリオンは迷うように沈黙していたが、やがて小さく言葉を発する。

「……一つ、質問があるのですが良いですか?」

「なんだ?」

 話をうながしたヒロへ、セリオンは遠い目になって話を繋げた。

「先日の任務で回収した、死亡していた老人についてです」

 彼の台詞をヒロは意外に感じる。先日の任務というのは、ヒロがセリオンと二人で行った浄水場を調査する任務のこと。死亡していた老人というのは浄水場の管理人のことだ。

「彼は昔からヒロを慕い、死の寸前まで忠実でした。しかし、そんな彼を、ヒロは信じられなかったと言いました」

 セリオンは淡々と言うと、やや間を置いてから短く尋ねた。

「……なぜです?」

 尋ねられた側はポカンとしていたが、すぐさま我に返ると気まずげな様子になる。

「あー……そうじゃねぇんだよ」

「はい?」

 その反応を見たセリオンもポカンとした。ヒロは自身の頭を乱暴にかくと、改めて状況を説明し直す。

「言い方が悪かったな。信じられなかったのはあいつのことじゃなくて、俺のことだったんだ」

「……ヒロが、ヒロ自身を信じられなかったと?」

「ああ……」

 ヒロは溜息交じりに頷くと、無意味に地面を見やって台詞を続ける。

「俺は三足鳥に従って、世界を平和にするための仕事をしてるわけじゃん? それに、なんつーか……自信が持てなくてさ……」

「あのぅ……まさか、ヒロ……」

 彼が何を言おうとしているのか察し、セリオンが動揺した声をもらした。それを肯定する格好で再度ヒロは頷く。

「そうだ……俺は、三足鳥の言ってることが信じられてねぇんだ」

 とんでもない本音を告げられたセリオンは引きつった顔になった。

「うっわ、それマズいのでは?」

「だってよぉ、本当に俺達、世界を平和にできてんのか? 良くなってる手応えが全然ねぇんだけど?」

 今度はヒロが頭を抱えてしまった。
 彼を見下ろしているセリオンは目を丸くして固まっていたが、やがて動揺を隠せないまま自身の考えを告げる。

「まぁ……確かに、外を出歩いてても願ってる誰かと常に出会いますし、それって人の心が満たされてないってことでしょうからね。平和になっていないのかもしれません」

 ヒロは深く息を吐き出すと弱々しく呟いた。

「そんな仕事に誰かを巻き込めるわけねぇだろ。あいつには平凡な人生を歩んでほしかったんだよ……」

 そのまま彼はぐったりしてしまう。しかし、すぐに顔を上げるとセリオンを険しい瞳で見据えた。

「この話、誰にも言うなよ?」

「……分かりました」

 ぎこちないながらもセリオンは頷く。想定外な話を聞いたセリオンは驚きと共に感情が切り替えられたらしく、表情が普段の彼に戻りつつあった。

「僕も三足鳥とやらは胡散臭いと思ってますしね。ヨモの手前、そんなことは言えませんでしたが。ヒロが同じ気持ちなのを知ってホッとしたって感じであります」

「そう、か……」

 口数の増えたセリオンとは対照的にヒロの言葉は重い。しかし、セリオンは気付かないまま言いたい台詞を並べていく。

「そもそも、ヨモ達っておかしくありません? なんで姿を見たこともない自称神なんて信じているのでしょう? しかも啓示のためなら命も惜しくないって感じですし! 挙句の果てには得体の知れない子供を追い払ったくらいで僕を廃棄しようとするなんて……」

「…………」

 勝手なことを喚くセリオンだがツッコミは返って来なかった。一人で話しているのに遅れて気付いた彼はヒロの顔を覗き込む。

「あの、ヒロ? 聞いてます?」

「あ……ああ……」

 ヒロは応じたが、それは辛うじてと言う他ない有様だった。彼は明らかに体調を崩しており座っているのすら辛そうにしている。
 急激な異変を見たセリオンは驚愕の声を上げた。

「どうしたのです!? 顔が緑色ですよっ!」

「……混沌のせいだな。ちょっと無理しちまったか」

 ヒロは皮肉気な笑顔を浮かべて見せるが空元気なのは明白だ。
 対して、機械であるセリオンは混沌の存在などすっかり忘れていたのだろう。慌てて立ち上がるとヒロの腕を引っ張る。

