モグワイとブロックチェーン
「閃光と轟き」
標高1,000mの避暑地も、真夏はウンザリするほど暑い。
どうせ行くなら車に分乗してフジロックに行けばいい、と仲間を募ったら10人になった。年齢差10歳、仕事も収入も音楽の趣味もバラバラな奴らと毎年苗場に行っていた。
連絡用の掲示板(当時はまだLINEやグループチャットが無かった)で、よくお互いの好きなアーティストを共有していた。
その10人の中で最も熱く掲示板に書き込んでた「通称:もっさん」からモグワイを勧められて、その年のホワイトステージで見ることにした。
ちょうど陽が傾いて、涼しくなってきた時間帯のホワイトステージ。
どんな曲をやったのかほとんど覚えていない。
ラストの曲が「2 rights make 1 wrong」だったということだけ覚えている。
強烈に。
以降記憶のまま記す。
まずはお馴染みの轟音が襲いかかり、ライブ映像で予習していた閃光(照明効果)が襲ってきた。
ああ最高た。体と脳全体がその世界に心地よく浸っていてしばらく。一瞬「まずいぞ」という感覚に襲われた。
明らかに「許容量超える」ことがわかった。
このまま轟音と閃光に浸り続けていたら、聴覚か視覚、もしくはその両方がやられる。
しかし1ミリも動けない。その場から退避も不可能。
とりあえず本能的に目を閉じるが光の明滅は全く収まらず、むしろ「目を閉じている不安」に耐え切れず目を開けてしまう。
ならば耳を塞がないと。いやなぜか手が一切動かない。自分が立っているのか座っているのかどこに自分の手や足があるかもわからない。
全部諦めるしかない、轟音と閃光に襲われるままになり気がついたら辺りが真っ暗になっていた。
ステージ上にはもう誰もいなかった。演奏が終わってからどれだけの時間が立ったかもわからない。
何かを体験したはずだけど、何を見聞きしたのか確証が持てない。
横を見たらもっさんが俺と同じようにステージをただ凝視していた。動かない。
気絶した人を起こすように、強めに肩パンを入れ、「グリーンステージ行ってみんなと合流しよか」と2人で歩き出した。
俺ももっさんも全く何も話さないまま、黙々と泥だらけの暗い道を歩く。
脳内に「さっきのステージどうだった?」の言葉が浮かんでいるのに口は動かない。足は勝手に動いている。
遠くにグリーンステージからの歓声が聞こえてきて、少し現実感を取り戻した頃、もっさんがこちらも見ずに、僕に言ったのかどうかもギリギリ微妙な声でぼそっと
「神だ・・・・・・」と呟いた。
ーーーーー
「かもしれないよ」
僕はエンジニアのことを尊敬している。
自分がコードを書かない(かけない)から、そして思いついたその場で「形にし始める」行為がとてもクールだなと感じるから。
たぶん、優れたプレイヤーと似ている気がする。
僕に感じ取れない倍音、見えていない場所に辿り着く旋法(モード)を手掛かりに、フレーズを紡ぎ出すサックス奏者のような。
特に数多のエンジニアが到底思いつかないレベルでインフラ・ミドルウェア、そしてその上に展開されるアプリケーション群まで見据え、全体のアーキテクチャを瞬時にイメージし、それを僕のような素人にもわかる形で説明できる人に会った時は、「歴史上始めてチックコリアやジャコパストリアスを発見した人は、こういう気分だったのでは?」と感動すら覚える。
去年、そういう人に話を聞く機会があった。
とある人の紹介で、その人がなぜ15歳でエンジニアリングに魅せられ、いまも没頭しているのか?は予め把握していた。
僕は「あなたはとてもブロックチェーンへの造詣が深い。このテクノロジーの素晴らしさはどこだと思う?」という質問を準備していたが、他の話題が盛り上がり過ぎて肝心の質問を忘れていた。
ひと通り打ち合わせが終わり、ちょっと時間があるから、と軽い雰囲気から最近のAIブームに話が及んだ。
「最近は人工知能がブームというか」
「そうですね、書籍もそんなのが増えましたね。」
「そうそう、AIが人を滅ぼすとか、神だとか」
「AIは、別に神じゃないと思うけど(笑)」
「ブロックチェーンもそのうち神扱いされるかもしれませんね(笑)」
僕のこの言葉に、そのエンジニアが反応した。
慎重に僕に目線を合わせ、ニヤっと笑うと共に、それまでとは1トーン落とした声で「ブロックチェーンは、神かもしれないよ」といった。
もしかしたら、彼はブロックチェーンの仕組みを始めて知った時に、聴覚と視覚の限界値を超えそうな閃光と轟音を感じたのかもしれない。
ーーー
「再現性は確認してないけど」
結局あのステージ以降、何度かモグワイを生で観たけど、あの感覚に襲われることは二度となく、それから数年経ち個々に環境が変わったことで「毎年苗場にいく10人」は集まらなくなった。
もっさんがいまどこで何をしているかはわからない。
これだけSNSが発達したので、探そうと思えば一瞬だと思うけど。
あのエンジニアがなぜ「ブロックチェーンは神かもしれない」と言ったのか、真意のほどはわからない。
間違いがないのは、彼が一流のエンジニアであるということ
(年明けに例の仮想通貨巨額ハッキング騒動でホワイトハッカーとして活躍しているのを見た時はさすがに驚いたけど)
中・高と6年間仏教校に通い続け、みっちり仏教の教えが体にインストールされたけど(いまだに不動真言を暗唱しろと言われたら一字咒(いちじしゅ)なら出来る。火界咒(かかいしゅ)は無理だけど)
それでも結局不動明王への信仰心は1ミリも湧かなかった。
(右手に剣、左手投げ縄のスタイルはなかなかイイと思うけど。)
人がなぜ信仰心を持つのかも正直わからない。
けど、人生で2度だけ「それはたしかに神かも知れないな」と思った話。
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