天撃つ塔

【任務内容】
塔の攻撃を阻止

【終了条件】
勝利



「こんにちは」

 声をかけられ、自分は目の前に少女が立っているのに気がついた。身構えたこちらへ向かって、彼女は手をヒラヒラさせ武器を持っていないのをアピールする。

「あぁ、私は敵じゃないよ? 私が来ること聞いてない?」

 桃色の瞳が不思議そうに自分を覗き込む。
 何も聞いていないのを強調して再び警戒するポーズをとってみせると、首を傾げて考える仕草をする。その動きに合わせて黒い長髪が揺れた。

「んん? おかしいな」

 おかしいのはそっちだろう。こんな厳戒態勢の場所に少女が一人で入ってくるなんて。発言からすると迷子でもないようだし。
 一人、だよな。まさかコイツ、敵が送り込んできたんじゃ。その考えに思い至り周囲の気配を探るが、異常は感じ取れない。だが彼女は気づかないうちに近くにいたのだ。注意しなければ。

「ちょっと、ボサッとしてないで上司に連絡してみてよ」

 ボサッとしているとは何事だ。今、怪しすぎるお前について考えていた所だ。

「で、考えた結果は?」

 お前は敵だ。

「わぁ短絡的」

 呆れたとでも言うように彼女は首を振る。
 隙有り。自分は素早く少女へ銃口を向けると、間髪入れず引き金を引いた。当たった、のだが。

「……ちょっと、何すんの」

 残念なことに彼女は無事である。うっとおしそうな声で抗議された。

「そんなモンで私に傷が付くと思ってんの?」

 思ったから攻撃したのだが無理だったようだ。見た目に反して、この少女は頑丈らしい。しかし敵は撃退しろと教えられている以上、例え効果が無くても攻撃しなければならない。

「遊んでないで、早く連絡」

 彼女の言葉には答えずひたすら連射を続ける。案の定効いている気配は無いが、これ以上の判断は自分にはできない。

「んもー」

 少女がウンザリした声を上げた頃、攻撃は唐突に止まった。銃を発射するためのエネルギーが絶たれたのだ。そして自分の元へ響く上司の言葉。どうやら彼女が訪れたのは本当に許可があってのことだったようだ。

「ほらね」

 どうだと言わんばかりの少女。そういうわけなら攻撃したのは悪かったが、事前に連絡を寄越さない上司も悪い。今までこんなことは無かったのに。
 心の中で文句を言っていると、彼女がこちらへ近寄ってきた。

「私の名前はヨモ」

 あれだけ被弾したのに傷一つ無い。最近は不思議なことばかり起こる。

「エネルギー炉のチェックに来たんだけど、案内してくれる?」

 自分はエネルギー炉へ続く通路を守る警備員だ。何のエネルギーかというと、とても強力な兵器のエネルギー。この戦争に勝つためには、凄く重要。だから厳戒態勢で警備中なのだ。
 エネルギー炉は道なりに真っ直ぐ行った先にある。そう示して持ち場へ戻ろうとすると、ヨモと名乗った少女に呼び止められた。

「私は案内してって言ったの」

 冷めた声で怖い。案内と言われても、自分はここから動くことができない。仕事だからだ。

「……指示、ちゃんと聞いてた?」

 なんで怒られなきゃいけないんだと思いながら、上司からの命令を反復した。ヨモに従え。そう言っていた。妙な指示だ。

「聞いてるじゃん。従ってよ」

 この命令は警備よりも優先されるのだろうか。疑問はあるが言うことを聞かないと彼女が怒りそうだ。大人しく従っておこう。なぜ見ず知らずの、しかも女の子が怒るのが怖いのだろう。よく分からない。
 指示を了解したのをヨモへ伝え、エネルギー炉へ向かうため移動を始める。後ろを歩く彼女をコッソリうかがうが、エネルギー炉への進入が許可されるような人物には見えない。小柄な姿は頼りなく、周囲を見渡す動作には落ち着きが感じられない。チェックしに来たということは技師なのだろうか。技師だとしたら、きっと新入りだ。

 貴方は技師なのかという自分の質問に、ヨモは相変わらず興味深そうに周りへ視線を走らせて答える。

「技師っていうか、開発者だよ」

 驚いた。あんなに複雑な機械の開発に携わったというのか。しかし、開発者の中にこんな人がいただろうか。これほど目立つ人物が混じっていれば印象に残っていそうだが。

「関わってたのは初期の初期だからねー」

 すっかり変わったなぁという懐かしそうな言葉。だからキョロキョロしているのか。

「あなたが生まれたのはいつ?」

 自分が誕生日を告げると、彼女はやっとこちらへ視線を向けた。

「あぁ、その五年前だよ。私がここにいたの」

 自分は働いている仲間達の中では若い方だ。警備の任に就いたのはエネルギー炉が粗方完成してからで、それより以前の関係者については知る由もない。だから自分の記憶にヨモはいなかったのか。
 それにしても初期から携わっている開発者様だったとは。これは、かなり失礼なことをしてしまったのではないだろうか。

