箱入り少女

【任務内容】
輪の保護

【終了条件】
完全体への成熟



 初めに見つけたのはイサだった。
 日課の一つである外部からの荷物の確認作業。それをこなすため広間へ降りてきた彼の目に飛び込んできたのは、一羽の赤い鳥だった。大きさや格好はカラスに似ているが、クチバシから尾羽まで真っ赤で良く目立つ。鳥は白い箱の上に留まっており、我が物顔で羽繕いをしていた。
 その鳥をイサは知っている。鳥は赤烏と呼ばれる存在で、三足鳥が用のある時にメッセンジャーとして寄越す使い魔のような生物だ。神出鬼没で密室だろうが海底だろうがどこにでも現れる。
 三足鳥の啓示で活動するイサ達にとって赤烏の訪問は珍しいことではない。珍しくはないのだが、わざわざ三足鳥が赤烏を寄越す際の要件は重要なものや急ぎのものといったケースが多い。

 イサは赤烏へ問いかけた。

「……何の用だ」

 要件に心当たりのない彼は首を傾げている。対して、話しかけられた赤烏はピョンと一度小さく跳ね、イサと向き合った。

「メッセージ が 一件 あります」

 赤烏がカァと鳴く。流れる声は男性のものだが、そのイントネーションには繋ぎ合わせたような不自然さがある。
 言い終えると、カラスはブルルと身震いした。途端に赤い粉が舞い上がる。それらは空中で不自然に集まり、四角い形を作り出した。一度赤く発光すると、そこに現れたのは一枚の手紙。手紙はフワリと浮き上がり、そのままイサの手の中へ移動した。
 そこに書かれていた文字を読んだ彼は更に頭の中に疑問符を浮かべる。輪、とはいったい何だ。成熟ということは生物なのか。そして完全体とは。

 イサの疑問に答えるように、赤烏は足元の白い箱をクチバシでコンコン叩く。箱は一メートル大の長方形型で、蓋の部分に送り主の刻印である三足鳥のマークが描かれていた。
 どうやら箱の中に何かが入っていて、それが今回の啓示に大きく関わっているらしい。

 イサのことを気にする素振りもなく、鳥は事務的に告げた。

「お預かりしている メッセージ は 以上 です。ご利用 ありがとうございました」

 最後だけやや流暢に言うと、赤烏は翼を広げ悠々と舞い上がる。広間をぐるりと一周した赤色は、やがて壁へ吸い込まれるように消えていった。

「…………」

 その様をイサは黙って見送る。あくまで赤烏は三足鳥の言葉を届けるだけの存在のため、必要最低限の台詞しか言わないのはいつものことだった。

 イサは箱を慎重に持ち上げると広間のテーブルの上へ移動させる。重さはあるが、大人二人なら楽に運べる程度の重量だろう。もう一度手紙を読み、中身の輪とやらに関する情報が一切書かれていないのを確認する。
 開けてみなければ話が分からない。そう判断したイサが三足鳥の刻印へ手をかざす。カチンという軽い金属音が響き、箱が開いた。そこに横たわっていたものを見て、さすがの彼も驚いた声を静かに上げる。

「これは……」


 広間には五人全員が集合していた。箱を囲むようにテーブの周りに立ち、どうしたものか、そうお互いの様子をうかがっては答えが出ず、箱へ視線を戻す。それを数回繰り返していた。

 一番最初に口を開いたのはシノ。

「……こういう啓示は初めてですね」

 彼の顔は若干引きつっていた。困惑やら不安やら苦手意識やら、様々なものが混ざり合った不思議な表情をしている。あまりお目にかかれない顔だ。

 箱を覗き込んでいたヨモが大真面目な口調でイサへ問いかける。

「こんな啓示有り得るの? イサ流ジョークじゃなくて?」

 対してイサは怒ることもなく首を横に振る。

「箱詰めの子供を仲間に見せびらかす冗談など、私はやらない」

 そして再び、五つの視線が箱の中へ集まった。
 そこに収められていたのは死んだように眠る一人の子供。肩にかかる長さのフワフワした髪が特徴的な、幼児と言っても差し支えない年齢の女の子だった。灰色の飾り気のないローブをまとっているため、白い髪が一層映える。