「大丈夫なのですか!? 立てます!?」

 うながされるままヒロは立ち上がろうとしたが、身体に力が入らず座り込んでしまった。
 ここまで混沌の影響が早く出たのは空腹状態だからだろう。体調を整えてから来るべきだったかと今更ながら彼は後悔した。

「……あ、ヤベ」

 その短い言葉を最後にヒロの意識は朦朧としてくる。

「ヒロ!? えっ……ヒロー!?」

 気絶する間際にヒロが聞いたのは、必死に彼の名を呼ぶセリオンの声だった。


 ヒロはセリオンによって館へ運ばれた。シノによる応急処置を施された彼は、幸い一時間後に意識を取り戻した。

「悪ぃな……」

 ヒロは診察室のベッドで上半身を起こしていたが、未だ体調は優れない。力の入らない様子でいる彼へシノは呆れた表情になって声をかけた。

「まったく、ヒロの身に何かあったらどうするんです?」

「ま、結果的にセリオンを連れ戻せたんだからいいじゃねぇか」

 ヒロは軽い口調で強がって見せる。彼が館へ運ばれたということは、セリオンも館へ戻ったということ。結果として目的は達成できていた。
 当のセリオンはというと、今は診察室にいない。館へ戻った彼は即ヨモに見つかり、今はヨモの部屋で彼女と話し合っているらしい。話し合い、といっても説教が中心になっているのだろうが、何にせよ状況の改善に繋がってほしいというのがヒロの気持ちだった。
 一方、セリオンに良い感情を持っていないシノは呆れの気持ちを隠さない。

「あんなガラクタ相手に無茶はしないでください」

「セリオンは仲間よ。ガラクタなんて言わないで」

 異議を唱えたのはアヤ。ヨモとセリオンの橋渡しを終えた彼女は、今度はヒロの心配をして診察室にやってきていた。
 今日も他人の心配で忙しいアヤへ、シノは涼しい顔で言い放って見せる。

「三足鳥の啓示に従えない仲間なんて邪魔なだけだと思いますが。あんなもの、さっさと廃棄すべきです」

「セリオンをどうするかはヨモが決めるってことでシノも納得したでしょ? シノがどう思おうが、ヨモ次第よ」

「……優しいですよね、二人とも」

 理解できないと言いたげにシノは首を横に振った。他人嫌いで、しかも三足鳥への信仰心があつい彼にとって、セリオンのような存在は厄介者でしかないのだろう。
 三足鳥。その名を思い浮かべたヒロは居心地が悪くなってくる。もし自分が三足鳥を信じられなくなっていると知ったら、シノは、仲間達は、自分への態度を変えるのだろうか。

「……セリオンとヨモ、まだ話し合ってんのかな? 長くね?」

 ヒロが話題を変えると、すぐさまシノは愛想よく応じる。

「とっくに爆破したんじゃないですか?」

 その台詞を当然アヤは聞き逃さない。

「ちょっとシノ?」

「……すみません」

 睨まれたシノは長い耳を垂れさせて反省をアピールする。更にアヤは何か言おうとしたが、彼女が声を発するより先に突然診察室の扉が開いた。

「おいすー。あ、ヒロ起きてたの?」

 呑気な挨拶と共にやってきたのはヨモ。少女の姿を見つけたアヤはさっそく心配そうに問いかける。

「ヨモ! セリオンは? どうなったの?」

 続けてシノも素っ気なく問いかけた。

「爆破したんですよね?」

「シノ!」

「すみません」

 先ほどと似たようなやりとりをしている二人だったが、対するヨモはあまり二人へ意識を向けていない。

「あぁー……その話なんだけどさ……」

 ヨモは自身の頭をさすりながら診察室を進んでいく。機械少女の進行方向はヒロのいるベッドだったが、それでいてヨモは彼を直視しようとしない。
 どうやら、言い辛いような何かが起こったらしい。状況を察したヒロは悪い予感に身を強張らせる。アヤとシノもヨモの態度に気付いたらしく既に騒ぐのを止めていた。
 ヒロの正面に立ったヨモは眉間にシワを作って悩むような素振りを見せたが、やがて溜息交じりに彼へ声をかける。