「うん、失礼だね」

 やっぱり。
 しかし上が早く連絡を寄越せば攻撃しなかったのだ。自分のせいじゃない。

「あいよ」

 分かったからとでも言うようないい加減な返事。怒っているのか本当にどうでもいいと思っているのか、判断に苦しむ対応だ。それほど不機嫌な声ではないように感じられるが、本当の所はどうなのだろう。しかし、しつこく聞けば火に油を注ぐかもしれないし、何より失礼だ。この件については口を閉ざすことにする。

 話題を変えよう。そんなに昔からいたということは、あの塔が現れる以前からヨモはいたのか。

「もちろん」

 彼女が肯定する。そうなると、自分が知っている仲間達の中ではヨモが一番古い存在ということになる。

「私が来たからには、もう大丈夫」

 自信に満ちた声。

「敵はお仕舞いだよ」

 少女の力強い声は奇妙な安堵感を自分へ与えたが、当然鵜呑みにはできない。長い長い戦いは、これで終わりを迎えるのだろうか。

 塔というのは敵がこちらへ対抗するための本拠地として作った建築物で、敵そのものを指した。自分達は塔の敵と長期に渡り戦争を続けている。原因が何なのかは教えられていないが、自分が生まれる以前から争っているのだから相当な理由があるのだろう。ここで生まれた者には戦争へ参加する義務があり、拒否権は無い。だから戦っている。
 敵との戦力は同等。互角の戦いがズルズルと続いていたが、先日ついに敵が決定打となる力を入手してしまったという情報が内通者からもたらされた。詳細は自分達下っ端に知らされていないが、幸い準備に手間取っているのか今のところ動きは無い。だが、起動するのは時間の問題らしい。
 敵が先手を打つ前に攻撃を加えてしまえ。というわけでこちらも奥の手の使用が決断された。以前から秘密裏に計画され、数年後に完成予定だった最終兵器を急ピッチで仕上げることにしたのだ。こうなっては隠している余裕などない。
 今から行くエネルギー炉こそ最終兵器に使われる物であり、故に自分は厳戒態勢中だったのだ。


 双眼鏡を覗くヒロの口から不満がもれる。

「いつまでこうしてりゃ良いんだ。もう野良犬探すの飽きたぞ」

「……ちゃんと監視してよ」

 呆れた声で注意したのはアヤだった。
 ヒロが持つ双眼鏡は敵を見張るために支給された物だ。だから敵を見ていなければいけないのに、すっかり現状に飽きてしまった彼は余計な遊びを始めていた。
 ヒロは双眼鏡を下ろすと大きくアクビをする。

「心配しなくとも動きなんかねーよ」

「野良犬、いましたか?」

 任務に無関係な質問を投げかけたのはシノ。

「四匹見つけた」

「へぇ、こんな場所でもたくましく生きてるんですね」

 ヒロの答えを聞き、彼は場違いな微笑を浮かべた。マイペースな二人にアヤは溜息をつく。
 彼女が窓の外へ視線を向けると、その視界には黒い塔が映り込む。あれが敵の本拠地で、レーザーの発射台であった。天を目指すように真っ直ぐ伸びた姿はまさしく塔と呼ぶのに相応しい。
 調査したヨモ曰く、あの発射台からレーザーを空へ向けて撃ち、既に配置されている鏡状の飛行物体に反射させて広範囲へ攻撃する、ということだ。

 塔へ向けていた視線を下ろせば、広がっているのはガレキの山。以前は町だったというが長年の争いにより原型を留めていない。人影も無く、時折動くのは風に踊らされたゴミか、背を丸め寂しげに歩く野良犬だけ。ヒロは四匹いると言っていたが、今アヤの肉眼で確認できるのは一匹だけだった。残りはもっと奥の方にいるのかもしれない。

 と、アヤまで野良犬へ意識が向き始めた頃、バタバタとした足音と共に部屋の扉が勢い良く開かれた。

「おい! 本当に大丈夫なんだろうな!?」

 苛立った声を上げて入ってきた老人は、椅子に座ったままでいる三人へ詰め寄っていく。

「こんな場所でチンタラしおって! 真剣にやらんか!」

 もっともな発言をした彼は、今回の任務で千年使徒が協力することになった人物。こちらの陣の最高責任者である。
 ウンザリした顔でヒロが答えた。

「さっきも言ったじゃないですか。これが作戦なんですよ」

 老人がイライラしている原因は三人にも分かっている。鏡の位置調整が終わっていないため、塔は未だ攻撃を開始していないが、それも今日終わるという。つまり今日中に対策が打てなければ老人は敗北してしまうのだ。
 一分一秒を争う緊急事態。なのに味方の陣で三人がダラダラしているのは、ヨモが私に任せとけーと自信満々に宣言したためだ。彼女の技能は電子を操作する力であり機械相手との相性は良い。
 任せろと言っているのだから策があるのだろう。ということで今回の作戦はヨモに一任されていた。長年の信頼が成せるスムーズなチームプレイである。いい加減に決めたわけではない。

 味方と敵、その戦力は長期に渡り互角だったらしい。しかし拮抗した状況もいよいよ崩れかけていた。老人率いるこちら側の資源は尽きようとしており、その状況を打破するための最終手段として三足鳥に助力を頼んだという。
 以前から老人と協力関係にあったヨモは設備に詳しく、敵の情報も把握していた。そのため作戦立案に適役だったのだ。

