災いの星

 ヨモの部屋へ怪しげな物体を運び込むロボット達。せわしない光景を目の当たりにしたヒロが唖然と呟く。

「何を始める気だよ……」

 ヨモから資料を持ってきてほしいと突然連絡され、何事かと必要な物をかき集め部屋へやってきたヒロは、溢れんばかりの見慣れぬ品々に出迎えられた。

 ヨモの私室にして開発室。ここでは五人が使用する装備や道具を製造している。ヒロが任務の際に使っている銃やバイクもヨモ製だった。
 普段から用途不明の機械類に占領されている場所なのだが、今日の乱雑さは一際酷い。しかし小型ロボットが次々と荷物を所定の位置へ移動させており、見る間に整頓されていく様は見ていて気持ちが良かった。

 部屋の奥からはヨモの声が聞こえる。

「持ってきてくれた? ありがとー」

 が、当の本人が見えない。
 ヒロは片付け中のロボットの邪魔をしないよう、身体をひねりつつ通路の隅を進んで行く。なんとか部屋の奥へ近づくと、まずは謎の数値が表示されている大きな画面が見え、次いで椅子に座っている小柄なヨモの姿を確認することができた。

 くたびれた様子になったヒロが近寄っていくと、ヨモは彼の方を振り向いて意外そうな声を上げる。

「ありゃ、適当なロボに持たせてくれれば良かったのに」

 言いながらも「持ってきた物を寄越せ」という風に手を差し出してきた。白くて小さな手へ、ヒロは放り投げるように資料を乗せる。

「全部取り込み中だろ」

「そっかー」

 やれやれと言いたげな彼に適当な返事をし、ヨモは再び画面へ向き直って単語を入力していく。
 馴染みのない大量の文字列。そこに出来ていた空白が埋まっていくのを見つつヒロは口を開いた。

「混沌の資料なんて何に使うんだ?」

 彼が持ってくるよう指示されたのは混沌に関する情報。未解明な部分ばかりのため十分と言える物ではないが、とにかく過去の任務から分かっている事柄だけを拾い出して作ってきた。

 ヨモはヒロの方を見ず、資料へ顔を向けたまま答える。

「んー……思念の数値が欲しかったんだよ。生物へ影響を与える思念の最小値。ここが正確に分かれば安定するはず……」

 彼女が独り言のように呟く言葉にヒロは顔をしかめた。

「またヤバイ実験か?」

 武器の開発を担当しているヨモは、強力な兵器を作るため、暇さえあれば危険と隣り合わせの実験を繰り返していた。だいたいは成功するのだが時には失敗するケースもあり、その場合は部屋の外まで影響が及ぶことがある。ヒロが警戒しているのは、そういった事故に自分が巻き込まれる可能性だった。

 尋ねられたヨモは相変わらず資料を見たまま気のない返事をする。

「今度は大丈夫」

「ホントかよ……」

 疑いの色が濃いヒロの声。彼女はムッとしたように振り向いて後ろを指差した。

「準備は万全! だから大丈夫!」

 示された場所にあるのは、大人三人がかりで腕を回してやっと一回りするかというほど太い柱だった。幾何学模様が刻まれ、時々赤い光が床から天井へ向かって走っている。円柱の一部には凹みがあり、そこから内部が覗けるようになっていた。
 どうせワケの分からない物があるんだろうと視線を向けたヒロは、思ってもみなかった物体がそこにあるのに気付く。

「……いつの間に手に入れたんだ?」

 暗い柱の中。その中で、コードに繋がれ赤い光を放っているのは、逆五芒星。

「この前、外で拾っちゃった」

 まるで猫でも拾ったかのような口振りのヨモ。

「あれ、本物か?」

 対照的にヒロは後ずさって柱から離れる。
 その反応を面白がりながら、ヨモは彼の隣に並んで柱を見上げた。

「本物だよ。本物の、凶星」

 凶星とは、人の願いを叶える何かだ。多くの国で伝承として語り継がれており、強い願望を持つ者の元へ現れ願いを叶えるとされている。
 空から落下してくることから星と考えられるが、物体なのか、魔物の一種なのか、何も分かっていない。その莫大なエネルギーの源が高濃度の混沌であるのは分かっているが、分かっているのはそのくらいのもの。つまり、人知を越えた存在だ。

