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禍話リライト「大量殺人鬼」


「ちょっと相談したいことがあるんだけどさぁ」

 Aさんが中学生の時の、ある秋の日のことである。学校からの帰り道で、突然友人のBからこう話を切り出されたそうだ。

「悩みって?」
「うーん、あの〜その……」
「なんだよ、言ってみろよ」

 照れているのか、口をモゴモゴと動かしている。若干気持ち悪いBの様子を訝しみながら、Aさんは聞き返した。

「……やっぱり明日でいい?」
「はぁ? まぁ、いいよ」
「ありがと! 明日頼むな!」

 礼を言うと、Bは一人でさっさと帰っていった。気まずかったのか、帰る方向が一緒なのに小走りで去っていく。
 彼の行動に対して困惑しつつ、Aさんは帰宅した。


 その日の夜、濃い鉄錆の臭いが鼻を打ち、Aさんは目を覚ました。
 困惑しながらあたりを見渡すと、知らない和室の真ん中で、自分が眠っていたことに気づいたという。何十畳あるのかというほどの広い部屋で、四方が何枚もの襖で囲まれていた。
 そして自身の服を見てみると、いつもの就寝時の装いではなく中学の学ランになっている。

「……なんだこの夢?」

 Aさんはこれが夢であるとすぐに気づくことができた。夢と分かれば好き勝手振る舞えばよいのだが、先ほどから漂う鉄錆臭が気になる。顔を顰めながら臭いのもとを辿ってみると、正面の襖に行き着いた。
 襖を恐る恐る開くと、10畳程度の広さの和室の中で、所狭しと死体が積まれていた。
 ただ単に横一列に並べられているわけではなく、1つの布団の中で3人が縦に積み重ねられている。ご丁寧に布団をかけられており、掛け布団にはまだらに血が染み込んでいた。
 そしてその布団は何組か等間隔で並べられている。数えてみると30人ほど死んでいたそうだ。
 異様な光景に恐れおののいていると、突然Aさんの耳に妙な声が聞こえてきた。お経だ。さまざまなお経が、幾重にも重なって伝わってくる。
 静かに近づき、聞こえてくる方の襖をそっと開いた。
 葬式が行われている。広々とした和室のなかで弔問客がごった返していた。坊さんも1人だけでなく、4人が横並びになってお経を唱えていたらしい。
 これだけ人が死んでいるのだから、弔問客も坊さんも多くなるのだろう……とAさんは妙に納得してしまった。まだ死体の血が滴って死装束も着せられていなかったのだが、そこは夢の中である。多少の不条理も受け入れてしまうのだろう。

「おぉ〜Aくん。こっちこっち」
「え? あぁ! はい、失礼します……」
「ほら、ここ。空いてるから」

 夢の中では、面識のない人間でも、あたかも知人であるかのように振る舞うことがある。この男もそうで、急に親しげに話しかけられたそうだ。白髪が目立つ、どこにでもいるような中年男性である。
 適当にお焼香をすませ、いくつも並べられた座布団のひとつにそっと座った。

「あの、なんで向こうの部屋であんなことになってるんですか……?」
「何? あぁ、あれか?」

 Aさんは思い切って、男に死体のことを聞いた。

「本人もねぇ、反省しとるのよ」

 男は葬式場の、左側の襖を指さした。

「え……」
「本人はそっちで反省しとるから」

 にこやかに男性はそう言い放った。
 向こうで、“本人”が反省しているらしい。
 わけがわからないながらも、人並みをかき分けて件の襖に手をかける。
 開かない。
 意図的に開かないようにされているような引っ掛かりが手に伝わってきた。力を込めてみてもガタガタと襖が揺れるだけで、開く気配すらなかったそうだ。
 襖に耳を当ててみると、聞こえてきたのはくぐもった男の唸り声と、それを宥めるような老婆の声。薄気味悪い何かを感じながら振り向くと、先ほどの中年男性が背後に立っている。

「……生みの親の言うことなら聞くやろぉと思うてねぇ」

 Aさんはもう、この気味が悪い空間から早く抜け出したくてたまらなかった。幸いにも、悪夢によくあるように人々が追いかけてくるなんてことはなかったため、無事に葬式場を後にしたらしい。
 しかし屋敷内は迷路のように入り組んでおり、襖を開けても開けても和室が続いている。
 やっとのことで外廊下へと抜け出してからは早く、その廊下は玄関まで一直線に繋がっていた。一気に駆け出し、ガラガラと扉を開ける。
 ふと振り向くと、古めかしい木の板の表札に名前が記されていた。

