集え悪党ども
寂れた町
【任務内容】
浄水場の調査
【終了条件】
原因の解明
「ワクワクしますね!」
助手席に座っているセリオンがテンション高めな声を上げた。
対して、運転席に座っているヒロはテンション低めに応える。
「俺はそうでもねぇな」
現在、二人は車中にいた。楽し気なセリオンのせいで仲良くドライブでもしているような雰囲気だが、当然そんなことはなく普通に仕事だ。
今回の任務は浄水場の調査。山岳の奥にある浄水場からの給水が一週間ほど前から止まってしまったと連絡があり、とりあえず状況を把握するため、二人は山のふもとの町まで車で移動しているところだった。
ヒロは灰色の顔を前へ向けたまま、面倒そうにセリオンへ話しかけた。
「お前、ヨモに言われたこと覚えてるよな?」
無意味に小物入れを開けたり閉めたりしていたセリオンは、考え込む素振りで視線を泳がせる。
「えーと……愛してる、でしたっけ?」
「んなこと言ってねぇだろ」
案の定適当なことを言っている彼を見て、ヒロはこれ見よがしに溜息をついた。
「ちゃんと俺のいうことを聞く。勝手にフラフラ歩き回らない。飛ばない」
「あー、そんな話してましたねー」
セリオンは不真面目な態度を崩さない。こいつを連れてきたのは失敗だったんじゃないかと、ヒロはもう一度溜息をついた。
今回の任務はヒロ一人で行う予定だった。なのにセリオンが同行することになったのは、これから行く町の治安が悪いからだ。喧嘩沙汰が苦手なヒロが一人では不安だと駄々をこねたところ、じゃあセリオンを連れて行けとヨモに言われてしまい、この有様である。
空間移動が使えるヒロだが、町中での移動は人目につく可能性が高いため三足鳥の許可がなければ使用できない。故に、今回のように危険度の高い町へ向かう場合は用心棒役に同行してもらうのが常だった。
しかし正直、ヒロはセリオンが苦手だ。セリオンは人をからかうのが好きで、自由気ままで、しかもトラブルを好む。以前組んだ時も散々な目にあい、結局ヒロは肉体的にも精神的にもダメージを負うハメになった。
それでも一応連れてきたのは、セリオンが戦闘を想定して作られたロボットだからだ。いざチンピラに絡まれても囮くらいにはなってくれるだろうとヒロは考えているのだが、問題なのはセリオンがヒロに従うかどうか。この調子では自分を見捨てる可能性も十分ありそうな気がして、ヒロの心には薄暗い不安が広がっていく。
一方、上司の不安など知った事ではないセリオンは呑気に外を眺めていた。セリオンの手には半透明のプラスチックのコップが握られている。コンビニで買った当初ジュースが入っていたそれは、今は空になって小さな氷だけが底の方に転がっていた。
セリオンはコップごと氷を齧りながらヒロへ話しかける。
「まだ着かないのですか?」
車内に響き渡るバリバリという音にげんなりしつつヒロは答えてやった。
「もうちょっとだ」
フロントガラスの先に広がるのは真っ直ぐな道路。両脇にはひたすら赤茶けた荒野が広がっており、ポツポツと砂にまみれた植物が生えている以外は生き物の気配が感じられない。
目に入る人工物といえば朽ちかけた看板くらいだ。時折場違いに設置されているそれは、現在地が人の支配領域の範囲外なのを強調しているようだった。
荒れた道路に車のタイヤが跳ねる。大きく揺すられたセリオンは不満げに口を開いた。
「さっきもそう言ったじゃないですかぁ」
ヒロはハンドルにしがみついて言い返す。
「道が悪いからスピードが出せねぇんだよ」
「なぜ車なんか持ってきたのです? 僕飛べるのに」
「人前でひょいひょい飛ぶなっつってんだよ」
「はーい」
分かっているのかいないのか、セリオンは軽い態度で返事をした。彼は持っていたコップを全て口に入れると、まるでガムのようにクチャクチャと噛みだす。ヤギに似た頭部をしている彼だが、口の形はオオカミのごとく大きく裂けている。下顎が動く度に牙がコップへ突き刺さり、その形状を破壊していくのが見えた。
本当に、こいつは自分の指示に従う気があるのだろうか。ますます不安が増してきたヒロは、早くも帰りたい気持ちになっていた。
町へ到着した頃には周囲が暗くなっていた。今夜は宿へ泊まり、明日の昼に町長と会う予定になっている。
ヘッドライトを灯した車は砂まみれの道路を静かに進んでいった。立ち並んでいるのは木製の家々で、それらはどれも古ぼけて人の気配が感じられない。明かりが点いている家は少数で、それがより一層町の寂れ具合を感じさせる。
車中から外を眺めていたセリオンが素直な感想を口にした。
「活気のない町であります」
ヒロはハンドルを操りながら応じてやる。
「これでも昔は賑わってたんだぞ」
それを聞いたセリオンが赤い瞳を彼へ向けた。
「君は、ここに来たことがあるのですか?」