「えーと、ちょっとヒロに、頼みがあるっつーか……」

「俺に? なんだ?」

 静かに先をうながしたヒロへ、彼女はボソリと報告した。

「あのぉ……セリオンさ、ヒロの部下になることになったから」

「えっ」

 唐突すぎる内容にヒロはポカンとしたが、そこへ更にヨモは台詞を繋げる。

「今セリオン、ヒロの部屋に行ってるはずだから、ちょっと見てきてくんない?」

「……えぇ?」

 事態が飲み込めていないところに指示まで出され、当然ヒロの困惑は増してしまった。
 ヒロは無意味にシノとアヤを見る。二人も彼と同じ気持ちらしく、口を半開きにして唖然としていた。


 万全ではない身体に鞭をうち、ヒロは自室へ駆けつけた。青色の扉を開くと視界一杯に広がるのは無数の本棚。図書館にも似た彼の部屋には、今は不似合いな騒音が響いていた。
 硬いものがぶつかり合うガチャガチャという音。それが隣から聞こえるのを知りヒロは視線を動かす。自室に入ってすぐの、扉の横。そこではセリオンが座り込み、何やら作業しているところだった。床には複数の箱が置かれており、それらからは使い道の分からない機械類が覗いている。どうやら音の正体は雑に扱われている機械達が奏でるものだったらしい。

「……セリオン?」

 ぎこちなくヒロが呼びかけると、セリオンはパッと彼の方を振り返った。

「あっ、ヒロ! 起きたのですね!」

 セリオンは嬉しそうに立ち上がる。そしてヒロがあれこれ尋ねるより先に、背筋を伸ばしてキビキビと挨拶した。

「僕、これからヒロの部下になることにしましたので、よろしくお願いします!」

「いやっ、ちょっと待て! 俺の許可なく勝手に部下になるんじゃねぇよ!?」

 慌ててヒロは制止する。彼は何から聞こうか迷ったが、次に口から出たのは自分の部屋に置かれた不審物についてだった。

「つーか……それ、何?」

 ヒロが床の箱を指さし尋ねると、セリオンは当然のような顔で答える。

「僕の私物ですが?」

「どうして、お前の私物を俺の部屋に運んでんだよ?」

「だって僕、ヒロの部下になるのですし? 一緒の部屋で暮らすべきでしょう?」

 あまりにもサラリと言い放たれ、ヒロは混乱の極みに達した。

「な……なんで、こんなことになったんだ?」

「……それはヨモに聞いてくださいよぉ」

 頭を押さえて呻く彼へ、セリオンはヘラリとした笑顔で返す。

「じゃ、僕は引越し作業がありますので」

 言うなり、彼はヒロの横を通って部屋の外へ出て行ってしまった。
 反射的にヒロは追いかけようとしたが、廊下へ出た途端にヨモと出くわし足を止める。彼女は腕を組んだ体勢で仁王立ちになっており、白い顔にはブスっとした表情を浮かべていた。
 ヒロは改めてヨモへ問いかける。

「……ヨモ? どういうことだ?」

「…………」

 彼女は無言で立ち尽くしていた。またもや視線はヒロをとらえておらず、彼の存在を無視しているようにも見える。
 しかし賢いヨモのことだ。この場を沈黙で切り抜けられるとは考えていないだろう。わざわざ部屋の前までやってきた点を考えても、何か告げたい事柄があるはずだ。
 そう判断したヒロは感情のまま問い詰めることはせず、同じく口を閉ざして彼女の言葉を待った。
 静寂が一分を越えた頃、やっとヨモは言葉を発する。

「……認めたくなかったんだけどさ」

 彼女は視線を落とすと、床を見つめて呟いた。

「私には、セリオンを使いこなせそうにない」

「え……」

 珍しく弱気なヨモにヒロは戸惑う。彼の動揺に構わず、ヨモは淡々と言葉を並べていった。

「凶星を核にしてるセリオンは思念で動いてるってアヤは言ってた。でも私はロボットで、思念のことなんて分かんない。だからセリオンのことも理解できそうにない」

 彼女は桃色の瞳をヒロへ向ける。

「今回の件だって、仕組みは分かるよ? セリオンは凶星の力で動いてるから、人の願いには逆らえないって。でも納得いかないっていうか……我慢しようとすれば、できたんじゃないの? って思っちゃうんだよねぇ」

