読みたい本はいつも貸出中(『穂村弘対談集』と『文学の器』)(過去日記2009年10月6日)

 テレビ出演者は振られたらすぐ返さなければならない。「え?」と訊きかえしちゃだめ。"「訊いて売れたやついない」"(とは萩本欽一の名言)。したがって、明石家さんまがスポーツの比喩を多用するのは正しい(「ええパス出したつもりやで」)。現代のフリートークは話芸ではなく、tongue sportなのだ。
 しかも、すぐにひと言で返さなければならない。「その問題に関しては諸説ありまして……まだ定説といえるものはないのでなんともいえませんが……」などと答えちゃだめ(そんなんで売れたやついない)。瞬時に「それは脳に原因があるんです!」と言わなければならないのだ。詳しく説明する場合も「1分間でわかる」が目安となる。

 ここで問題なのは、ひと言で返し、1分間でわかる説明にすると、細部が消去され、全部同じ話になってしまうことだ。どういう話かというと、「どこかに自分を超えたなにかがあり、そこにアクセスすれば簡単にすばらしいことが起こる」という話だよ。
 そのなにかを自分の外側に求めると、神様や仏様や守護霊様、さもなくば宇宙人などになる。内側に求めると、魂や精神や無意識や脳みそ、さもなくばチャクラなどになる。ものが変わると目先も変わるが、結局は全部同じ話。
 この手の話はグレッグ・イーガン流にいえば「甘美な嘘」なんだが、たぶん人は「自分は自分を超えることはできないし、一生自分のままもがき苦しむしかない」という「苦い真実」に耐えられないんだろうと思う。
 しかたがないことだが、せめて「甘美な嘘」であることは認識しておくべきじゃないかね。

殊能将之「mercysnow official homepage」より


小説をどんどん読まなくなってきている。図書館で借りたり、たまに文庫で買ったりするものの、学生の時のように「ガッツリと分厚い本を読んでやるぜ!」みたいなことがなくなった。できるだけ好奇心の幅を狭くしたくないんだけど、いかんせん暇があると雑誌ばかり買って読んでしまう。季刊誌・月刊誌・週刊誌合わせると月に5000円くらい費やしてる気がする。これはおっさん化だ。大人になった、という前向きな評価というよりは、むしろ、自分の中のある部分が退化しているんだろう。
しかし、そんな中でも当然好きな作家はいる。好きな作家は変わらず良い。がっかりすることがない。殊能将之はその内の一人で、デビュー作からずっと追い続けている。
一般的にはミステリーに属する作家で、圧倒的な切れ味でデビューした後は、雑多な知識となにものかのパロディ(探偵の名前が「戯作」っていうくらいだ)がふんだんに詰め込まれた作品を書いている。それは横溝やクトゥルー神話といった大いなる遺産への、いわば「愛を込めたからかい」であるわけだけど、そんな皮肉屋の顔の下に、非常に切実な一面を見せることがある。
一番わかりやすいのが、綾辻行人の特徴的な構成を完コピといっていいくらい模倣してみせた『鏡の中は日曜日』だ。この中で殊能は、推理することで存在し得る、つまりメタフィジカルである「探偵」のフィジカル(肉体)を、今までの全ての探偵小説に当てつけるかのように大きく扱い、しかもそれをストーリー上で不可欠な部分として成立させている。トリックなんかはどうでもよくて、その部分が物語のハイライトであることは間違いない。
その描写は、いずれなくなってしまうものへの慈しみに溢れていて、普段の文章とのギャップで非常にいかれてしまった。僕がこの作家を信用する理由が、愛情を持って過去作品に接し、頭脳に対しての肉体の価値を説く、この「まっとうさ」にある。
冒頭の文章は殊能の日記、というかちょっと長いメモ書きから抜粋したもので、僕は、ああ、まっとうなことを言うものだなあ、と感心した。蒙が啓かれた。甘美な嘘、つくりごとに気付かず乗せられるのではなく、また、つくりごとを忌み嫌って拒否するのでもない。つくりごとだということをしっかり認識した上で、彼我の弱さに目を向け、それぞれが選べばいいということだ。そうしないと、ちょっと健全にはやっていけない気がする。ネットやテレビや満員電車や、いろんなものを見てると本当にそう思う。
そういえば、あえてひとくくりにするけど、いわゆるネトウヨとかもそうだよ。思想面で右を選択した!俺ら愛国!という感じはあんまりしなくて、テレビや新聞といった旧メディアが「左のつくりごと」をしている(ように見える)から、右に流れたんじゃないのか。自分の考えより、「俺はだまされない=だまされたくない」ということを優先してるように思えるんだよなあ。まあわかんないけど。
嘘をつかれたくない、ってのは最近のコミュニケーション全般に言えることだと思う。相手の嘘が許容できないから、過剰な情報量、たくさんの人と繋がってる、ということで覆い隠そうとするか、もしくは相手を縛り付けて嘘を見せる他人を介在させなくするか。オップオップ。まあどうでもいいや。

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