 彼らが待機状態なのは当のヨモからの指示だった。彼女が仲間達へ任せたのは、万が一敵が予定とは違う行動を起こした場合の時間稼ぎ。それだけである。
 その結果、ヒロ達は任務中にも関わらず暇を持て余す状態になってしまった。しかし暇と言っても敵はいつ動くか分からない。本格的に気を緩ませるわけにもいかず、なんとも半端な緊張感を強いられている。
 使徒全員で塔へ殴り込めれば話は早いのだが、それだと敵が自爆する危険があった。この位置で爆破されれば、こちらの拠点を巻き込み共倒れになってしまう。それほどまでに味方の拠点と敵の拠点は近接していた。今回の啓示は勝利が条件のため、雑な作戦は使えない。

 ヒロは面倒そうに老人へ声をかける。

「ヨモがそっちに行ってるでしょう。確か、攻撃施設を見に行くとか言ってましたよ」

 が、当の老人は更にカリカリした言葉を被せた。

「さっきから姿が見えんぞ! まったく、アイツはいっつもフラフラしおって……っ」

「じゃあ別の場所にいるんじゃないですか?」

「別の場所!? この緊急時に別の場所!?」

 ヒートアップし続ける老人との会話に限界を感じ始め、ヒロは他の二人へ視線で助けを求めている。それに気づいたアヤは横目でシノを見るが、案の定彼は不愉快そうな表情になっていた。ヨモがフラフラしているという発言が気に障ったらしい。これ以上老人に好き放題言わせておいたら別の問題が発生しそうだ。
 仕方なく、アヤが老人とヒロの会話へ割って入る。

「ヨモがいないんですか? イサは?」

 イサはヨモと一緒に出かけており、三人とは別行動をしていた。
 老人が不満を爆発させる。

「あの男ならモニターの前でボーッと突っ立っとるわ! 何なんだアイツは!!」

 その様子は安易に想像できた。必要なこと以外を話したがらない彼は、老人の問いかけにもロクに答えていないのだろう。気持ちが焦るのも頷ける。

 ヨモがおらずイサもそんな調子。こうなっては誰かが老人の相手として一緒にいた方が良さそうだ。
 もちろん誰が行くんだという話になるが、ここは話し合う余地もなくアヤしかいない。ヒロもシノも他人と話すのは苦手なのだ。というか、彼女以外の四人は人との交流に難がある性格をしているため、今回のような事態になるとアヤが出向くのが当然の流れになっている。

「そうですか……じゃあ、私も様子を見に行きます」

 仕方なく椅子から腰を上げた彼女を見て、老人はブツブツ言いながら部屋から足早に出て行った。
 アヤが不安そうに残る二人へ声をかける。

「ちゃんと監視しててよ?」

「おう」

 軽く返事をして漫画雑誌を広げようとしているヒロ。どこに隠し持っていたのか。

「了解です」

 老人がいなくなったせいか、清々した顔をして双眼鏡を手に取っているシノ。動物好きな彼は犬を観察する気なのかもしれない。

「……ちゃんと監視しててよ?」

 同じ台詞を繰り返した彼女へ、二人は声を合わせたエールを送る。

「「行ってらっしゃーい」」

 アヤは頭が痛くなった。


 エネルギー炉に到着したヨモは、さっそく施設のあちこちを観察して回っていた。

「なるほど、こうしてたか」

 呟きながらモニターを触ったり炉の中を覗き込んだりしている。部屋の中央に位置するエネルギーの制御機からは暗い紫色の光が溢れており、彼女の白い横顔を染めていた。

 見張りの立場にある自分だが、あまりこの部屋に入ったことがなかった。機械をいじりつつ意味不明な独り言をしているヨモの後姿を眺めつつ、自分も部屋の設備を見回してみる。少し操作を誤っただけで爆発を起こしそうな威圧感があり、とても触ってみようという気分にはなれない。迷いもなくコントロールパネルを操作している彼女を見ていると、やはりヨモは賢いのだというのを実感する。

「ねぇねぇ」

 視線を手元に向けたまま彼女が話しかけてきた。

「あなたってさ、いつもあの場所で見張りやってんの?」

 そうだ。それが仕事だからだ。
 迷いなく答えた自分。ヨモはなんとなく聞いただけなのだろう。こちらの方は見ずに問いかけを続ける。

「ふーん。つまんなくない?」

 つまらないと感じたことはない。自分はエネルギー炉の警備のために生まれたのだから、見張るのは当然だ。

「他のことしたいとか思わないんだ」

 ない。

「ホントに?」

 ない。

「外に出たいって思ったことは?」

 なくはない。

「あるんだ」

 あることはある。

「やっぱり」

 彼女はこちらを見ない。指は変わらずパネルを操作し続け、その速度は速い。

 自分は外へ出たことがなかった。塔の話は仲間から聞いたもので実際に見たわけではない。
 外に興味が無いと言えば嘘になる。だが持ち場を離れてまで行ってみたいと考えたことはなかったし、何より仕事を放棄するのは許されない。