 ヨモは自嘲するように首を横に振った。

「で、さっきアヤと話しててさ、やっぱセリオンは私のとこにいない方がいいんじゃないかなーって思ったわけよ」

 彼女の考えを知ったヒロは眉間にシワを作る。

「……だから、俺に預けるってのか?」

「そゆこと」

「…………」

 彼は何も言わず機械少女を見下ろしていた。仲間の不満げな感情を察したヨモは、挑むようにヒロの灰色の顔面を見据える。

「無責任だって言いたいの?」

 その勢いにヒロは若干後退ったが、それでも渋い表情は継続させていた。

「だって、お前がセリオンを理解できないから俺のとこに寄越すってさぁ……セリオンが振り回されてて、可哀そうじゃねぇか」

 セリオンはロボットだが、凶星を核にしている影響か感情があるように振る舞っているし、そんな彼をヒロは人と同じように扱っている。対してヨモはセリオンに心ない仕打ちをしているように思え、どうにもヒロは今回の成り行きに納得がいかなかった。
 彼の指摘を受けたヨモは目を細める。彼女の意図をヒロは読み取ろうとしたが、彼が何か思いつくより前に後方から声がかかった。

「私は、セリオンがヨモから離れるのはセリオンのためにもなると思う」

 聞き慣れた女の声にヒロが振り向く。

「アヤっ? いたのか?」

「いたわよ。ずっと」

 驚いた彼へアヤは苦笑いを返した。ヒロはヨモしか視界に入っていなかったが、アヤもヒロを追って部屋の前までやってきていたらしい。
 彼女は苦笑いを引っ込めると改めてヒロへ声をかけた。

「ヒロはさ、セリオンにとってヨモは、どんな存在だと思う?」

「え……上司?」

「それもあるわ。でも上司である前に、親なのよ」

「……あぁ、確かにそうだな」

 ヒロは頷く。セリオンの製造者はヨモであり、両者は生物であれば親子の関係だ。
 アヤは難し気な顔つきになって台詞を続けていく。

「セリオンの今の状態は、親に理解されない子供、みたいな感じよ。親は子供に常識的な行動をしてほしい。でも生まれつき特異な性質を持った子供は、その性質故に親の期待に応えられない。結果、親と子供の間に摩擦が生じて、お互いが疲れてしまう。どっちも悪意なんてないのにね」

 彼女は一つ息をついた。

「親だからって、子供の全てを理解することはできないわ。子供だってそう。親と子供は別人だし、思い通りにならないところがあって当然よ。距離が近いから、つい忘れちゃうけどね。そして距離が近いからこそ、自分の意見が相手に受け入れられないと強いストレスを感じちゃう」

