腐った英雄
【任務内容】
護衛
【終了条件】
対象の国外脱出
ギロチン台を囲む人々の数、およそ数千。歴史的英雄にして悪しき独裁王が裁かれるのを見届けるため、国中から怒れる民衆が集まったのだ。皆拳を突き上げ、口汚く王への怨み辛みを叫ぶ。
それを受ける処刑台の独裁者の表情は涼しいもので、どこか人を馬鹿にしたような、見下した目で周囲を見渡していた。
「殺っちまえー!」
群集の怒号に混じって叫ぶ隣の男へ、ヒロが呆れたように声をかける。
「あのぉ、このゴタゴタに紛れてさっさと移動したいんすけど」
「こんな面白い体験二度とできねぇよ! 今見ないでどうすんだ!」
それだけ言うと男は処刑台の王を指差し、そんなヤツ早く殺せとかなんとか再び声を張り上げている。
彼は顔の上半分に鳥を模した黒い仮面を付け、ベルトには装飾用の短い杖をぶら下げていた。奇抜な格好は三足鳥を信仰する者であるのを表す。
この男を国の外まで連れて行くのが今回の啓示だった。
今はギロチンのある広場へ警備が集中している。本当は処刑が行われている隙に男をできる限り移動させたかったのだが、当の護衛対象がせっかくだから処刑を見ていきたいと趣味の悪い駄々をこねだし、仕方なくそれに付き合う形でヒロは国のど真ん中に未だ留まっていた。
計画の変更により急遽作戦を立て直したものの、どうしても当初の流れより厄介ごとに巻き込まれる確率は上がっている。できるだけ安全な方法を考えていたというのに、これでは台無しだ。
引きずってでも連れて来いというヨモからの再三の通信を文句で返し、ヒロは処刑台へ視線を向ける。王は既にギロチンに固定されており、頭に袋を被せられた今の状態からは表情を知ることはできない。
民衆達の怒りは熱気を帯び、広場を中心に広がっていく。さきほど確認した時より人数が増えている気がするが、実際増えているのだろう。例え処刑台が見えなくても、この場にいることで憎き王の死に立ち会える。怒りの声を浴びせることができる。これが集まっている多くの人々に共通している思いだ。
王は、元は戦争を終結させた英雄だった。
この国は代々女性が王位を継ぎ、女王が統治者となる制度で成り立っている。しかし前女王は女児に恵まれず、生まれた子供は皆男児であった。跡継ぎが決まらぬまま女王が急死すると、それぞれの王子が己こそ国王に相応しいと争い始め、誰も止められぬまま戦争へ突入した。
幾多の悲劇の先にあったのは、どの王子も王に相応しくないという皮肉な結論。戦争を終わらせた英雄が王として祭り上げられるのは自然な流れだった。
これだけ聞けば、王は戦争により成り上がった成功者のように思える。しかし残念なことに、英雄は政治には向いていなかったらしい。地位を手に入れた彼は自分に逆らう者を容赦なく切り捨て、独裁者として暴走し始めたのだ。
戦後混乱する情勢の中、幾人もの有力者が不自然な死を遂げていく。その犯人が誰であるかが判明するのに、さほど時間は必要なかった。
王は戦地で笑いながら敵を殺し、食っていたという噂が流れた。前女王が急に亡くなったのも奴の工作だとも囁かれた。
これが真実か人々に分かりようも無かったが、そんなことはもはやどうでも良かった。疲弊した民衆の負の感情は、自分達を裏切った一人の男へ向けられた。根付いた反逆の感情が国中に蔓延するのはあっという間だった。
王の首が落ちるのは、ヒロの位置から良く見えた。群集から一際大きな歓声が上がる。隣の男も拳を振り上げて叫び、全身で喜びを表現した。
自然と国歌を歌う者が現れると、一人また一人と歌に参加していき、やがて民衆達の心が一つとなったかのような大合唱となる。そして歌に混じって聞こえる女王万歳の声。
