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雑司が谷散人の街道遊歩 0718

暗越奈良街道 1日目-01 2019.3.20

東京大阪間完歩の感慨もそこそこに、まだ日が高い高麗橋から折り返し、今度は暗越奈良街道の旅へ。
土佐堀通を熊野街道起点の碑まで戻る。
生駒山地の暗越峠を経て奈良へ至る街道は、ここから南へ、安堂寺町までは熊野街道と同じ道筋を辿る。

熊野街道起点の碑

熊野街道起点から南へ伸びる通りに、熊野街道の標柱。
側面に「大坂天満八軒家から」とあるが、八軒家は大川(旧淀川)左岸の渡辺津にあった浜で、船宿が8軒並んでいたことから八軒家浜と呼ばれた。
京と大坂を結んだ淀川三十石船のターミナル。

熊野街道の標柱

熊野街道の道筋左手に、大阪東教会。
オフィス街の中に突然現れる歴史ある建物。

大阪東教会

熊野街道の道筋は、阪神高速東大阪線をくぐり、さらに南へ。
通り沿いには農人町、和泉町、内久宝寺町、粉川町、十二軒町などの町名が並ぶ。

和泉町

熊野街道の道筋は安堂寺町へ。
電柱の脇には「お疲れさん」の文字とともに、ここが熊野街道(お祓い筋)であることを示した手書きの看板が立つ。
平安末期、後白河法皇、後鳥羽上皇らが熊野詣の際にお清めとお祓いをしたことからの「お祓い筋」。
熊野街道はここを直進。左折が暗越奈良街道。

安堂寺町

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