 「……Bの苗字だ」



 ゆっくり目を開くと、白い光がカーテンの隙間から差し込んでいるのが見えた。すっかり朝になってしまっている。体の疲れが全く取れていない。気味が悪い夢を見たことにモヤモヤしながら、Aさんは体に鞭打ってなんとか学校に向かったそうだ。
 そうして1日を過ごし、放課後、Bの元へとむかった。

「なぁ、相談事ってなんなの?」
「んん〜いや〜ちょっと、ごめん! 明日いう!」
「えぇ〜? うーん、わかった。また明日なぁ……」



 案の定、その日の夜も同じ夢を見たらしい。
 夢の中で起きた瞬間、昨日と同じ部屋にいることにまたすぐ気づくことができた。しかし全く同じというわけではなく、なんだか状況が変わっている。
 死体が増えているのだ。昨日と比べて15人前後の死体が新たに積まれている。布団にもより血が染み込んでいた。
 そして聞こえてくるのは、昨日と同じ4人分のお経。向こうではまた葬式をやっているのか、とそちらには行かず襖を開け放ち、少し彷徨いながら外廊下へとたどり着いた。さっさと屋敷を後にしようとしたが、ふと葬式場を廊下から覗いてみる。弔問客の姿が一人も見えない。近づいて、葬式場に足を踏み入れた。

 あれだけいた弔問客が、一人残らず、徹底的に潰されるようにして殺されている。

 多くが人としての原型を留めておらず、喪服で辛うじて弔問客だったとわかる程度に破壊されていた。広い和室の隅々まで鮮血が飛び散っており、坊さんは全身で血液を浴びている。にも関わらず、ただただお経を一心不乱に唱えるばかりである。思わず悲鳴をあげてしまいそうになった。ハッと思い立ち、例の男と老婆がいた和室に顔を向けると、襖もひどく破壊され開け放たれている。血塗れの衣服と、引きちぎられた紐のようなものも見えた。

「生みの親の言うこと、聞かなかったんだ……!!」

 踵を返し、玄関から転がるように外へ出た。息が上がり、後ろから何かが来ていないかと振り向くと表札が見える。何度見てもBの苗字だ。そんじょそこらにいるようなありふれた苗字ではない、住んでいる地域ではBの家系だけにしかいないような苗字。それがどうして、夢の中に出てきてしまうのか。
 そのことにも怯えながら前へ向き直ると、あの中年男性が目の前にたち、全身血塗れでAの顔を覗き込んでいた。

「あんたからも、言ってやってくれんかね?」



 目の前が一瞬暗転したかと思うと、自分の部屋の天井が見えた。全身汗みずくで服が濡れ、心臓が激しく波打っていた。混乱がおさまらないが、相談を聞いてやるために学校を休むわけにはいかなかった。

「いやぁ〜引っ張ってごめんな。言うわ、相談事」
「あぁ……うん、いいよ……聞かせて……」

 幸いにも土曜日だったらしく、学校が早く終わる日であった。一緒に帰っている最中、やっとBは話を切り出した。

「俺のクラスのCさんって人知ってる? あの子とさぁ、付き合っちゃおうかなぁ〜って思ってるんだよ! たださ、お前だから言うんだけど、俺の家って……ちょっとアレじゃん?」

 Bはやっと到来した春に緩みきった顔でそう言った。Bの家は由緒正しき家系ではなく、親が一代で財を成した系統の金持ちである。いわゆる成金といってもいいだろう。
 金持ちであることには間違いないが、あまり良くない仕事を行なっているとの噂だった。

 もしかして、あの男性が言っていたのは、やめさせろというのは、このことじゃないのか。

「なぁ、聞いてる? どうかな?」
「えっ……あ、あー、良くないんじゃないか!? やっぱさぁ、同じ業種ってか、近い境遇?? の人と……付き合った方がいいと思うな! 俺は!!」

 必死に止めたのが良かったのかもしれない。それからAさんがあの夢を見ることはなかったという。




2018/06/29 震!禍話 十八夜 より
「大量殺人鬼」17:00〜
同Wiki内記載のタイトルを使用しています。

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内で語られた怪談に加筆、編集を施したものです。

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