王の座に就いていた独裁者が死んだことで、新たな王を迎える準備が整った。次の統治者は王子達の誰かではなく、前女王の血縁に当たる王女に決定している。やはりこの国を治めるのは女王でなければならないというのが、多くの民衆の考えだった。
「気が済んだでしょう? もう行きますよ」
万歳を叫んでいる男にヒロの声は聞こえていなさそうだったが、これ以上時間を消費するわけにはいかない。
ヒロは男の首根っこを掴むと、無理やり引きずって群衆の輪の中から外れた。
馬の背の上でのんびり揺られつつ、男はヒロへ礼を言う。
「ありがとう。いやぁスッキリした」
「そりゃ良かった」
対するヒロはウンザリした表情で返事をする。彼はバイクに乗っているが馬に合わせた速度しか出せないため、徒歩より少し速いくらいの徐行運転となっていた。
国の中心部から遠ざかったものの、まだ安心とはいえない地域に二人はいる。
それでも喧騒から離れ、木々の揺らぐ音しか聞こえない森の中、いくぶんヒロの気分は落ち着いていた。先回りして安全を確保している仲間からも異常を知らせる連絡はない。このままなら予定している時刻に国の外へ抜けられるだろう。
「あれだけ騒いだのも久しぶりだ」
嫌味もなんのそので満足げな男へ、ヒロは文句を垂れる。
「騒ぎ過ぎでしょう。見つかったらマズイって言いましたよね?」
なるべく人目につかないようにしたいと自分で言ったくせに、いざあの場に立つと大声を出すわ見知らぬ人と肩を組んで踊り出すわ。
処刑場面を思い出したのか、男は小さく笑った。
「あそこで神妙な顔してる方が目立つだろう。極悪非道の悪人が晒し者になって死んだんだぞ?」
「こっちはヒヤヒヤしましたよ……おい、仮面取んな!」
男が鳥の仮面を外したのを見て、ヒロが慌てて止めた。
この国では、三足鳥を信仰する組織の中でもリーダー的立ち位置にある者のみ黒い仮面を身に着けるのを許される。が、そんな信心深い人物とは思えない雑な動作で、男は仮面を道具入れの中へ突っ込み、あらわになった自身の顔を撫でた。
「顔が窮屈でかなわん。こんなモンを四六時中着けてる連中の神経を疑うな」
「文句言わないで着けといてください。誰かに見られたらどうするんですか」
ヒロは忠告する。しかし男が従う素振りも無いのを見て呆れた顔になった。
「そんなんでよく今まで生きて来れましたね」
「この大胆さが長生きの秘訣よ」
ケラケラと男が笑う。
彼は顔を隠すために仮面を着けていただけで、三足鳥を熱烈に信仰しているわけではない。今回は三足鳥の啓示ということで特別に黒い仮面の装着を許されていた。
この国では黒い仮面を着けた三足鳥の信者は特別な存在で、一般の兵士程度の命令は拒否する権限を持つ。着けているだけで周囲へ関わるなオーラを放ち男の安全を確保できる上、もし怪しまれても仮面を盾に突破してやろうという魂胆でヒロが男に持たせた物だった。
たかが一宗教の信者がそこまでの力を持てることからも、三足鳥の影響の大きさを感じずにはいられない。
三足鳥を信仰する組織は様々な国に存在し、いずれも三足教と呼ばれている。
ヒロ達五人は三足教の幹部の地位にあるため、三足教の信者達は当然協力的だった。今回の黒い仮面も三足教から借りた物だ。
が、せっかくの借り物は最後まで活用されないまま仕舞われてしまった。危機感の欠片もない男は馬の上で伸びをする。
「ここまで来れば人とは会わんさ」
既に辿る道も山奥。地図にも載らないような寂れた山道に二人はいる。日頃から通行量の無い場所なのか、半場自然にかえりかけている雑草だらけの道であり、人影はない。
ヒロのバイクは荒れた道を器用に乗り越えていく。ハンドル操作に難儀しつつも彼はボソリと警告した。
「万が一ということもあるでしょう」
男は笑い、言い返そうと口を開く。
「…………」
が、その笑いはすぐに引っ込められた。男は表情を真剣なものに切り替えると、ゆっくり馬を止まらせる。