「真面目だね」

 呆れるでも馬鹿にするでもない、ともすれば無関心そうなヨモの言葉。

「警備以外はできないんだ」

 できない、と思う。やったことがない。
 そう答えた時、やっと彼女がこちらを見た。指の動きは止まっている。

「でも、そこのスイッチを入れるくらいはできるでしょ?」

 示された方向を見ると、制御機の脇に幾つかスイッチがあるのに気がついた。
 さっきまでは無かったはずだが、ヨモがパネルを触ったことで現れたのだろうか。

「届く? 押してほしいんだけど」

 スイッチは高い位置についており、確かに小さなヨモでは届かなそうだ。

「赤いヤツね」

 自分がスイッチを押してやると何かしらの機能が動き出したのか、低い音が部屋の中に響いていく。

「ありがと」

 それだけ言うと彼女は画面に向き直り、再び指を動かしだした。さっきから何の操作をしているのだろう。

「これはね、エネルギーを操作しやすい形に加工してるんだよ」

 良く分からない。やはり自分には理解できない作業らしい。
 邪魔にならないよう話しかけずにいた方が良さそうだ。というか、案内は終わったのだから自分は持ち場へ戻っても良いのではないだろうか。

 ヨモへ聞こうとした時、唐突に部屋が赤く染まった。何事だ、と思うより早く警報が耳をつんざく。

「……思ったより早いな」

 面白くなさそうなヨモの声。何が起こったのか分からず、自分は上司へ連絡を繋げようとした。しかし応答が無い。同じ行動を何度か繰り返す。

「妨害されてるよ」

 自分の方は見ないまま、彼女が冷めた声で指摘した。
 ヨモはとても落ち着いているように見える。この事態が何なのか分かっているのだろうか。

「敵が攻撃しようとしてるみたい」

 それはとても大変なことだ。こちらの兵器は完成していないというのに。

「うん。ヤバイね」

 全然ヤバイと感じていない風な彼女の口調。コントロールパネルを操作する指は止まらない。なぜ冷静でいられるのか。

 部屋を満たす赤い光。響く警告音。指示のない上司。どうすれば良いのか必死に考える。
 だが、たどり着いた結論は警備に戻ることだった。エネルギー炉を守るのが自分の役目で、生まれた意味なのだから。

 戻ろうとした自分の背にヨモの声が飛んできた。

「警備しに行くの?」

 その通りだ。

「今から敵が攻撃してくるのに?」

 攻撃から守らなくてはならない。

「あっちから攻撃が飛んできたら、ここなんて一撃で壊滅するんだよ」

 自分は立ち止まってヨモへ視線を向ける。いつの間にか彼女もこちらを見ていた。部屋の赤に桃色の光が交じり合う。

「入り口なんて守ったって意味無いよ」

 そんなことを言われても困る。自分は警備しか出来ない。きっと外では仲間達が塔へ向かい、それぞれの役目を果たしている。自分も役目を果たすべきだ。

「それが無意味なことでも?」

 無意味ではない。自分にとっては重要だ。

「あなたにとって重要でも、全体にとっては無意味だよ」

 自分が無意味だというのか。

「違うって。緊急事態なんだから融通を利かせろってこと」

 ヨモは少しキツイ口調になった。怖い。怒るのはやめてほしい。
 彼女の言いたいことは分かる。しかし、警備以外に自分は何もできない。

「んなこと無い」

 ヨモがこっちへ来いというように手招きした。大人しく従う自分を、赤く照らされた彼女の顔が見上げている。

「あのさ、今からこの中に行くんだけど」

 この中、と示したのは制御機。

「一緒に来る? 手伝ってほしいことがあるんだ」

 中に入って何をするのか。

「エネルギーの並べ方がおかしいの。それを直しに行く」

 まったく、設計と違うことするから手間がかかる。と、ここにいない誰かに文句を付け加えた。

 自分はヨモの問いかけへすぐに答えられない。彼女の言う通り、警備へ戻っても時間稼ぎにすらならないのは分かっている。しかし、それ以外に何ができる。
 何をするのが最善なのだろう。自分で自分の行動を考えるなど、今までしたことがなかったのだ。

 黙ったままでいる自分の返事を待たず、ヨモがパネルへ触れる。

「未だ時間はある。急げば敵が行動するより先に攻撃できるかも」

 制御機は音もなく上下に開いていった。いや、もしかしたら警報音に紛れて聞こえなかっただけかもしれない。
 隙間が広がるに連れ、エネルギー炉から一層強い紫の光が溢れ赤色をかき消していく。

「危ないかもしれないから強制はしないよ」

 制御機内部への入り口に立った彼女は、こちらを見ずに軽く手を振る。

「じゃ、私は行くから」

 そう一言だけ残し、ヨモは紫の光の中へ消えていった。


 アヤが到着したのは拠点の中心に位置する施設。周囲の建物より飛び抜けて高く、重要な機能が集まっている場所だ。
 どこかへ行ってしまった老人を探すのを諦め、とりあえず彼女はイサがいるはずの中枢へ向かっていた。最初に案内された時の記憶を頼りに、なんとかアヤは迷わず目的地へ到着する。

「イサ?」

 いるはずの男に声をかけながら、彼女はメインコンピュータールームへ入っていく。良く分からない設備の中を進んでいくと、大きなモニターの前にいるイサの姿が確認できるようになってきた。
 アヤの気配に遅れて気づいたらしい彼が振り向く。ウサギを模したヘルメットを被っている特徴的なシルエットが画面の光に照らされていた。

