神隠し触れるべからず

旅行の誘い

 ある日、自室で機械をいじっていたヨモの元へオシオから連絡が入った。

『あ、ヨモか? 旅行に行かんか?』

「行かん」

 藪から棒な誘いを冷たく断り、少女は通話を終了させる。しかし外部連絡用の四角い端末は即座にバイブレーション機能を発動させ、着信があるのを所有者に伝えてきた。端末の画面には、またもやオシオの名前が表示されている。

「おじいちゃーん? 電話はさっきしたでしょー?」

 ヨモが鬱陶しげな声で応答すると威勢のいいオシオの台詞が飛んできた。

『お前が話を聞かずに切るから掛け直しとるんじゃろうが! 電話したのを忘れたわけじゃないわ!』

「え? ついにボケたんじゃないの?」

『相変わらず失礼なヤツだな!』

「そちらこそ、相変わらずお元気そうなこって」

 呆れたようにヨモは返事をする。旭塔会の会長は老いにも負けず今日も好調らしい。
 三足教のヨモと旭塔会のオシオ。立場は違えど協力関係にある二人の会話に遠慮はなく、聞いているだけだと喧嘩しているようにすら感じられる。
 普段と変わらぬ嫌味の応酬を終わらせると、オシオはやれやれと言いたげな調子で本題に入った。

『まったく……せっかく面白い話を持ってきてやったというのに』

 もったいぶる彼へヨモは皮肉を投げかける。

「年寄りと旅行するのが面白い話っていうなら、私は自分の自爆ボタンを押すね」

『んなもんついとったのか?』

「ついてないよ。そんくらい嫌って意味だよ」

 雑な返事をするヨモ。対して、オシオは少し拗ねた口調になって彼女へ問いかけた。

『……お前はワシと出かけるのが嫌か?』

 ヨモは渋い顔つきになって返事をする。

「なーんで私が年寄りと旅行デートしなきゃなんないのさ。百年遅いわ」

 端末の向こうからも不満げな声が返って来た。

『ワシだってデートするならピチピチギャルの方が良いわ』

「あっそ。じゃあメカメカロリータはお留守番してるから。お土産よろ」

 彼女は通話終了ボタンへ指を伸ばす。

『そりゃあ残念だ。土産に遺物でも持ち帰ってやる』

 が、わざとらしいオシオの台詞が聞こえたことで動作は中断された。

「……今なんて?」

 再度ヨモが端末へ意識を向けると白々しい老人の声が響いてくる。

『遺物』

「えっ、ちょっと待って。旅行ってどこ行くの?」

 彼女は食い気味に問いかけた。
 遺物とは、人間が残していった遺産のことだ。遥か昔、栄華を誇っていた人間と呼ばれる種族は、ある時期を境に姿を消し、今や世界各地に点在する遺跡だけが彼らの名残となっていた。
 人間が製造した道具類は遺物と呼ばれ、上手く扱えば膨大な力を扱えるようになる。武器製造を担当しているヨモにとっては非常に興味深い代物だった。

 彼女が話に食いついたのを知ったオシオが愉快そうに問いかける。

『話を聞く気になったか?』

「んー……内容次第」

『プレゼンのし甲斐があるな』

 捻くれたヨモの返事を聞いたオシオは嫌味を言う。が、元から話す気はあったようで、それ以上彼女を非難することなく説明し始めた。

『実はな、とある山奥に今は町として機能していない集落……ゴーストタウンみたいなものだな。そういうのがあるんだが、そこで不自然な混沌の流れが感知されたという情報が入ったんだ』

 混沌とは高濃度の思念だ。人間は混沌を操り、共に暮らしていたという。そんな彼らに関連する物は混沌に汚染されていることが多々あるため、混沌を辿れば遺跡や遺物の発見に繋げられるのだ。

「そこに遺物があるってこと?」

 遠慮なく口を挟むヨモへオシオは冷静な様子で答えた。

『まだ確証はないが、あってもおかしくない』

「ふーん……」

 返答を聞いた彼女は考え込む。一方、本題が終わっていないオシオは話を続けていた。

『で、その町というのが結構広くてな。まぁワシ一人でも十分なんだが、人数が多い方が時間の短縮になる。だからお前に声をかけたというわけだ』

 そこまで言って言葉を区切ると、傲慢な口調になってヨモへ尋ねる。

『お前、遺物を欲しがってただろ? 何か見つけたら分け前をやらんでもないぞ』

 人間の遺産を追いかけているオシオは、最初から彼女を協力者として誘うつもりで電話をかけてきたのだろう。それなら旅行だ土産だと前置きせずさっさと言えよとヨモは思うのだが、この老人は妙にプライドが高いところがあり素直に助力を乞おうとしない。