「こいつ生きてんの?」

 まぶたが閉じた少女を見たまま、戸惑った顔で無意味な問いかけをするヒロ。
 馬鹿なことを聞くなというように、アヤは呆れた声を彼に返した。

「生きてるに決まってるでしょ。この子を育てろって指示なんだから」

「育てるっていうけど、これ何なの? 人?」

 ヨモの疑問に、イサがヒラヒラと手紙を掲げて見せた。

「手紙には輪と書かれている」

 四人がそれを奪い合うように回し読む。

「輪ってなんだ?」

「分からない」

「完全体って何かしら?」

「分からない」

 ヒロとアヤからの知るはずも無い質問へ律儀に答えるイサ。

「……輪って、名前じゃないかな」

 多分、と付け加えながらのヨモの言葉に、他四人が少し考えた後、頷く。

「名前を表しているなら、読み方はワではなくリンでしょうね」

 しかめっ面のままシノが呟いた。子供とはいえ他人。できるだけ関わりたくないらしい。彼は筋金入りの人嫌いなのだ。

 とりあえず、輪というのは少女の名前ということで落ち着いたが。

「完全体ってどうすれば良いんだ? 大人になるまで育てろってことか?」

 まだ疑問は尽きない。
 ヒロの声に再び五人は考え込んだ。

「タイムリミットはあんの?」

 手紙を覗き込むヨモへイサが答える。

「特に記載されていない」

 その言葉を聞いたシノが腕を組んで考え込む体勢になった。

「となると、三足鳥もそれなりに期間がかかると考えているようですね」

「大人になるまでだから、だいたい十年位か?」

 めんどくせーと言わんばかりのヒロ。
 しかしシノは首を振って否定の意を示す。

「彼女が人であればその位でしょうが……三足鳥からの啓示です。この少女は、私達も知らない未知の生物の可能性もあるかと」

 つまり、何年かかるか予想がつかない。それは百年以上かもしれないし、一年で済むかもしれない。そんな正体不明の存在を、育てる。
 その考えが染み込むに連れ、この任務は思った以上に大変なことになるのではないかという不安に全員が支配されていった。

「リンがどんな生物か、分かんない?」

 ヨモがアヤとシノを見ると、二人は困ったように顔を見合わせた。
 まずは思念を読み取れるアヤが少女へ手を指し伸ばしたが、そう時間をかけずに首を横に振る。

「……生きてるってことしか分からないわ。普通の子供よ」

 次に、医師であるシノが少女の額へ恐る恐る触れた。そのまま首筋や手首を触っていたが、やはり彼も首を横に振る。

「私には、健康な状態であることしか感じられません。とりあえず危険な力を持っている様子はないようです」

 アヤとシノにも詳しいことは分からないらしい。特殊能力は持っていないようだが、それは現時点での話だ。育ったら、それも完全体とやらになったらどんな化け物が出来上がるか予測がつかない。いや、意外なほど普通に育つ可能性もあるにはあるが。
 五つの不安がこもった視線を集め、少女は未だ眠り続けている。

「……で、誰が育てんの?」

 ヨモの唐突な質問に、ヒロが不思議そうに答えた。

「誰がって、全員だろ」

「そりゃそうだけど、誰の部屋で育てるかってことだよ。いつまでもここに置いとくワケにいかないじゃん」

 ヨモが両手を広げ、現在地である広間を示す。

 この館で人が暮らせる部屋は五つ、それぞれ五人の私室しかない。共に過ごすならいずれかの部屋に居候という形になる。
 誰か自分が預かると言え。そう全員が無言で押し付けあう中、真っ先に手を上げて意見を主張したのは疑問を提示したヨモだった。

「私の部屋はパス。機械とか武器とかあるから、もし何かあったら取り返しつかなくなるし」

 開発を担当しているヨモの部屋は精密機械と危険物の宝庫。武器や防具などの道具類を管理している彼女の部屋で問題が起これば、任務に支障が出るのは明らかだ。ヨモの言う通り、彼女の部屋は除外だろう。

「あと、シノもダメなんじゃない?」

「えっ」

 ヨモに名指しされ、シノが思わず声を上げた。戸惑ったように目を泳がせていたが、仲間達の「分かってる」と言いたげな顔を見てうなだれる。

「……はい。私の部屋も、できれば止めてほしいです」

 他人アレルギーの彼のことだ。本当は絶対無理と言いたくて仕方なかったのだが、遠慮があり言い出せなかったのだろう。
 良く言ったとシノの肩をポンポン叩くヨモ。それを素直に受け入れつつ自己険悪に苛まれるシノを尻目に、残った三人は無言で相手の発言をうかがい合っていた。

 アヤが先手を切る。

「考えてたんだけど、今回の啓示はただ育てるんじゃなく、完全体への成熟、ってなってるわよね? 完全体がどんな状態か分からないけど、正体が分からない以上、出来る限り安全かつ健康に、有害なものを排除した環境が必要だと思うのよ」

「……つまり?」

 何を言いたいのかが見えてきて、ヒロが聞きたくなさそうな顔で先をうながした。
 アヤが言いづらそうに目をそらして答える。

「……私の部屋は、向いてないんじゃないかなぁって」

 呪術師である彼女の部屋は悪霊が多数出没する心霊スポット状態で、安全な環境とは言い難い。

 大人しく話を聞いていたイサが頷く。

「なるほど。健全なる精神は健全なる身体を育てると聞く。健全であるためには健全なものに囲まれるべきか」

 そう言い、彼はヒロへ視線を向けた。見られた側は何を言う気かと少し後ずさる。

「それなら、ヒロの部屋は不適切だ」

「え……なんで?」

 ヒロは呆気にとられた表情で尋ねた。イサが淡々と答える。

「ヒロの部屋に保管されている情報端末には過激なものがある。過激なものは不健全なものだ」

 それを聞いたヨモが吹き出した。

「確かに。子供には見せられないモンもあるだろーし」

「し、仕事で集めてるんだよ! 仕方ねぇだろ!」

 ヒロは不貞腐れて抗議する。しかし、これでヒロの部屋も候補から外れた。

「じゃ、残るのはイサの部屋だけど」

 ヨモの言葉を合図に、イサへ視線が集中する。
 イサの部屋は、様々な国の芸術品が飾られた美術館のような部屋。彼の趣味は美しい物の収集であり、綺麗に管理されたそれらの品は不健全さの欠片もない。
 だが、しかし。