 ヒロが上ずった声をもらす。

「どーやって……」

 凶星の捕獲など前例がない。なぜなら、星は願いを叶えるとすぐに消え去ってしまうからだ。ヒロも凶星の姿は絵で確認しただけで、実物を見たのは初めてだった。

 首を傾げてヨモが答える。

「なんか、落ちてた」

 衝撃的な現状にヒロは口をパクパクさせることしかできない。伝説の如く語られていた存在が、ただその辺に落ちていた。唖然としてしまうのも無理はない。

「凶星は混沌の塊だから、応用できれば今後良い材料になってくれると思うんだよね」

 結果しか見えていないヨモの言葉にヒロが反論する。

「失敗したら洒落にならねーぞ! 分かってんのか!?」

 正体不明で危険極まりない物体だ。接触するだけでも何が起こるか予想がつかず、失敗しようものならどんな惨事が待ち受けているか。

「いや、その前にっ、ちゃんと調べないと……!」

「そのために準備してんじゃん」

 うるさいなぁと言わんばかりに顔をしかめるヨモ。準備というのは運び込まれた諸々の設備類のことだろう。
 その言葉を聞いたヒロは不安げ様子になる。

「……そういやコレ、なんの準備だよ?」

 ヨモは悩むように自身の額へ指を当てた。

「なんて言えば分かるかな……凶星の情報を解凍して、複製する準備……かな?」

「意味分からん」

 ヒロの顔は変わらず苦々しい。ヨモは更に台詞をかみ砕く。

「直接いじったら危険じゃん? だから星の情報を複製して、複製したのを調べて、それから本体にかかる流れでいくのよ。で、今回は複製実験」

 ヨモの説明にヒロは腕を組んで唸る。
 ここにある凶星は未覚醒のようで、混沌の濃度が非常に低い状態なのは表示されている数値からも分かる。彼女は星を目覚めさせないまま、内部の情報を別の場所へコピーしたいのだろう。覚醒させず作業するのは賢い選択だと思うが、そうスムーズにいくものか。

 神経質そうな顔つきになってしまうヒロだったが、一方のヨモは元気に言い切った。

「とにかく、直接中身をいじるワケじゃないからイケる! きっと!」

 きっとというのが気になるが、ヨモは一度言い出したら突き進まなければ気が済まないタイプだ。信じるしかない。
 ヒロは溜息をついたものの、更に疑問を思いついて問いを重ねた。

「でも複製するって、何に移すんだ?」

 凶星レベルの情報を処理できる機械などあっただろうか。
 その疑問を受けたヨモは、得意げに部屋の奥へ続く扉を指差した。

「見てみて」

 今度は何を見せたいのか。
 ヒロが鉄製の分厚い扉を恐る恐る開ける。室内はかなり広く、天井も高い。最も目を引くのは中央にあるすり鉢状の巨大なくぼみで、それを半透明の壁がドーム状に囲っていた。
 くぼみの真ん中では黒い宝石が山のように積まれている。宝石には棒に似た物体が刺さり、棒からは無数のコードが伸びていた。

 ヒロが呟く。

「あれは……思念結晶か?」

「そーだよ」

 いつの間にか隣に立っていたヨモが頷きながら答える。

「集めるの大変だったんだから。混沌と相性の良い思念結晶がこれだけあれば、なんとかなるでしょ」

 宝石は思念結晶と呼ばれる物だった。混沌を強くはらんだ土地で入手できる結晶体で、魔物の体内からも発見される。こんな希少な物をよくこれだけ集めたものだ。
 ヨモが行いたいことが見えた。混沌とは極限まで強まった思念と考えられている。そして凶星を構成する物質は混沌の塊のようなものと予想されていた。ヨモは思念結晶を大量に集めて凶星のボディを再現し、そこへ本物の凶星のデータを移すことで疑似の凶星を作り出したいのだろう。
 確かに、理論上は可能かもしれない。しかし。

「うーん……」

 ヒロにしてみれば不安の方が強い。凶星が使用する力は人の運命を捻じ曲げるほどなのだ。思念結晶程度で代用できるものなのだろうか。
 本当に大丈夫か、と彼が何度目かの質問を浴びせようとした時、低い振動音と共に結晶に埋まっている棒がゆっくりと動くのが見えた。更に深く刺さるように移動し、それに合わせコードも引きずられる。

「なんだ?」

 不思議そうに部屋を見渡す彼へヨモがしれっとした顔で答えた。

「実験開始でーす」

「はっ?」

 彼女の言葉が理解できず固まったヒロ。

「……!?」

 やがて意味が頭を巡るとダッシュで扉を掴むが、鉄製のそれは冷たく閉ざされ開く気配がない。

「逃げられませーん」

 ヘラヘラした口調でヨモが告げるが、ヒロの顔面には必死さが滲み出ていた。

「なに考えてんだ! 出せ!!」

「世紀の実験が成功するシーンを一緒に見ようよ」

 こっちへ来いと手招きする彼女をヒロは睨みつける。

「失敗するかもしれないだろ!? そしたらどーすんだよ!?」

「だーかーらー」

 何度も言わせるなと言うようにヨモがうんざりした声を上げた。

「準備したって言ったじゃん。万が一失敗したって混沌が暴発するくらいだっつーの」

「暴発ってヤバイじゃねーか!」

「私は平気」

「俺はヤベェんだよ! 馬鹿!」

 パニックのあまり暴言が飛び出したが言われた側はどこ吹く風だ。
 二人の混沌への耐性は大きく差があり、ヒロの方が格段に脆かった。凶星の混沌の濃度がどれほどか分からないが、恐らくヒロは命を落とす羽目になるだろう。