「アヤか。何をしにきた。待機のはずだろう」

 イサはいつも通り淡々とした声で疑問を発した。普通に聞けばトゲのある言い方だが、怒っているわけでない。そのことを長年の付き合いでアヤは理解している。

「責任者さんに怒られちゃって」

 アヤは小さく苦笑いしつつ彼の隣に立った。

「イサこそ何してるの? ヨモは?」

 老人に言われて来てみれば、確かにイサはモニターの前でボンヤリしているだけに見える。
 問われた彼は画面を指さした。アヤがモニターを覗き込むと、そこには未知の文字列が絶え間なく流れ続けている。
 何を言いたいか分からず、アヤは不可解そうにイサを見た。

「……コレがどうしたの?」

「ヨモが入っていった」

 彼の言葉を聞き、やっとアヤはヨモが何をしているか理解する。彼女は電子化して機械の中へ入っていったようだ。
 電子化というのは機械と一体化して己の一部とする技で、ヨモの技能の一つだった。今回彼女はコンピューターに入り込んで何かしているらしい。

 アヤは画面へ向かって呼びかける。

「ヨモ? いるの?」

 しばし待つが、応答は無かった。モニターには一定の速度で文字列が現れては消えていく。
 イサがアヤへ声をかける。

「しばらく返事はできないと言っていた。異常があれば、すぐ画面に表示させるらしい。だから見ていた」

 立っているだけに見えた彼だが、本人からすれば真面目に仕事中だったらしい。
 理解不可能な文字列を眺め続けるのに苦痛を感じ、アヤは画面から目を反らした。

「返事できないって珍しいわね」

 通常、ヨモは機械と同化しても外にいる仲間と会話できる。それが不可能ということは、よほど集中しているのだろうか。時間制限付きの任務のため真剣なのかもしれない。

 アヤがイサへ視線を向け、同情したように問いかける。

「……見てるだけって暇じゃない? 私が見てるから、ちょっと休憩したら?」

 対するイサはすぐさま首を横に振った。

「これは私がヨモから頼まれた仕事だ。私がやる」

 素直で頑固なイサは一度やると決めたことはやらねば気が済まない質だ。そんなイサの性格を把握しているアヤの対応は手馴れたものだった。

「分かったわ。飽きたら交代するから言ってね」

 無理に食い下がることもないだろう。仕事の邪魔にならないよう、彼女は画面から離れる。

「……む」

 その時、モニターを見つめたままだったイサが突然動き出した。
 身を乗り出すように画面を見る彼の視線を追い、アヤもモニターを覗き込む。

「え?」

 絶え間なく流れていた文字の羅列が止まっていた。
 作業が終わったのだろうか。この事態が示す状況が飲み込めず、二人は固まったまま画面を見つめる。

 そんなアヤとイサを少しの間モニターは照らしていたが、やがてゆっくりと光を失っていった。

「え? ヨモ?」

 再びアヤが呼びかけるも、やはり返事は無い。暗くなった画面には不安げな彼女の顔が映るばかりだ。
 冷静にイサが呟く。

「異常発生」

 彼の被り物から突き出す耳のような部分が一瞬白く光った。これはヘルメットの通信機能が起動したことを示す。

「聞こえるか」

 仲間に呼びかけるイサの声へ、真っ先に応答したのはシノだった。

『聞こえます』

『何だよ』

 次に返ってきたのは面倒そうなヒロの声。しかしヨモから反応が無い。

『どうしたんです』

「ヨモの様子が変なのよ」

 心配そうなシノの言葉を受け、アヤは手短に状況を説明した。
 敵陣を見張っているはずの二人へイサが問う。

「そっちに変化はないか」

『えーと……今の所は、何も』

 異常がないのを告げるシノ。
 直後、不気味な音が施設のあちこちから聞こえだした。足には地震のような小さな揺れを感じる。

「何かしら」

 アヤが発した疑問の言葉は、シノの通信に被さりイサへ届かなかった。

『敵陣に動きがありました! 発射台が起動するようです!』

 二人が顔を見合わせた。

「行くぞ」

「ええ!」

 イサの言葉にアヤは頷く。二人は同時に駆け出した。


「来たんだ」

 自分とヨモの視線が交わる。思わず追ってきてしまったが、これで良かったのだろうか。

「さぁ?」

 からかうような彼女の返事。

「じゃ、私は作業を始めるから」

 言うなりヨモはこちらへ背を向け、壁から突き出している無数のレバーを動かしだした。後ろから覗き込むが、やはり何をしているのか分からない。
 念のため、侵入者に備え入り口へ向かって身構えておく。警告を告げる赤い光は未だ放たれているはずだが、ここにいると紫の光しか視界に入らない。
 もう一度上司へ連絡を繋げようとするも、もはやノイズが酷くなりすぎて正常に機能しない。この有様は妨害のせいなのか、それとも既に攻撃を受けて施設自体が壊された結果なのか。

「来た」

 苛立ったヨモの声で、通信へ集中していた意識を断ち切った。何が来たかと問うのは野暮だろう。敵がここまで侵入してきたのだ。
 警備に特化した自分が察知できなかったのに、なぜ彼女が先に気づけたのか。疑問が脳裏をかすめたが考えるのは後だ。迎撃体勢をとったのと一体目の敵が現れたのは同時。銃を発射し一撃でしとめる。急だったので敵の詳細は分析できなかったが、そう強い相手ではないようだ。
 狭い制御機の中は戦うには向いていない。外へ出ようとした時、後ろからヨモの声が聞こえた。

