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禍話リライト「ものおきのなにものか」



 人の家に泊まるのはよくない、という話だ。


 昭和の頃。
 当時小学生だったAさんには、Fくんという友人がいた。
 彼は物静かで、クラスの中心的な立ち位置にいたAさんとは正反対の性格だった。大変仲が良く、お互いの家を行き来するような仲だったという。
 小学校の内外問わず、他の友人らを交えて共に遊んでいたそうだ。
 夏休みということもあり、その日もFくんの家に泊まりにきていた。和気あいあいと食事、入浴を済ませて、いつものように2階のFくんの部屋に向かう。

「あ、そうだ。1階の奥の部屋は開けちゃダメだからね」
「うん、わかってる」

 なんでも奥の部屋はほとんど使っておらず、引き戸を開けてしまうと埃が舞ってしまうため開けてほしくないらしい。
 泊まりに行くたびに毎回この事を伝えられていたが、Aさんは特に疑問を抱くことなく、素直に従っていたそうだ。

 その日、12時を回った頃、Aさんは夜中に尿意を催してしまった。
 自分1人のために家の電気を煌々とつけていくのも申し訳ないと、Aさんは暗い中、部屋から出た。勝手知ったる様子で階段にたどりつく。
 Fくんの家は、玄関から右手の正面に階段、左手に廊下があり、壁に沿うようにしてトイレやリビングに続く扉がある。そして、突き当たりに例の物置部屋といった造りになっていた。
 というわけでトイレに向かう途中、どうしても例の物置部屋が見えるのだという。
 引き戸がAさんの視界に入り、ふと気がついた。
 いつもはきっちりと閉まっている引き戸が、全開になっているのだ。
 Fくんの親が掃除でもしたのかと思いつつ用を足し、洗面所で軽く手を洗う。
 その頃になると、壁に手をつかなくても歩けるほど目が暗闇に慣れてきていた。無事にトイレにも行けたので1階にもう用はないが、ずっと閉まっていた物置部屋の中が気になってしまう。階段を上がる前に、視線を軽くそちらへと向けた。

 引き戸の奥に、何者かの丸まった背中が見える。

 好奇心が刺激されてしまう。今は真夜中で、あの後ろ姿はFくんの両親ではない。
 足音がならないように、慎重に廊下を進んでいく。引き戸に手をかけて、そっと顔だけをのぞかせた。
 10畳程度の和室の奥に、祭壇のようなものがあった。煌びやかに花が飾られている訳でもなく、いたって質素なものだ。
 そして、中では人が身を寄せあってぎゅうぎゅうに正座している。
 会話ひとつせず、それぞれ違うタイミングで祭壇に向かって頭を下げていた。
 布の擦れる音ひとつしない。
 その様子をしばらく見つめた後に、Aさんは疑問に思いつつも2階へと戻った。あれだけひしめき合っていたのにも関わらず、近づくまで全く気配を感じられなかった。
 そのことが気持ち悪く感じ、なかなか寝付けなかったそうだ。

 翌朝9時。
 朝食を終えたAさんは、リュックを片手に玄関で靴のマジックテープを剥がしていた。

「今日はありがとう! すごい楽しかった!」
「もう帰るの?」
「うん、昼から買い物行かなきゃいけないの忘れちゃってて……」
「ふぅん」

 本当は昼頃まで滞在する予定だったが、気まずくて適当な嘘で切り上げてしまった。
 Fくんらに違和感を感じたのだ。Aさんが話しかけてもあまり会話に乗り気でないような、上の空のような、とにかく昨晩の彼らとは様子が明らかに違っていたらしい。
 何故自分に冷たく当たるのだろう。あの群衆はいったい何だったのか。疑問に思い、玄関の扉を開けつつ何の気無しに問いかける。

「なぁ、あの奥の部屋って使ってないよな?」
「使ってないよ。なんで?」
「いいや、なんでもないけど」
「なんで?」
「別に大したことじゃ」
「なんで?」
「いや、ほんとになんでもないから! じゃあ、おれ帰るな。また遊ぼ……」

「入り口に女が座ってたろ」

 振り返ると、Fくんがこちらを真っ直ぐに見ていた。
 彼越しに、あの引き戸が見える。いつもどおり、隙間なく締められている。

「……え、何」
「だから、入り口に女が座ってたろ?」

 そう言われ、パッと昨晩のあの光景が頭に浮かぶ。
 引き戸の奥。ぎゅうぎゅうに人が詰まって延々と頭を下げていたあの中で、1人だけAさんに体を向けている和服の女がいた。
 部屋の隅に、他の人に遮られて体の左側しか見えていなかった女。
 たしかにいた。
 一切昨晩の話はしていないのに、どうしてFくんはそのことを知っているのだろうか。
 Aさんは素直に頷いてしまったそうだ。

「やっぱり見たんだろ。あれはなぁ、あの女はなぁ……」

 その時、家中にすさまじい音が響いた。
 自身の背丈よりも数段大きくて、大人が何人かがかりでやっと開くような木の扉が一気に開ききったかのような轟音。
 皮膚に家の揺れがびりびりと伝わってきた。
 そんな音が鳴ったのにも関わらず、Fくんは顔色も変えず平然としていたそうだ。
 両親が部屋から慌てて出てくることもなく、揺れはすぐおさまり静かになった。

「なに、いまの……?」
「××だんが閉まる音なんじゃない?」
「な、なに?」
「××だんが、開いて、閉まる音」

 “××だん”の部分が聞き取れない。
 Aさんは“××だん”の部分を『仏壇』と言ったのかと考えた。仏壇があんな音を出すはずがない、あんな音はでない。
 そう伝えると、Fくんは少しだけ間を開けた後、


「そうだよなぁ。あーー怖い怖い。怖いなーー」


 くるりと背中を向けて、怖い怖いと言いながらFくんが去っていく。
 放置されたAさんは、挨拶もそこそこに家を後にした。

 それが、彼の家族を見た最後だった。

 泊まった日からしばらくたったある日、ここ最近Fくんの姿を誰も見ていないと話題になり、尋ねてみるともぬけの殻だったらしい。
 当時はわからなかったが、いわゆる普通の引っ越しではなく、消えたF家の件で最終的に多くの大人が介入したという。
 その際あの一階の奥の部屋に人が立ち入ったらしく、部屋には何も残ってはいなかったが、明らかに使われていた様子で、家の中でも一番綺麗に整えられた部屋だったそうだ。


「もしFが生きてたら、あいつも4、50になってるんだけどね。あの時、俺があの部屋を見ちゃったせいなのかな」

 Aさんはそう語った。



2020/03/14 ザ・禍話 第一夜 より
【ものおきのなにものか】8:30〜
同Wiki内記載のタイトルを使用しています。

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内で語られた怪談に加筆、編集を施したものです。

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