「イサに子守は……ハードル高くね?」

 気まずそうにヒロが呟く。
 部屋は良いのだが、その主には大きな問題がある。人ならざる存在であるイサは様々な物事に不器用で、特に人との交流には難があった。空気が読めないという些細なものから、生物に対する力加減が分からないという危険なものまで、彼には色々不足している要素がある。

 失礼なことを言われたが、イサは怒りもせずに箱の中の少女を眺めている。何を考えているのかと仲間達が見守る中、やがておもむろに言葉を発した。

「リンが私の部屋の美術品を傷つけた場合、リンの安全は保障できない。攻撃を自制できる自信が私には無い」

 いつも通りの声で恐ろしいことを言い出す。四つの凍りついた表情は意に介さず、無感情に発言を重ねていく。

「死ねば任務は失敗する。その可能性を承知した上で、リンを私に預けられるか」

 承知できるわけがない。これは三足鳥の啓示なのだから、しくじれば世界が終わるレベルの事態に陥るかもしれないのだ。そんな個人的な怒りで終わってしまっては死んでも死にきれない。

 話し合いの結果、全員の部屋がダメという結論になってしまった。
 しばし広間は静まり返ってしまう。不安そうな顔になったシノがおずおずと他の四人へ声をかけた。

「……では、どうしましょう」

「シノの部屋にはならないから安心して」

 彼の言いたいことが分かっているアヤがフォローを入れる。

「広間の隅にダンボールを置いて、そこに住ませたらどうだ」

「動物じゃないんだから」

 酷いことを言い出したイサへヒロがツッコミを入れた。
 この状況に飽きてきたヨモが焦れったそうに声を上げる。

「もうさぁ、どこが安全かっていうより、個人的にどう思ってるかで決着つけない?」

「個人的っつってもなぁ」

 困った顔でヒロが頭を掻くが、ヨモはさっさと自分がやりたいように始めてしまった。

「まず、私は嫌! つーか子守なんて無理! なぜなら作業に集中したいから!」

 その勢いを見つめることしか出来ない仲間達を無視し、彼女は自分が言いたい内容を言い終える。

「次!」

 次、とヨモに指し示されたのはヒロ。

「えっ、俺? あー……過激?」

 勢いに流されるがまま、彼はオタオタと先ほど言われた失礼な発言を肯定する。

「はいダメー! 次!」

 次、と指されたのはシノ。

「私は……その……」

 言い辛そうに彼は言葉を選ぶ。

「よし分かった! 次!」

 その気遣いを無視し、ヨモはさっさと話を進めていく。端からシノは除外対象らしい。
 次、と指されたのはイサ。

「…………」

 普段から反応が鈍めの彼は、場のテンションについていけないのか無言だった。マイペースに考えをまとめるイサを待つ結果、広間を静寂が支配していく。

「あのー……」

 そんな空気の中、おずおずと声を上げたのはアヤであった。

「はい、なんですかアヤさん」

 わざとらしい言葉遣いでヨモが発言をうながす。うながされた側は一つ溜息をつき、観念したように答えた。

「……私、やるわ」

 その言葉を聞いた瞬間、他の四人はポカンとした表情で彼女を見つめる。視線を集めるアヤは、自分の意志を示すように深く頷いた。

「……っしゃー! やったぁ!」

 ヨモが拳を振り上げ、飛び上がって喜びをアピールする。

「いってぇっ!」

 動作に巻き込まれたヒロが打撃を受け崩れ落ちた。
 勝手に騒いでいる二人を横目に、シノが心配そうな表情でアヤへ確認する。

「……良いんですか?」

 苦笑いを作って彼女は返事をした。

「仕方ないわ。良く考えたら、この中で子供の面倒見れそうなのって私しかいないし」

 淡々とイサが口を挟む。

「無理だったらダンボールを用意する」

 その言葉に、シノとアヤは疲れた笑顔を浮かべた。

 暮らすのはアヤの部屋と決まったが、関わる必要があるのは全員だ。子供との接し方など分からないし、相手が正体不明ともなれば扱いに戸惑うのも必然。なんの異常も起こらなければいいが。目に見えない不安が全員の胸の中を渦巻いていた。

「あ」

 箱の中を見たアヤが声を上げる。それにつられて四人も中身へ目をやり、息を飲む。
 少女のまぶたが、薄っすらと開いていた。思わず固まってしまった五人の顔を少女は眠たげな様子で見上げていたが、やがて不思議そうに口を開く。

「……だぁれ?」

 お前が誰だよ、と全員が言いたかった。

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