「あ、出られると困るんだけど」

 こちらは出られないと困るのだが。

「もうちょっとで手伝ってもらう所になるから、それまでここにいてくれない?」

 入り口と彼女の背中を見比べていると次の侵入者が現れた。これも一発で倒す。
 いったい何体の敵が入り込んでしまったのだろう。柔な造りにはなっていないが、エネルギー炉を壊されては台無しだ。やはり警備に戻っていた方が良かったのではないだろうか。

 自分が後悔し始めた頃、やっとヨモはこちらを振り向いた。

「よっしゃ! 準備完了!」

 彼女がこちらへ手を差し出す。

「さぁ、来て」

 何をすれば良いのか。
 ヨモへ近づこうとした時、耳へ届くノイズが急に大きくなった。上司からの通信のようだが、相変わらず伝えたい内容が不明瞭だ。

「早く」

 彼女が急かす。
 上司を優先するべきか、ヨモに従うべきか。一瞬の迷いを追い立てるように、背後に何者かが忍び寄る気配があった。とっさに銃で攻撃する。命中と同時に頭へ響く雑音が大きさを増し、思わずふらついてしまった。倒したはずだが、理解するのを妨げるかの如く、周囲の警報音に合わせてノイズが強弱する。
 何が起こっているのだろう。これも敵のせいなのか。

「ほら」

 正確な思考が出来ぬまま、ヨモが差し伸べていた手を握った。視界が紫一色になり、目の前にいるはずの彼女すら見えなくなる。身体が振り回されるほどの強い力が加えられ、腕が、足が伸びていくのが分かった。しかし痛みは伝わってこない。なぜか頭がボンヤリしてくる。
 やはり今日は不思議なことばかりだ。自分が置かれている事態を他人事のように感じつつも、意識を手放すのだけは必死に耐えた。眠いという気持ちはこういう感覚なのかもしれない。

 状況を把握しようとヨモの名を呼んだ。

「なに?」

 驚くほどあっさりと答えは返ってきた。声はすぐ近くから聞こえるが姿は確認できない。
 今自分はどうなっているのか。彼女は何を手伝わせたのか。今日はなぜ不思議なことしか起きないのか。思いつく限りの疑問をヨモへ浴びせた。

「一気に聞かれてもなぁ」

 困ったような、しかし楽しんでいるのが分かる彼女の言葉。
 その声に違和感を感じ次の言葉を繋げなくなった。ヨモの声が妙に頭へ響いてくるのだ。この感覚を自分は知っている。

「じゃ、どうなってるか教えてあげる」

 続いていく少女の声。直接中へ染み込んでいく逆らえない言葉。聞こうとしなくても届く音。
 これは、上司の通信と同じだ。

「下を見て」

 言われるがまま自分は視線を下げる。身体が思うように動かず頭が重い。こんなに自分は不自由だっただろうか。
 動こうと強く意識するにつれ、頭の中が鮮明になっていく。視界を覆っていた紫が徐々に晴れると、そこには見知らぬ光景が広がっていた。眼下は一面灰色。ガレキに埋め尽くされた景色に動くものはなく、淀んだ空気が漂っている。

「これが外だよ」

 外。
 自分が見たいと思っていたのはこんな物だったのか。何も無いではないか。

「戦争で荒れちゃったから」

 淡白なヨモの言葉。
 彼女を探すため視線を動かそうとするが、自分の意思に逆らい頭は下へ移動し続けていた。身体がいうことをきかない。

「あなたは今、空に浮かんでるの」

 それはどういうことだろう。明確な説明を求めるが彼女の答えは返ってこない。
 ヨモはどこにいるのか。いつの間に外へ出てしまったのか。自分に空を飛ぶ機能は備わっていないはずだが、どうして浮遊することができているのか。何度も何度も問いかける自分の声は無視され続け、自由の利かない身体は操られるように視線を下げるのを止めない。

 やがて視界に入ってきたのは、こちらへ向かって伸びている巨大な筒状の物体。真上から見ているため正確な高さは分からないが、横から見れば一本の塔のように見えるだろう。その周囲にはいくつか四角い建物が見えた。
 塔、という言葉で思い描いたのは敵の本拠地。あれがそうなのか。

「違うよ」

 やっと彼女が返事をした。声を聞いたことで少し安堵を覚える自分がいる。

「ねぇ、身体が変だなーって思わない?」

 それはさっきから感じているが。

「あなたは今までの身体じゃなくなったの」

 え。

「だから外にいるし、空を飛んでる」

 ヨモがやったのか。

「うん」

 凄い。

「うん」

 でも、なぜ。

「あなたに外の風景を見せるため」

 それはありがたいが、この身体は動きづらくて好きにはなれない。

「そっかー。これが終わったら処分かな」

 できることなら早く元の身体に戻してほしかった。確かに外に興味があると言ったのは自分だが、ここは仲間達から聞いていた以上に何もない。こんな景色、一回見たら十分だ。

「景色が気に入らないの?」

 願いを叶えてやったのにと言いたげな、少し不満そうな彼女の問い。
 わがままを承知で言わせてもらえば、どうせなら空が見たかった。情報で知っているだけだが、なんでも青くて透き通っていて、とても綺麗らしい。