「…………」

 少々イラっとしながらも、ヨモは言い返すことなく今回の条件を吟味していた。
 確実に遺物があるなら迷わず同行するのだが、今の段階では無駄足になる可能性が高いように思える。無駄が嫌いなヨモにしてみれば、この前提では突っぱねたいところだ。
 しかし、わざわざオシオが連絡を入れてきた点を考えると無下にするのは得策ではない気がする。この老人には天性の勘のようなものが備わっており、無駄にも感じられる行為がとんでもない成果をもたらすことがあるのをヨモは知っていた。今回もオシオなりの確信があって動いているのかもしれない。
 それに、今後の付き合いもある。仮に何も得られなくても、旭塔会の会長に恩を売っておくのはプラスだろう。

 時間を消耗するリスク。遺物を入手できる可能性。オシオの利用価値。
 それらの要素を整理し、結論を出すと同時に、ヨモは頭の中で有給申請の手順を確認していた。


 昔々、とある山中に商人の町があった。
 元は山を行き来する人々の休憩場所だったらしいが、休む旅人を目当てに商売を始める者が現れたのをきっかけに露店が増え、土地が整備され、家が建ち、町として発展していったという。
 一時期は地域でも有名な交易拠点として栄えたが、今から数十年前、豊かな町に異変が起こった。

「町に住んどった連中が、全員消えたんだ」

 オシオの言葉にヨモは桃色の瞳を見開く。

「消えたって……夜逃げみたいな?」

 問われたオシオは前を見たまま答えた。

「当時町には数百人は人がいたんだぞ。全員一斉に夜逃げはない」

 なんとも不可解な話だ。自分達が向かう町の情報を聞いていた少女は、心の中で不吉な予感を感じていた。
 オシオの誘いを了承したヨモは、今は彼が運転する車の中にいる。時刻は夕方に差し掛かっており、空は橙色の光に包まれ始めていた。
 運転席でハンドルを握るオシオは難しい表情になって話を続ける。

「争った後や荒らされた後もないから山賊に襲われたわけでもないらしくてな。結局、今に至るまで誰一人として見つかっていない」

 そこまで言ったところで車が大きく揺れ、老人は焦った様子になって口をつぐむ。現在、二人を乗せた車は山道を走っていた。金持ち好みの大きめの車は、黒い車体を砂で汚して慣れない道を進んでいく。
 山奥へ続く道は辛うじて道路としての体裁を保っているといった有様で、所々ヒビが入っている上に隙間から植物が顔を覗かせる箇所すらある。ずいぶん長いこと整備されていないようだ。
 ガタガタ揺れる車の動きに振り回されていたヨモだったが、道の脇に見慣れない物を見つけ疑問を口にする。

「……その話って、あれと関係あんの?」

 そこにあったのは苔むした人型の石像。人より一回り大きなサイズのそれは道に沿って数個置かれており、すぐ横には朽ちた木製の看板も立っていた。看板の文字は劣化のため読めなかったが、石像達が皆一様に怒りの形相をしているのはヨモの目にも確認できる。奇妙なことに、石像の鼻は不自然に長い。

「あれはテングの像だな」

 ヨモが示したものに気付いたオシオはハンドルと格闘しつつ答える。

「昔から、この山にはテングという妖の伝説があるんだ。辺に住んでる連中なんかは、町の人々が消えたのはテングの神隠しのせいだと信じとる。山を切り開いたのがテングの怒りに触れたとかなんとか」

「神隠しぃ……?」

 その非科学的な単語に彼女は苦笑いしてしまう。神隠しとは、前触れもなく人が忽然と消え去る現象だ。現実主義のヨモにはナンセンスに感じられる。

「有り得ると思うか?」

 オシオからの問いかけにヨモはふざけた調子で返す。

「私は妖に詳しくないから分っかりませーん」

 ヨモは妖が存在しているのは知っているが、妖が神隠しの原因だとは考えていなかった。結局のところ妖も生物の一種に違いなく、生物以上の力は持っていない、というのが彼女の見解だ。
 早々にテングへの興味を失ったヨモは不満げに本来の目的を確認する。

「神隠しなんかより、私は遺物の方が気になるんだけど。そんな気味の悪い場所に本当にあんの?」

「元は商人の町だからな。人手を渡るうちにたどり着いて、そのまま放置されとる可能性はあるだろう」

 曲がりくねる道をやり過ごしてオシオは答えた。
 遺物は貴重品だが知識のない者からすればガラクタも同然に見える。骨董品扱いされて人から人へ渡っていく内、一般民家の座敷に飾られていたという事例もあった。
 今回探しに行く代物も、そんな風に雑貨に紛れている遺物なのかもしれない。大した物じゃなさそうだと内心ガッカリしたヨモだったが、ふと嫌な想像が頭を過った。

