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アフリカゾウのQOL(生活の質)の向上を目的とした取り組みと産学連携による自動給餌機の開発

 盛岡市動物公園ZOOMOで現在飼育しているアフリカゾウのメスの“マオ”は、平成30年にオスの“たろう”が亡くなってから、不眠や無気力、食欲減退、常同行動の増加などが、みられるようになってしまったため、飼育方法を大幅に見直して、環境改善と動物福祉向上に取り組んできました。

 まず、動物を飼育する上での基本は「観察」です。環境を改善するためにはマオの一日の行動レパートリー(動物の行動の種類のこと)や時間配分を把握して、具体的にどのような問題があるのかを確かめる必要があります。そこで、マオの行動を6台のカメラで24時間記録して、毎日行動の時間配分を確認して、状態の把握と日々の飼育方法に反映させることから始めました。

監視カメラ

 野生のアフリカゾウは、長い時には1日に18時間を採食行動に費やすことが知られていますが、動物園では朝、昼、夕の決められた時間に一か所にまとめて給餌してしまうので、ものの数十分で食べ終わってしまい、常同行動(目的なく同じところを行ったり来たりする、首を振り続けるなど、同じ動作を繰り返す行為、ストレスや単調な環境が原因と考えられている)が表れてしまっていました。
 そこで、採食時間の延長と運動量の増加を目的に、食べるのに時間がかかるように丸太を積んだ給餌場を運動場の6か所に作り、乾草を一日数回に分けて給餌するとともに、給餌場を水飲み場から離すことで、何度も往復をして運動量が増えるようにしました。
 また、本来アフリカゾウは多様な植物を食べて暮らしていることから、嗜好性や栄養価の違う8種類の乾草、園内で切り出した枝葉を、体重や体調、行動、時間帯などを見ながら配分を変えて与えることにしました。これによって一日の採食時間を約4時間も延ばすことができ、常同行動の減少にもつながりました。

 もうひとつ動物を飼育する上で重要なのが「屋内の寝室での暮らし」です。終日放飼をしている動物種以外は安全面や健康管理上の理由から夕方には収容するため、1日の3分の1は屋内の寝室で過ごすことになるからです。
 そこで、屋内にも土山や丸太の山を作って、土遊びや泥浴びが出来る環境を作り、土山に根菜類を埋めて探索行動を引き出し、丸太の山にペレットを蒔くことで採食時間を長くするフィーダー(給餌機)の代わりにするとともに、乾草を複数のヘイネット(乾草を入れる網状の袋のこと:写真参照)で吊り下げて与えることで、採食時間や行動のレパートリーを増やして、本来の暮しに近づけ、退屈な時間を減らしてあげられるように取り組んでいます。

マオヘイネット

ヘイネットで乾草を食べるマオ

マオ砂山

土山を掘って遊ぶマオ

 しかし、飼育係が不在になる明け方の時間帯は、夜間に給餌した乾草なども食べきってしまい、どうしても常同行動が増えてしまいがちでした。そこで、昨年より岩手大学の産学連携・研究支援センターにご協力いただいて、自動給餌機を開発することにしました。

 動物園での自動給餌機の製作や利用は、これまでも各地の動物園で行われていましたが、業者に製作を依頼すると大きなお金がかかり、個人で設計するには技術を要するので、なかなか簡単には導入できないというのが現状です。
 ZOOMOでも、飼育担当者は以前から利用してみたいと思い材料を準備していましたが、なかなか思うように作れずにいることが分かったので、地元企業の方に相談をしてみることにしました。すると、岩手大学の産学連携・研究支援センターに話しをすれば、もしかすると専門の大学の先生や企業につないでもらえるかもしれないとのことで、盛岡市から同センターに出向している共同研究員の方を紹介していただくことができました。
 2020年の夏頃から具体的に大学の先生などを交えて打ち合わせと製作に取り掛かり、数か月後にはペレット投下型(給ちゃん1号)とヘイネット降下型(給ちゃん3号)の2種類のプロトタイプ(試作品)が完成しました。

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給ちゃん1号(プロトタイプ)

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給ちゃん3号(プロトタイプ)

 強度や安全性の確認をしながら使用していますが、常同行動が多くなる朝5時半~6時頃にペレットや乾草がマオのいる寝室に自動で投下されることで、前後2時間の常同行動を減少させることに成功しました。
 そしてつい先日、屋外での使用を想定した新型のペレット投下型(給ちゃん2号)のプロトタイプの搬入と、室内で複数回の投下が可能なスクリュー型(給ちゃん4号)の打ち合わせがありました。これから実証実験を行い、安全性や実用性を確認するとともに、マオの行動変化を調査していきます。

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給ちゃん2号の設置方法を確認中

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給ちゃん2号の操作方法を確認中

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給ちゃん4号のプロトタイプを検証している様子

 自動給餌機開発にあたって安全面以外で一番こだわったことは汎用性です。ホームセンターや通販サイトで手に入る材料を使い、出来る限り簡単な作りにすることで製造とメンテナンスを容易にしました。
 飼育係が持続的に使用し、増産したりすることを想定しているという理由もありますが、同じように常同行動の増加やそれに伴う動物の不調に悩んでいる動物園は多くありますので、ZOOMOの動物の環境だけが改善すれば良いということではなく、同じ悩みを持つ多くの園館で活用してもらえるように、材料や図面などをHP上で公開することを前提に開発をしました。

ヘイネット降下型自動給餌機

給ちゃん3号の作り方の説明書

 また、SNS等を通じて取り組みを積極的に発信して、材料の一部をAmazon欲しいものリストに掲載しファンの方々にご支援いただくことで、動物園が抱える課題とそれを解決するための取り組みを知ってもらい、その取り組みにファンのみなさんにも関わってもらって、マオのQOL(生活の質)が向上することを一緒に喜んでもらえる仕組みづくりを心掛けています。

自動給餌機とAmazon

給ちゃん1号とAmazon欲しいものリストでご支援いただいた材料

 このように、飼育動物の心身の健康のために取り組まれる様々な工夫のことを「環境エンリッチメント」といいますが、人の目線で考える幸福が必ずしもその動物にとっての幸福であるとは限らないことや、同じ動物種であっても成育歴や性格、年齢などによって必要なケアは変わってきます。ですから、動物福祉(動物が心身ともに健康な状態)や環境エンリッチメントは人の主観で評価するのではなく、科学的に評価をすることが非常に重要です。

 今年から岩手大学農学部動物行動学研究室と連携をして、マオの行動をさらに詳細に解析しながら、更なる環境改善に取り組んでいく予定です。

 給ちゃん2号と4号の実証実験の様子や、マオの行動調査については、またの機会にご紹介します。お楽しみに。

企画営業広報担当 荒井