「ふーん」

 納得してくれたのか、彼女の返事に苛立ちはなかった。

「ま、どうせ最後なんだからじっくり眺めといたら?」

 確かに、こんな機会は二度とないだろう。彼女に諭され仕方なく視線を遠く離れた灰色へ向ける。というか、依然として頭が上がらないため地面を見るしかないのだが。なぜこんなに頭部が重いのだろう。ヨモの設計ミスか。
 視界の中で最も目立つのは、やはり筒状の建築物だった。敵でないのなら何なのだろう。良く見ようと目を凝らした時、塔の中が光っているのに気づいた。そして正体を理解する。あの色はエネルギー炉で見た紫色の光。つまり筒はエネルギーの発射台で、自分はそれを上から覗く形で浮かんでいるのだ。あそこは今まで自分がいた場所。

 そうだ。敵に侵入されたエネルギー炉は無事だったのだろうか。ヨモは自分を空へ飛ばしたと言っていたが、そんなことをしている場合ではない。敵の攻撃が迫っているというのに何をやっているのか。
 いや、それよりも。ここにいては最終兵器の餌食になってしまう。見る間に光は大きくなっており起動まで秒読みになっているのは明らか。発射できるようになったのは本来喜ばしいことなのだが、今は都合が悪い。操作しているのはヨモだろうか。彼女は自分がここにいるのを知っているはずなのに、どうして。

 逃げようと渾身の力で身体を動かそうとするが、腕も足も反応がなく、自分の頭は発射台を見つめたまま固まっている。
 ヨモへ呼びかけるが再び応答は無くなっていた。彼女だけではなく仲間達との通信も途絶えている。自分がおかしくなったのか。皆がおかしくなったのか。いったい何が起こっているのか。何も事態を飲み込めないまま時間は過ぎていく。

 筒の中の紫が消えた。
 止まったのか。

 安堵した刹那、今までとは比べ物にならないほどの眩い光が溢れる。塔から放たれた閃光は思考が追いつかない速度で視界を覆い、紫一色に染める。発射された。こちらへ飛んでくる。そう理解できたのはエネルギーが直撃した瞬間だった。
 死んだ。理由も分からないまま。自分は破壊されてバラバラになって、跡形もなく消滅してしまうのだ。嫌だな。死にたくなかったな。

 そんなことを考えている自分に違和感を覚え、徐々に混乱は落ち着いていった。レーザーが当たったはずなのに思考ができる。これは死んでいないということか。最終兵器と言われたエネルギーを、耐えた。この身体のおかげだろうか。不自由な分とてつもなく頑丈なのかもしれない。
 無事なのを確認するため手足を動かそうとするが、相変わらず固まったように動かない。頭も同様だった。もしかしたら、頭脳だけ無傷で身体の機能は壊れてしまったのかもしれないが、知る術はない。

 紫が晴れていく。攻撃が終わったのだ。耐え切った。自分は無事だ。
 しかし喜びはつかの間だった。鮮明になっていく視界が捉えたのは、壊滅した味方の拠点。こちらを狙っていた大きな塔は消え失せ、周囲の四角い建物は基礎を残して崩れている。
 どういうことだ。こちらの攻撃は成功したはずだ。間に合わなかったのか。ヨモは、仲間達はどうなった。動揺するまま通信で呼びかけるが反応が無い。ノイズすら聞こえなくなっていた。
 重い身体を動かそうと力を込めた時、今になってやっと頭が上がり始めた。動けるようになったのかと手足の具合も確かめるが、こちらは先ほどまでと同じで感覚が無いままだ。

 とにかく頭部は動くようになった。周囲を見ようと視線を移動させようとするが、動作に頭がついてこない。
 その馴染めない心地悪さにたじろいだ。視界は自分の意思とは関係なく上がり続けている。これはさっきと、下がり続けていた時と同じだ。自分は動けるようになったのではない。何も変わっていなかったのだ。
 今度はなんだ。逆らおうとする自分の抵抗も空しく、上を見ようとする頭部の動きは止まらない。やがて見えてきたのは高い建物。味方の陣地があった場所からでも確認できる位置に建っており、垂直に伸びる姿は、数分前まで真下にあった発射台に似ていた。


 敵の消滅を確信したヒロは安堵したように大きく息を吐き出した。

「成功だな」

「上手くいきましたね」

 後ろを歩いているシノが同意する。
 二人がいるのは敵の本拠地があった場所。今は見渡す限り一面ガレキの山と化していた。恐るべき破壊力である。

「ヨモー?」

 少し離れた所で仲間の名を呼んでいるのはアヤ。彼女は空へ向かって呼びかけており、その視線の先には箱状の飛行物体がある。浮遊体は高度を保ったままゆっくりと回転し、鏡の面を空へ向けようとしていた。そのため、今見えているのは機械がむき出しになった裏側だ。
 名を呼ばれたのに応えたのか、飛行体の機械部位から白い人影が姿を現した。無事を知らせるように大きく手を振ると、迷いもなく身体を宙に踊らせる。が、重力に従って地面へ叩きつけられることはなかった。飛行機に似た機械仕掛けの翼が背から現れると、人影は素早く体勢を立て直す。その勢いのまま周囲を一周すると、悠々と地面の上に着地して見せた。