「……思ったんだけどさー? 人が消えたのって、その遺物が原因じゃないよね?」

 しかめっ面で問う彼女へオシオは溜息交じりに返す。

「それも含めて調査せねばならん。もし物騒な力を持っているなら、さっさと見つけて旭塔会で厳重に管理する必要がある」

 人間が作り上げた道具、遺物。ロストテクノロジーによって生み出されたそれには、人知を超えた機能が備わっていることがある。過去には大勢の人々が犠牲になるような事故も起こっており、物によっては繊細な扱いが必要とされていた。
 もしかしたら、町に残されているという遺物もその類なのではないか。驚異的な力を秘めた遺物が誤作動を起こした結果、町の人々が消え去るような何かが発生したのでは。その結末は神隠しより現実味がある気がして、ヨモの表情は自然と険しくなった。
 人間の技術を有効活用したい彼女にとって、遺物はしょぼくても凶悪過ぎても困る。扱えなければ意味がないのだから、できればほどほどの物が出てきてほしいところだ。

「お、見えてきたな」

 オシオの言葉でヨモは我に返る。彼女が視線を前方へ向けると木々の隙間から複数の建築物が顔を覗かせているのが確認できた。ゴーストタウンという情報からヨモは廃墟を連想していたが、町は意外と綺麗な外見を保っている。さすがに所々痛んでいるが、倒壊しているような家は見当たらない。いや、それどころか、

「……んん? 明かりついてんじゃん」

 彼女はいぶかし気な声を上げる。住人がいない町のはずなのに、いくつかの家々からは明るい光がもれていたのだ。日暮れの山中で淡く放たれる人工の光は、確かな人の気配を感じさせる。
 ヨモの疑問を聞いたオシオは平然と答えた。

「住人はいないが、人はいるぞ」

「どゆこと?」

「ほれ、あれ読め」

 オシオは道の脇に立っている大きな看板を片手で指さす。それは比較的最近建てられたもののようで、現代的な丸いフォントが楽し気に案内を表示している。デフォルメされたテングのキャラクターまで描かれており、この先にある町の概要を簡単に紹介していた。

「……神隠しの里ぉ?」

 看板に書かれている文字を読んだヨモが素っ頓狂な声を出す。テングが解説するところによると、この先にあるのは神隠しの里であり、皆で遊びに来てねとのことだった。
 彼女の言葉を聞いたオシオが笑って説明する。

「これから行く町はな、今は観光施設として公開されとるんだ。入ればガッツリ料金も取られる」

「たくましいねぇ」

 ヨモは呆れたように呟いた。数十年も経てば不気味な事件も風化してしまうということか。それにしても観光施設になっているとは脱力する展開だ。

「今日ワシらが泊まる宿も施設内にあるヤツだぞ。観光と宿泊がセットだとお得になるんだ」

「……たくましいねぇ」

 オシオからの付け足しを聞いた彼女は、なんだか緊張していたのが馬鹿らしくなってきた。


「すっかり暗くなったな。調査は明日からにするか」

 運転席から降りたオシオが空を見上げて呟く。老人の顔に装着されているバイザーには鈍く輝く天眼が映っており、仄かな光を反射させていた。

 助手席から降りたヨモは、さっそく目の前の風景へ難癖をつける。

「うーわ。ボロボロー」

 彼女の視界にあるのは現在地である駐車場。足元はコンクリートで舗装されているのだが、経年劣化のせいでデコボコになっていた。観光地の駐車場にしてはやる気を感じられない状態である。
 今まで通って来た道の有様から考えても、この観光施設はあまり流行っていないのだろう。そう頭の中で結論づけたヨモは、次に目的地である町へ視線を向けた。

「ここ、結構広いねぇ」

 彼女は辺りを見渡して感想を告げる。町というだけあり家は無数に存在し、しかも元は商人達が拠点としていたためか大きな倉庫らしき建物も複数ある。ここを一軒一軒探していくのは骨が折れそうだ。

「もっと助っ人呼んだ方がいいんじゃないのー?」

 ヨモはオシオを見ると、ちょっと悪戯っぽい顔つきになって付け加える。

「……もしかしてオシオ、私以外に友達いない?」

 彼女に挑発されたオシオはブスっとした表情になって答えた。

「あのな、この年になると身体が動く友人自体が少ないんだ。最悪、墓の下に埋まっとるんだぞ」

「生き物って儚ーい」

 老いとは無縁の機械少女は愉快そうに笑う。そんなヨモの態度を横目に、オシオは慣れた手つきで車のトランクを開けた。

「では儚くないロボットよ、力を貸せ。コイツを宿まで運ぶぞ」

 言うなり彼はトランクの中を示す。そこには旅行に不似合いな謎の機械がギッチリと詰め込まれていた。

「えー……何この荷物ー? 自分で持てばー?」

 当然のように文句を言うヨモへ、老人も当然のように言い返す。

「調査に必要な道具だ。ワシは長距離運転で疲れとるんだから手伝え」

「……へーい」

 そういうことなら仕方ない。嫌そうな感情を顔に張り付けたまま、ヨモはオシオと一緒に荷物を運び出す。私物と機械類を車から取り出し終えた頃には、すっかり周囲は暗くなっていた。
 ブツブツ言い合い二人は荷物を運んでいく。そんな騒がしい光景を、闇に佇む寂れた町並みが無言で見下ろしていた。


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