一瞬呆気にとられたヒロも遅れて反応し、バイクを止めた。彼には何事か分からなかったが、男の方はこれから起こることに確信めいたものを持っているらしい。
「万が一、か?」
静かに呟いた男が剣に手をかけたと同時に、頭上の木が大きく揺れた。葉を舞わせながら二人の目の前に着地したのは、人。
その異様な姿に二人は思わず息を飲む。現れた人物には頭が無かった。そして、身に着けているのは見覚えのある貴族服。その姿は、先ほどギロチンで首を落とされた王そのものだった。
二人は驚きで数秒固まったが、すぐに何者か思い当たったヒロが安堵の溜息をつく。
「……なんだ、イサか」
「まだこんな場所にいたのか。追い越すところだった」
どこから声を出しているのか、頭の無い男はいつも通りの淡々とした返事をした。
処刑された王はイサが演じる偽者だった。
イサは対象の情報さえあれば正確に擬態できる技能を持つ。王に化けたイサが広場で処刑されている隙にヒロが男を連れ出す、というのが今回の流れだった。
イサは処刑された後、別の遺体とすり替わって国から脱出する手筈になっていた。つまりヒロ達の後を追う格好になるはずだったのだが、二人がもたもたしていたため追いついてしまったらしい。
「頭無いまま動くなよ。びっくりしたわ」
焦りを誤魔化すヒロへイサは直立不動のまま答える。
「無くても問題ない」
イサの正体は良く分からないが、頭が無かろうが半身がもげようが大して影響は無いらしい。痛みにも鈍感で、ギロチンで首をはねられるくらいならどうということはない。
既に剣から手を離していた男が馬から下りた。
「首無しで動けるか……信じられんな」
興味深げにイサへ近づくと、ゆっくり一周して立ち止まる。この不可解な現象の仕掛けを見破ろうとしたが、叶わなかったようだ。
「落とした頭は?」
「ここに」
イサは持っていた麻袋を差し出した。
受け取った男が中身を取り出すと、そこから現れたのは彼に瓜二つの青白い生首。薄っすら目を開き断面から血を滲ませたそれは、切り取られたばかりの本物にしか見えない。
自分の頭を抱え上げた男が感嘆の声を上げる。
「……素晴らしい」
狂ってるなぁ、とヒロは心の中で呟いた。
ここにいる男こそが、処刑されたはずの王だ。自分が殺される光景を見たいと言い出したり、自身の死に顔を前にはしゃいだり。こんな狂人を助けろとは、三足鳥も酔狂な啓示を出したものだ。
「これを貰うことはできないのか?」
さらに気の触れたことを言い出した男にヒロが呆れた声を上げる。
「そんなの持って帰ってどうすんですか」
「記念に飾りたい」
大事そうに生首を抱えて主張する彼の希望を、イサは一蹴した。
「渡すことはできない。私の一部だ」
頭を奪い取り麻袋へ入れ直す。
男は名残惜しそうに袋を見つめていたが、イサに渡す気が無いのが分かると肩を落とした。
「……まぁ、自分の死に様が見れたから良しとするか」
意味不明の納得をしている男にヒロが疑問をぶつける。
「自分が死んだとこなんて見て楽しいですか?」
彼はヒロへ視線を向けると、少し考えるように腕を組んだ。
「楽しい、とは違うな。純粋な興味だ。自分の死体を見るなんて不可能だろう? それと、ただの人殺しが歴史に名を刻む場面を見たかった」
そう言って軽く笑い、男は馬へ飛び乗った。
「それだけのことで我々の計画を乱したのか」
イサが麻袋を抱え、別に怒る風でもなく尋ねながらヒロのバイクの後ろへ座る。乗っていくつもりらしい。
再び歩き出した馬へ合わせ、ヒロがゆっくりとバイクを走らせる。
問われた男はしばらく無言で馬を操っていた。聞こえていなかったのかと思わせるような沈黙を挟み、彼はやっと口を開く。
「けじめをつけたかったのかもな。気が晴れるというか、これで王の役を終えられるというか」
今までのことを思い出したのか、男は深く溜息をついた。