「ミッションコンプリート!」

 彼女に表情があればドヤ顔だっただろう。ヨモは自慢げに仲間達へ作戦の成功をアピールした。
 シノが笑顔で彼女を迎える。

「お疲れ様でした」

 別に心配した風でもないイサが続けて声をかけた。

「仕掛けるタイミングが早かったようだが、見つかったのか」

「ちょっとトラブった。まぁ成功したから良いじゃなーい」

 こちらも追い詰められた様子もなくヨモが答える。満足そうに周囲を見渡す。

 敵は皮肉にも自身が作った兵器により壊滅した。
 放たれたレーザーは鏡に反射され、相手を狙い打つ、はずだった。しかし鏡の向きをヨモが調整したため、そのまま敵目がけて跳ね返り、本拠地を直撃した。結果、この残骸ができあがったというわけだ。

 わざわざ敵の武器を利用したのには理由があった。こちらから攻撃できれば話は早かったのだが、長期に渡って続いた戦争により自軍のエネルギーは尽きる寸前だったのだ。なんとか互角の戦力に見せかけていたが、それも後数日戦いが長引けば持たなかっただろう。
 今ある戦力を振り絞ったところで半端なダメージしか与えられず、結果エネルギー切れによる敗北。良くて自爆による相打ち。どうにもならなくなった老人が三足鳥へ助けを求め、この有様を見たヨモが敵の兵器を利用するのを思いついた。というのが今回の作戦を行うまでの流れだ。

 敵が開発途中だった最終兵器の完成を早めさせるため、こちらが決定打を入手したという嘘の情報を流したところ、相手はまんまと引っかかってくれた。年単位で開発期間を必要とする兵器を即完成させるため、敵は不安定な物質にエネルギー源を求めざるを得なくなる。
 そして、こちらが予測した通りの資源を相手は選んだ。混沌である。混沌は非常に制御が難しいが、手段を選んでいる余裕は無かったのだろう。
 混沌は存在するだけで周囲へ影響を与える。それは無機物だろうと例外ではなく、敵陣では突然の機械の故障や不具合が頻発するようになり、決定的な隙となった。こちらと同じく相手の本拠地も全て機械でコントロールされているため、一部に異常をきたせばヨモの電子の技能で付け入るのは簡単だったのだ。

「心配は良いから褒めてよ」

「キャー素敵」

 賞賛を求めるヨモへ、ヒロは心のこもらない褒めを返す。
 一方、再び空を見つめていたアヤが心配そうに問いかけた

「ねぇ、アレは壊さなくて良いの?」

 彼女の言葉で他の四人も天を見た。その先にあるのは飛行物体。レーザーを反射した鏡の面は既に見えず、今は完璧に上空を見上げる形で固定されていた。

「あぁ、良いの。あいつ空を見たいって言ってたから」

 ヨモの言葉にシノが首を傾げる。

「見たいって、機械がですか?」

 敵陣に人はおらず、機械しかいなかったはずだ。
 天を見上げるヨモが心なしか目を細めた。

「うん。混沌の影響で意思を持ったんだと思うけど、一体だけ変わったヤツがいてさぁ。外が気になるとか空を見てみたいとか言ってたから、アクセスするのに使わせてもらった」

 電子を操作する技能を持つ彼女だが、その力は万能ではない。敵のレーザーを利用すると決まったものの、反射させるための鏡を操作するには相手の本拠地へ乗り込む必要があった。そして内部へ侵入しても、そこから飛行体を操作するには厳重な警備を潜り抜けた上で保護を解除しなければならない。混沌の影響で防御は完璧ではないとはいえ、困難な仕事である。

 当初は力ずくでの突破もやむを得ないというのがヨモの判断だったが、敵陣で意外な物を見つけた。自我を持ちつつある警備プログラムだ。混沌が近くにあるとはいえ、これほど早く無機物が感情を発生させるのは珍しいことだった。擬似の意思を持った機械は本来の機能に従わず、予期しない動作をしたりと外部からの操作を受けやすくなる。
 これを見つけたヨモは、すぐさま利用するのを思いついた。侵入者の彼女が直接コントロールしようとすれば危険と隣り合わせだが、内部のプログラムを通じて行えば多少誤魔化すことができる。
 結果、気づかれはしたもののアクセスには成功し、警備プログラムは浮遊体へ飛ばされ鏡の向きは調整された。

「放っておいて大丈夫なのか」

 疑問を発したイサへ視線を向け、ヨモは答える。

「混沌から離れたし、時間が経てば元の無機物に戻るよ」

 エネルギーに当てられていた期間は短い。彼女が言う通り、蓄積した混沌が薄まればただの機械に戻るだろう。

「再利用するか壊すかはジジイに決めさせる」

 そう言うと、再びヨモは視線を天へ向けた。

「最後に空を見れたんだから、壊されても満足でしょ」

 その言葉にアヤが呟く。

「……そうかしら」

 五人の上に広がる空は灰色。黒い雲が斑に覆っている有様に美しさはなく、ただ不気味であった。

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