 アヤの言葉へヨモが繋げた。

「だから今回、距離を離してみることにしたの。私はセリオンを理解する必要はないし、セリオンは私に理解される必要はない。そのことを改めて自覚するために、ね」

 そこへ更に言葉が続く。

「人でいうと親離れ、子離れってやつであります」

 ヒロが声の聞こえた方を見ると、渦中の人物が新たな箱を抱えて立っているのが見えた。

「セリオン……」

 ヒロが名を呼ぶと、セリオンは赤い瞳を楽し気に歪ませる。

「じっくりヨモと話し合って決めたのです。僕は全然構いませんよ。むしろ面白そうですし、ワクワクしています」

 彼なりに納得しているらしいのを見て、ヒロは心の引っ掛かりが一つ消えた。しかし未だ気になる点が残っている彼は不服そうな形相になってセリオンへ問いかける。

「……そういうことなら、俺とも事前に話し合ってくれねぇかな?」

 それを耳にした途端、セリオンはフイっと視線を反らした。

「あぁ忙しい忙しい」

 わざとらしく呟くなり彼はヒロの部屋へ入っていく。

「おい?」

「アヤー? 荷物運ぶの手伝ってくれませんかー?」

「……はいはい」

 呼ばれたアヤは少し笑ってセリオンを追っていった。
 答える気のない様子にヒロは溜息をつくと、再びヨモへ向き直る。

「なぁヨモ? セリオンが親離れする理由は分かったけどよ、なんで俺んとこに来るんだ?」

 問われた側はサラリと返した。

「だって、セリオンがご指名だったから」

 が、平穏に暮らしたいヒロとしては急な同居人の登場は素直に歓迎できない。

「いや、でもさ……セリオンの能力的にはアヤと一緒にいた方がいいんじゃねぇか? 呪術の使い方はアヤが教えたんだろ?」

 セリオンの願いを叶える力は呪術に似ている。そのため一時期、セリオンは呪術師であるアヤと共に修行を行っていた。彼の能力を考えると、アヤの部下として活動する方が力を引き出せるように思える。
 しかし、ヨモは首を横に振った。

「でも、それだとアヤの部屋に住むことになるじゃん? アヤの部屋にはリンがいるんだよ? またリンが危険な目に合ったらどーすんのさ」

「…………」

 リンの名前が出たことでヒロは口をつぐんだ。ヨモの懸念は当然だ。万が一にもセリオンが再びリンへ悪さをしたら今度こそ彼の命はない。
 更にもう一つ、彼には沈黙せざるを得ない理由があった。セリオンがリンを怖がっているのをヒロは知っているのだ。数時間前に見た彼の怯えた表情は、決して冗談ではなかった。
 つまり、アヤの部下にはなれない。その結論に達したヒロは、なら別の仲間であればセリオンを受け入れられるのではないかと考えた。が、その発想が無謀なのを瞬時に悟る。
 別の仲間とはシノかイサ。しかし、あの二人がセリオンを部下としてまともに指導するとは思えなかった。特にシノにでも預けたら、セリオンは明日にも謎の爆死を遂げていることだろう。
 消し炭と化したセリオンを思い浮かべたところで、万策尽きたヒロは肩を落とす。

「はぁ……俺しかいねぇか……」

「……ごめん」

 ヨモはポツリと謝った。いつも勝気な彼女とは真逆の態度に、どうもヒロは調子が狂ってしまう。

「ま……まぁ、いいさ。仕事を手伝ってくれるっていうなら助かるし。この前の任務で、セリオンが役に立つってのは分かったしな」

「…………」

 まだヨモはうつむいている。
 対照的に、ヒロは明るい調子になって彼女へ声をかけた。

「お前も、お前なりにセリオンのことを考えたんだろ? よく頑張ったよ」

「……うっせー!」

「痛っ」

 いきなり軽めのロボットパンチを食らったヒロは突き飛ばされる格好になった。転びこそしなかったものの数歩後退してしまう。
 何すんだ、とヒロは言いかけたが、彼の口から抗議が出るより先にヨモは勢いよく声を張り上げた。

「あのさっ、私……!」

 彼を追うように一歩足を踏み出した彼女を見て、ヒロは反射的に困惑する。

「な、なんだよ?」

 目を丸くして固まっている彼を前にヨモは数秒押し黙ったままでいた。が、やがて気合を入れるようにヒロを見据えると言いたいことを早口でまくしたてる。

「私ヒロのこと疑ってたんだよねっ。リンを館から出したの、ヒロじゃないかって!」

「えっ」

「だからごめん! そんじゃ!」

 一方的に言い放つと、彼女はクルリと背を向け廊下を駆けて行く。ヒロが我に返ったのは、ヨモが自室への扉を閉ざしたらしいバタンという音が聞こえてからだった。

「……えぇ?」

 一人廊下に取り残されたヒロは無意味な声を上げる。今の告白は何だったのかを推理するため彼は頭を働かせようとしたが、そんな行動を妨害するようにヒロの部屋から騒々しい問いかけが聞こえてきた。

「ヒロ! 僕、どの部屋使っていいのですか!? ここですか!? うっわ、汚ぇ!」

「ヒロー? ゴミは捨てなきゃダメって言ったわよねー?」

 アヤの呆れた声まで聞こえ、彼は慌てて思考を中断した。

「かっ、勝手に開けんな!」

 ヒロは駆け足で自室へ戻る。彼がゆっくり考え事ができるようになるには、もうしばらく時間がかかりそうだった。

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