「もしそうなったら、きちんとデータを取って今後に生かすよ。混沌の情報は少しでも欲しいし」

「抜け目ねぇなぁ!?」

「こんだけ濃い混沌なかなかないから、ついでに」

 とても受け入れられるものではない。ヒロは扉を必死に引っ張るが、まったく状況は好転しなかった。空間操作の技能を持つ彼だったが、館では三足鳥により力を制限されており、能力を発揮することができない。

「ほらほら、始まるよー」

 のん気なヨモの声に彼が振り向くと、部屋の中央に集められた結晶が赤く光を放っているところだった。針山にも似た棒達は全てバラバラな上下運動を繰り返し、繋がるコードは大きく脈打ち暴れ出す。
 どんどん大きくなる振動音に、ヒロは眉間にシワを寄せて不安げな顔を作った。

「……なんかヤバそうじゃね」

「んや、これで順調」

 もうヨモは彼の方を見ていない。思念結晶の山を見つめ、手を固く握っている。

「もうすぐ終わる」

 呟いたヨモの言葉は彼へ届かず、機械が轟かせる音にかき消された。
 黒い石へまとわりつく赤線は血管のようで、時折起こる閃光すらもグロテスクな光景に感じさせる。結晶の黒より光の赤が多くなった頃、それまで単調な動きを繰り返していた棒状の装置が、結晶に抵抗されたかのように上へ押し戻された。黒い山が中心で膨れ上がり、引っ張られたコードが床から離れる。

 それを眺めていたヨモの目の前に、突然半透明の画面が表示された。彼女が映された文字を確認しようとした時、赤い光は一層大きくなって視界を覆う。

「……!」

 思わずヒロとヨモは腕で光を遮った。一瞬、二人の腕は熱をとらえたが、熱は肌を焼くことなく瞬く間に空気へ溶けていく。
 時間にして数秒。やがて周囲からは徐々に赤が消えていった。ヒロとヨモはゆっくりと視線を中央へ向ける。

「えっ」

 そして、どちらとも分からない、思わずもれたような困惑の声が部屋へ響いた。それは当然の反応といえる。何せ、目の前にあったはずの思念結晶の山が、いつの間にか無くなっていたのだ。
 ヒロとヨモは呆気にとられた様子になってすり鉢状の凹みの中を凝視する。その行為によって見慣れぬ何かを発見してしまい、またもや二人の混乱は加速した。
 すり鉢の中央に現れたのは、五角形のメダルに似た物体。中心には赤い瞳のような模様が刻まれているのが見えた。

 宙に浮かぶ半透明の画面を眺めてヨモが呟く。

「解凍は成功したんだけど、星が壊れちゃった。ちゃんとコピーできなかったかも」

 せっかく入手した凶星が壊れた。それだけでも緊急事態だが、今のヒロの頭は別の疑問に支配されている。

「……あれ何?」

 現れたメダルをヒロが指差した。仄かな赤い光に包まれた物体は静かに浮遊している。
 彼の言葉に、ヨモは画面を見つめたまま答えた。

「……星の中身」

「中身?」

「星の情報が中途半端にコピーされた結果、中途半端な凶星ができあがった、って感じ?」

 ヨモは画面を指でなぞり何やら操作している。

「一応実験は成功、かな」

 幸い取り返しのつかない惨劇は免れたようだが、これほど予想外の結果に終わり成功と言えるだろうか。凶星も失ってしまった。
 失敗を認めたくないだけなんじゃないか。ジロリとした視線を向けるヒロを無視し、彼女は広がっていた画面を閉じる。

「じゃ、私はあの物体を調査しないといけないから」

 ご協力ありがとうございましたーと言うなり、ヨモは足早に部屋を出て行った。

「…………」

 ヒロは無言で彼女を見送ると、やれやれと言いたげな溜息をつく。何はともあれ、死ななくて良かった。
 ヨモが更なる面倒ごとを思いつく前に帰ろう。戻ってジュースでも飲んで落ち着こう。そんなことを考えながらヒロが扉へ手をかけた時、金属を弾いた時に似た軽い音が部屋に響く。振り向くと赤い光は収まっており、謎のメダルは床に転がっていた。何を考えているか分からない虚無的な赤い瞳は、彼を見止めニヤリとした半月を形作ったように見える。

「……?」

 その視線に怖気を感じ、ヒロは慌てて部屋から退室した。

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