問われた側は僅かに眉間にシワを作る。
「この町が栄えてた頃は、ここにも三足教の教会があったんだ。で、浄水場を作る時に三足教が全面協力してな。そん時、俺はここへ何度か来て、責任者やってたんだよ」
「へぇ。だから浄水場のトラブルなんかで三足教に連絡が来たのですね」
セリオンが納得した様子で頷いた。しかし、その表情はすぐに不思議そうな感情に上書きされる。
「……ってことは? 浄水場が故障したのって、ヒロの監督不行き届きの可能性があるのでは?」
ヒロはバツの悪そうな顔で答えた。
「……だから俺に話が回って来たってわけだ」
途端にセリオンはニヤニヤしだす。
「あぁー。これは給料に響きますねぇ」
「もしそうなったらお前に飯でも奢ってもらうかな」
ヒロは軽口で返したが、その声は明らかに上の空だった。どうやら彼の意識は別の方向を向いているらしい。
対して、ヒロの苦々しい横顔を眺めるセリオンは、今回の任務で訪れるであろう厄介ごとに胸を膨らませているようだった。
宿の駐車場へ到着した二人は一時間ぶりに足を地面へつけることができた。コンクリートで舗装されていない粗末な駐車場は、久しい客人の到来を砂煙を立てて歓迎する。
初めて来た土地の初めて見る光景に、好奇心旺盛なセリオンは目を輝かせていた。一見、視界に広がるのは貧相な建物ばかりで、人っ子一人いない田舎町にしか見えない。だが人の思念を感じられるセリオンは、自分達へ向けられる複数の警戒心を察知していた。真っ暗な家の中や、壁の影。それらの静かな闇の中に何者かが潜み、じっと余所者を観察している気配がある。セリオンは自分がここへ連れて来られた理由をかみしめると、獣に似た顔へニヤリとした微笑みを張り付けた。
一方、車のトランクを開けていたヒロは、一人でフラフラ歩いているセリオンへ面倒そうに声をかける。
「おいセリオン。荷物持ってけ」
その指示で彼の存在を思い出したセリオンは、不気味な笑顔を浮かべたままヒロへ問いかけた。
「もうすぐクビになる人の命令を聞いて何の意味があるのです?」
問われた側は更に面倒そうな顔つきになって言い返す。
「今は俺が上司なんだから俺の言うこと聞け」
「おおっと? パワハラでありますか?」
「さっさと運べ」
「はい」
何度か小競り合いがあったものの、二人は無事に宿の前へたどりついた。
周囲の家々と同じく宿も木製で、古びている。他の建物との違いは宿であるのを示す看板が設置されている点だが、長年勤めを果たしてきたそれは熱と砂のせいで色あせており、書かれている文字は読み取りにくくなっていた。
宿を見上げたセリオンが胡散臭そうにヒロへ尋ねる。
「……やっているのですか? ここ」
「やってるだろ。電気ついてるし」
そう言ったヒロも不安そうになっていた。宿の窓からは光がもれているが、人の気配はなく静まり返っている。
ヒロはおずおずと扉へ手をかけた。軋む音を立てて扉は押し広げられ、隙間からは細い光が伸びていく。
「すいませーん……」
彼は声をかけて中へ入っていった。予想通り中には誰もおらず、客どころか従業員の姿もない。見えるのは無人の受付、ラウンジらしき粗末な机と椅子、二階へ続く階段。
二人は不審そうに顔を見合わせた。とりあえず受付まで歩いて行ったが、やはり従業員は現れない。
もう一度ヒロは奥へ声をかける。
「誰かいませんかー?」
しかし、返って来たのは静寂。
「……いないのか?」
彼は首を傾げた。明かりがついており、扉が開いているのだから、休業中ではなさそうなのだが。
どうしたものかとでも言うようにヒロはセリオンを見上げた。対して、セリオンは受付の奥に位置する扉を凝視している。おそらく事務室へ繋がる扉だろう。
彼が何か感じ取っているのを察し、ヒロは小声で問いかけた。
「……どうした?」
セリオンも小さな声でポツリと返す。
「……人がいます」
「従業員か?」
ヒロも扉へ視線を向けた。木製の扉にはガラスがはめ込まれているため本来なら中の光景が見えるのだが、ろくに拭き掃除がされていないらしいそれはすっかり曇っており、部屋の内部はよく分からない。
セリオンは目をすがめて扉の先を見つめていたが、そう時間を置かず首を横に振った。
「誰かは分かりませんが、どうも意識が混濁しているようです」
「は……?」
ヒロの表情が強張る。彼は受付から身を乗り出すと、大きめの声で呼びかけた。
「あの、誰かいますか? 大丈夫ですか?」
沈黙。中にいる何者かは返事すら出来ない状況にあるらしい。
病気。事故。事件。様々な可能性がヒロの頭を過る。応答を待たず部屋へ入るべきだと彼が判断した瞬間、扉の向こうからくぐもった音が聞こえた。
「……うぅ」
「「!」」
二人は目を見開く。聞こえたのは人の声、だと思うのだが、それは酷く不明瞭で、力の入っていない虚ろな音。
