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雑司が谷散人の街道遊歩 0768

日光街道 1日目-04 2019.5.4

並木通りは浅草寺総門の雷門へ。
正式名は風神雷神門で、左右に風神と雷神を配したことによる。
度々の焼失と再建を繰り返した雷門だが、慶応元年の焼失以降は95年間もの長きに渡り雷門の再建はされず、昭和35年に漸く今の姿に。
風神・雷神像は慶応の火災で難を逃れた頭部のみが江戸期のもの。

雷門

雷門から仲見世へ。
仲見世の名は、雷門前の広小路と浅草寺観音堂前との中間の店の意。
浅草寺表参道で、左右には子院が並んでいたが、付近住民に境内の清掃を課す代わりに、子院の軒先に店を出す許可を与えたことに始まるという。
震災で倒壊した煉瓦造の建物に代わり、大正14年に今の姿になる。

仲見世

仲見世から左へ折れると、伝法院通り。
このあたりも風情のある街並みが続く。

伝法院通り

仲見世を抜けると、宝蔵門。
仁王像が置かれ、仁王門とも。
徳川家光寄進の慶安2年に再建された門が昭和20年までこの地にあったが、戦災で焼失し、今の門は昭和39年再建のもの。
経蔵を兼ね、経典や寺宝を収蔵している。

宝蔵門

宝蔵門をくぐると、正面に浅草寺本堂。
こちらも戦災で焼失しており、今は昭和33年再建のもの。
日光街道の道筋は、本堂前を右へ折れ、浅草神社前から二天門へ向かう。

浅草寺本堂

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