彼は自分の私利私欲で有力者を殺していたのではない。暴虐の王として求められた仕事をこなし、見事に全うしたにすぎなかった。
この国を治めるのは王ではなく女王でなければならない。それを象徴するための一連の事件は、全て筋書きに従って演じられていた。戦争を始めた張本人である王子達を生かし、血の繋がりがあるとはいえ遠縁にあたる王女を女王に即位させる。全てを一本の線で結ぶには、罪を着せられ葬られる生贄が必要だったのだ。
「後悔してるんですか」
おずおずとしたヒロの言葉を男はすぐさま否定する。
「悔いてなどいない。自分で望んだんだからな」
多くの思惑と野望が絡んだ歴史の表舞台で立ち回る、作られた悪の駒。彼は自ら、血に染まった王の座で憎悪される役を志願した。シナリオ通りであれば、彼は罵声の中でギロチンの露と消える最期を迎え、その悪行は長きに渡り語り継がれるはずだったのだ。
しかし三足鳥は彼に生きる道を指した。誰も予期しなかった第三者の介入に、仕方なく王は死を偽装することとなった。
「しかし、死ぬつもりでいたのに生かされるというのも気に入らんな」
本当に不満に感じているのだろう。忌々しげに付け加えた男へイサが釘を刺す。
「お前は三足鳥が望む限り生きなければならない。自殺など考えないことだ」
どういう意図があって王を生かしたのか分からないが、三足鳥が目をつけた以上、例え自害しようと苦しむだけの結果に終わるのは明らかだ。
「分かってる」
短くそれだけ言うと、男は苛ついた手つきで顔を引っ掻いた。そこに残る仮面の感触が、三足鳥に支配されている己を実感させ不愉快なのだろう。
「殺すことしか能の無い俺がどこまで出来るか、せいぜい見物していれば良い」
シナリオ通りの流血とはいえ、王が殺人に躊躇しない種類の人物なのは確かだった。男は人を殺し、歴史に名を残すことを自ら望んだのだ。良心に苛まれず戦いに身を投じられる彼は、裏で手を引いている人々にとってさぞ扱いやすい存在だっただろう。
「これからどうするか決まってるんですか?」
ヒロの問いに男は自嘲するような笑みを浮かべた。
「愛しい新女王陛下に従うまで」
こんな目にあっているのに、まだ国についていくつもりのようだ。裏では既に話が決まっているのかもしれない。
バイクの後ろで揺られていたイサが身を乗り出して尋ねる。
「そこまでするほど魅力的な女か」
イサには美しいものの収集癖があった。女王を妄信するような男の答えは、彼の興味を引いたらしい。
「お前には分からんよ」
王だった男は愉快そうに笑う。
「なぜここまで拘るのか、正直自分でも分からん。最初は戦うための理由にすぎなかったんだがな」
聞いていたイサはさっそく関心を失ったようで、また身体を引っ込めると沈黙してしまった。その様を見ていた男は再び麻袋へ視線を向け、次に未だ頭が無いままのイサを見る。
「間近で見ても信じられんな。お前は何者だ? 魔術師なのか?」
魔術師でないのは確かだが、この質問にはイサ自身が答えられないだろう。
しばし問われた側は考えるように無言だったが、やがて普段通りの素っ気無い口調で返す。
「……お前には分からんよ」
自身の言った言葉が戻ってきた男は面食らった顔をしたが、すぐ弾かれたように笑った。
悪の王は死んだ。
時を置かず即位した女王は若かったが、前女王時代からの側近達の補佐もあり、国は順調に復興していった。
即位から三年を記念する祭りの日。未だ戦争の爪跡が残る王都へ一人の旅人が訪れた。
黒い仮面を着けた彼を見た兵士が、引っかかりを覚え首を傾げる。知り合いのような気がしたのだが、男は祭りの人ごみに紛れてすぐ見えなくなってしまった。
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