先の見えないガラスの向こうで、何かが動くのが分かった。ゆっくりと、ぎこちなく近づいてくるシルエットは、徐々に人の姿を形作っていく。身体は左右に揺れ、足を引きずるように動かす。その間にも、時折低い唸り声のような音が聞こえる。
ヒロとセリオンは無言のまま後退し、自然と身構えていた。臆病なヒロは顔を引きつらせ、早くも銃へ手をかけている。一方セリオンは少し楽しそうな表情をし、興味津々でガラスの先を見据えていた。
二人の視線を集める扉。それに備え付けられた古びたドアノブが、大きな音を立てて動いた。奥にいた何者かがふらつく足取りで受付へ現れる。
「い……いらっ、しゃい……うっぐ」
呂律の回らない口で挨拶したのは、顔を赤くした老人だった。老人は受付の椅子にドカリと座り込んだが、業務を行うでもなくウトウトし始める。その周囲には濃厚なアルコールの臭いが広がっていった。おそらく彼が宿の主なのだろうが、随分な接客態度だ。
「……酔っているようですね」
気の抜けた展開に、セリオンはやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。ヒロも銃から手を放し、安堵して冷汗を拭った。
「脅かすなよ……」
彼は気分を入れ替えるための溜息をつくと、改めて受付の前へ立つ。
「あの、宿の人ですよね? 泊まりたいんですけど」
話しかけられた老人は手を揺らして返事をした。
「あぁ、どうぞどうぞ……泊まっちゃって泊まっちゃって……」
「えーと……料金は?」
「ん? あぁ……そうか、金ね。そうそう。金もらわないとダメじゃん。ダメじゃーん……」
酔っぱらい特有のテンションで笑うと、老人はだらけきった様子で言葉を続ける。
「最近すっかり客が来なかったから、忘れるところだったよ」
ヒロは呆れた顔になっていたが、その程度の非難が酔っぱらいに届くはずもない。
ヒロと店主が宿泊の手続きを行っている間、やることのないセリオンは暇そうに窓の外を眺めていた。といっても、何か楽しいものが見えるわけでもない。ろくに街灯もない屋外に広がるのは闇ばかりで、時折遠くから騒ぐ声が聞こえる以外に注意をひくものはなかった。
「この町、全然人がいないのですね」
窓を見やっての彼の言葉に老人が答える。
「昔は人の通りが多くて賑やかだったんだがなぁ……山が閉鎖されてからはさっぱりよ。娯楽も酒くらいしかなくてね……」
その台詞にセリオンは首を傾げた。
「山?」
「なんだい。あんた知らないのかい」
老人が愉快そうに驚く。いい話の種を見つけたと言いたげな反応に、ヒロは長話が始まる気配を感じた。そして予想通り、店主は手続きを放棄して昔話を始めてしまう。酔いも手伝い彼の話は冗長なものだったが、まとめるとこういう内容だ。
昔、町の外に広がる荒野の先には資源が豊富な岩山があった。しかし、地下から混沌が発生したため山は閉鎖。以降、この町を往来する者もいなくなり、すっかり寂れてしまった、ということだった。
話している内に酔いが落ち着いたらしく、老人の顔の赤みは徐々に薄れていた。長話を終えた彼は肩を揺らして息を吐き出すと、遠い目つきのまま話を締めくくる。
「都市の方に俺の娘夫婦が住んでてね。そっちで暮らさないかって言われてっから、もう店は閉めようと思ってるところさ。一応、顔馴染みがたまに来てくれるから、惰性でダラダラやってたんだがねぇ」
すっかり話に食いついているセリオンが不思議そうに尋ねた。
「惰性でやってたのに今になって閉めるというのは、何か理由があるのですか?」
その問いを聞いた途端、老人の表情に嫌そうな感情が浮かんだ。
「……ここ数年で、町にガラの悪いのが集まりだしてなぁ。元々荒っぽいのが集まる町だったが、今はマジモンの犯罪者がのさばるようになっちまった。都市で暮らせない連中が、この町みたいな田舎に集まって威張り散らしてんのさ。暮らし辛くてかなわねぇや」
老人は苦々しく吐き捨てる。
「あんた達も気を付けな。一人で出歩いたりしねぇ方がいい 。町長も悪党どもにビビってやがる。法の力は期待すんなよ」
不吉な台詞にヒロは生唾を飲み込んだ。一方、まったく危機意識を感じていないセリオンは楽し気に更に問う。
「僕達、明日町長さんに会いに行くのですけど、もしかして町長さんって犯罪者の仲間だったりします?」
トラブルを好む彼は悪い方の返事を期待したのだろうが、それに反して老人は首を横に振る。
「いや、仲間ってほどの付き合いじゃねぇが……あんたら、町長に何の用だい?」
店主は改めて余所者二人へ視線を向けた。その瞳がヒロの顔をとらえた途端、老人は眉間に深いシワを作る。
「ん? あんた……どっかで……」
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