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サンタクロースなんていない

 わたしはクリスマスっていうのがなんなのか、知識でしかしらなかった。
だからクリスマスイブだって、どこか他人ごとだ。サンタクロースは、おとぎ話の世界の住人で、身近な存在でもなんでもない。それはおとぎ話を信じないパパだって同じだと思ってた。
「今夜はサンタクロースがやってくるぞ」
「うそよ。今までだって来たことないのに、なんで今夜に限ってくるの?」
 わたしは騙されないぞ! と意気込んでパパに抗議した。
「それは、サンタクロースが孤児院の住所を知らなかっただけさ。うちの住所なら知ってるはずだ」
 パパは現実主義なせいで、ときどき嘘がすごーくヘタクソだ。だけど、もし子供の頃、ひとりぼっちでいい子にしてたパパのところにサンタクロースが来たのなら、それはいいことだと思う。でも、わたしのためにサンタクロースが働くかは別のことだわ。わたしはパパの気持ちを思いやってそれ以上は言わないことにした。どうせ、明日になればわかることだし。
 パパは何でもお見通しだぞって得意げな顔をした後、「今日は早く寝なくちゃな」と言って、わたしをベッドに連れて行った。

 お屋敷の外は雪だった。パパが雪がよく見えるようにってカーテンを閉めずにいたから、外が白い雪できらきらして明るく見えた。わたしはぼんやりとそれを見ながら考えていた。
 パパはサンタクロースが来るよって言ってたけど、孤児院にいたころはサンタクロースが来たことなんて一度もなかった。代わりに親切な大人たちがくれたプレゼントがみんなに配られた。
 子供たちは我先にとプレゼントを奪い合った。シスターたちが仲良く譲り合ってって叫んでもおかまいなし。欲しいものは自分の力で手に入れないと誰かに奪われちゃう。わたしが孤児院で学んだのはそんなこと。ひとりひとり、自分に合わせたプレゼントがもらえるなんて信じられなかった。だから、サンタクロースって両親がいる子供にだけ来るものだってみんなで話してたんだ。
 養女になったわたしには今、パパとママができたけれど、ほんとのパパとママじゃないから、サンタクロースなんて来ないんじゃないかって思ってる。もっと言うと、「世界中の子供にプレゼントを届ける」なんておとぎ話なんて信じるもんかって思ってた。
 サンタクロースなんていないんだ。そう思った方が気楽だった。でも、そんなことを言ったらパパが悲しむのはわかっているから、言わなかった。

 ベッドの柱に吊り下げられた大きな靴下を見ると、パパのサンタクロースへの期待が伝わってきて、なんだか申し訳ない気持ちになる。サンタクロースの来るような子供じゃなくて、ごめんね。
 そう思った時だった。
 靴下が吊り下げられた柱近くの窓がかちゃり、と静かに音を立てた。
 —— 泥棒?!
 わたしは布団の中で息を殺した。薄目をあけて様子をうかがう。カーテンだけじゃなく、パパは窓の鍵まで閉め忘れちゃったのかしら。
 にゅっと、窓から大きな手が出てくる。
 —— どうしよう!
 それは、まっかな手袋だった。手には何か握られている。泥棒の持ち物には似つかわしくない、それは、
 —— プレゼント?
 もう一方のまっかな手袋が大きな靴下をつかんで、プレゼントがすとん! と入れられた。わたしは恐怖も忘れて飛び起きた!
「サンタクロース?」
 外側から器用に窓を閉めたまっかな手袋をたどると、絵本から飛び出してきたような白いふわふわのひげが目に入った。
 サンタクロースだ!
 大きな手袋の人差し指がくちもとに持っていかれる。
 しーっと合図をされて、わたしははっと口をおさえた。
 サンタクロースはそのまま、のっしのっしと雪の中を歩いて行ってしまった。「ぶっしゅん!」と、なんだか変なくしゃみの音を残して。
 わたしはしばらく動けずにいた。
「サンタクロース⋯⋯」
 ほんとうに? わたしはどうしたらいいかわからなくて、ベッドの上でからだを起こしたままあたりをきょろきょろ見回してみた。そうだ、プレゼント。
 靴下の中には確かにプレゼントがあった。夢じゃない。
 じゃあ、あれは、ほんとうにサンタクロースだったの?
 わたしは、いてもたってもいられなくなって、プレゼントをつかんで部屋を飛び出した。
「パパ!」
 隣のパパの寝室に駆け込む。
「パパ! パパ!」
「どうしたんだい、マルティナ」
 パパはまだ起きていて、寝室で本を読んでいたらしい。驚いたようにソファから立ち上がると、はだしで飛び出してきたわたしに手を差し出した。
「プレゼント! サンタクロースが来たの! サンタクロース、いたの!」
 興奮して飛び跳ねるわたしをプレゼントごと抱き上げて、パパが嬉しそうに笑う。
「ほらね、君がいい子にしてたからサンタクロースが来た。今までは、住所がよくわからなかったから来られなかっただけだって。言った通りだっただろう?」
「うん!」
 パパってすごい、何でも知ってるんだ。
「さぁ、プレゼントは明日ゆっくりみんなで見よう。家族のプレゼントも、もみの木の下に用意したぞ。いい子はまず、早寝をしなくちゃ」
 パパが抱っこしたまま寝室に連れて行ってくれた。プレゼントの中身は気になったけれど、靴下の中に戻した。
「消えちゃったり、しない?」
「しないよ。心配なら、私が見張っておこうか」
「ううん、大丈夫。⋯⋯リコもちゃんと寝てよね!」
 それからわたしは思わずリコのことを「パパ」って叫んでしまったことが恥ずかしくなって、おやすみも忘れて大急ぎで布団をかぶって眠ってしまった。
 まだ大っぴらに「パパ」って呼ぶことのできないわたしは、いつもパパのことを「リコ」ってあだなで呼んでる。心の中でなら呼べるんだけどな。

 次の日の朝、いつの間にかウォルターさんがうちに来て泊まっていたらしくて、朝食の席にいた。ウォルターさんってのはパパの親友。パパからザッフィーロ・パブリッシングの社長の座を譲られて、お仕事の相談でよくうちに来るんだ。
 せっかくだから、わたしはとっておきの情報をウォルターさんにも教えてあげようと思ったの。
「知ってる? サンタクロースって実在したのよ! 昨日サンタがプレゼントを靴下に入れるところを見ちゃったんだから!」
「へぇ、そりゃあすごいな! サンタクロースが来てよかったな。……ぶっしゅん!」
 ウォルターさんはどこかで聞いたようなヘンテコな音のくしゃみをすると、鼻をすすった。昨日、サンタクロースもこんなくしゃみをしてたっけ。流行ってるのかな?
「お大事に!⋯⋯風邪をひいちゃったの?」
「うーん、昨日は重要な仕事があってしばらく外にいたんだ。そのせいかな」
 そう言うウォルターさんの言葉をさえぎるみたいに、パパがぐっとあつあつのグリューワインを突き出した。
「これでも飲んでろ」
「へいへい、余計なことは言わないって……つけ髭のあとがちくちくする……あちっ」
 パパが早く飲めとばかりにウォルターさんにグリューワインを押し付ける。風邪が心配なのかな。
 なんだかよくわからないけれど、今日はパパがウォルターさんにいつもより親切だ。
 クリスマスって人を優しくする日なのね!


こちらの作品に、素敵な書評を書いていただきました♪
あわせてどうぞ。