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禍話リライト「日曜日のせいか」



 平成の中頃の話である。


 ある真夜中、Cさんは玄関扉を激しく叩かれる音で目を覚ました。
 眠い目を擦りながら扉の方をじっと見続けていると、その来訪者は、一定の間隔で扉を叩いてきたらしい。扉の隣にはチャイムがあったが、何故か鳴らそうとしない。チャイムが壊れている訳でもないのに、と考えながら、Cさんはボンヤリとノック音を聞いていたそうだ。
 だんだんと意識がしっかりしてきた時、ふと気づく。
 当時住んでいたこの学生マンションは、オートロック付きの物件であった。1階の正面玄関で住人に開錠してもらわねば、そもそもマンションの中に足を踏み入れることすらできないシステムになっている。もちろん、Cさんには誰も招き入れた記憶などない。
 そうなると、この来訪者は他の住人に身分を騙る等して部屋に来た……ということになる。一度そんな想像をしてしまうと、もう出ようという気にはなれない。
 扉を注視して、息を潜める。

 しばらくして、ノック音が止み——派手な破壊音が部屋全体に響いた。
 まるで火にかざしたプラスチック容器のように、みるみるひしゃげていく扉から、木片が辺りに飛び散っていく。耐久性を無視して扉がめちゃくちゃになっているのを、Cさんは止められずにただ唖然とする他なかった。ドアノブが取れ、扉としてのていを成さなくなった頃、分厚い茶封筒が部屋の中へと投げ込まれた。
 震えながら扉へと駆け寄る。いったい、管理業者になんて説明すればいいのか。Cさんは封筒へと手を伸ばした。


 目が覚める。
 かすかに朝日で照らされた天井が見えた。
 体を起こし扉を見てみるが、くの字に曲がっていることもなく、いつもと同じようにそこにある。どうやら夢だったらしい。時計を見ると、針は丁度6時をさしている。
 妙な夢だった。なんとも形容し難い、嫌な気分である。しかし、せっかく早朝に起きられたのだからと、Cさんはゴミを捨てに行くことにしたそうだ。
 ゴミ捨て場はマンションの正面にある。前日にまとめておいたゴミ袋を捨て、部屋に戻ろうとしたとき、ふと気づく。
 集合ポストの中に、何かが入っている。
 分厚い茶封筒。投函されたそれは、ポストの中から半分ほど飛び出しており、夢の中で見たものによく似ていた。
 不思議に思い手に取ってみると、封筒に黒のマジックか何かで、文字が殴り書きされているのが見える。

「”日曜日のせいか”……?」

 今日は火曜日である。日曜日に配送した、と考えるならば、消印の日付に不自然な点はない。まじまじと見てみるが、”せいか”に心当たりはなかった。
 唯一あるとすれば、筆跡。B先輩のものだ。
 お世辞にも綺麗とは言えない、特徴的な字の書き方をするB先輩。

 考えているうちに自室へとたどり着く。封筒の口を広げ逆さまにしてみれば、バラバラと十数枚もの写真が出てきた。
 デジカメの写真をコンビニのコピー機で印刷したような、低画質の写真である。
 それら全てに、どこかの廃屋が収められていたそうだ。家、というのも怪しい。壁が崩れ、屋根も脆く、ただ家を支える柱が、かろうじて家の形を保っているような廃屋である。それが色々なアングルで撮影され、ごく稀にオーブらしきものが写り込んでいた。
 ただただ困惑しているなか、写真に紛れてメモが挟まっているのを見つけた。ノートから適当にページを破ったような、シワのついたそのメモには「日曜日のせいか B」と書かれていた。

 ふと、ある事を思い出した。
 そういえば、金曜だか土曜日だか、肝試しに行くから来い、と先輩達に誘われていたのだった。Cさんはオカルトじみたことに興味がなかったため、仲間内に一斉送信されたメールを無視していたのだが、もしかするとそれの嫌がらせで送ってきたのかもしれない。
 だが、嫌がらせするにしては妙な写真だ。怖いものが写っているわけでもなく、所々ブレていて写りも悪い。しかも、裏には丁寧に1、2、3……とナンバリングまでされている。
 Cさんは悩んだが、写真は捨てることにした。別に保管しなければならない義理はないし、部屋に適当に投げておくのも面倒であった。管理人に申し訳なく思いながら、Cさんは集合ポスト付近の共用のゴミ箱にそれらを捨てたそうだ。


 ロッカーから着信音が鳴っていた、とバイト先の上司に教えられたのは、それから3日後のことである。帰宅しながら携帯をチェックする。
 履歴にはB先輩の名前。
 名前はいくつか連続して並んでおり、メールボックスにもB先輩の名があった。見てみると、同じような件名のメールを時間をおいて3件ほど送ってきている。開いてみれば、至って簡素な内容であった。
 あげた写真の中の、モヤが立ち込めた5枚目の写真だけ返してほしい——とのこと。
 先日、遊びのメールを無視した一件もあり、電話を折り返すのも気まずい。
 デジカメで撮影したなら、元のデータがあるはずでしょう。
 そういった旨を返信し、直後。Cさんの携帯にB先輩からメールが届いた。10分ほど放置していただけなのに、また同じような内容のものが、何件も。

『データは消した。とにかく写真を返してほしい』

 先輩相手ではあるが、流石に嫌気がさしてくる。放置していてもメールが届き続けるだけだろう、と懇切丁寧に文章を打つ。申し訳ないが、そう言われても自分にはどうしようもできない。ご自身でデータを管理しておけば良かったのでは。パソコンなんかで調べれば、バックアップが残っているんじゃないか。
 メールを送っているうちに家へ着いた。きっとこれで納得してくれるはずだろうと、携帯を置き夕食の準備をする。簡素な夕食を仕上げ、机の上に置いていると視界の端に携帯の光がちらついた。
 また、メールが来ている。

『どうしても5枚目が必要なんだけど』

 正直なところ、必要な5枚目の写真がどのような写真だったか記憶にない。十数枚を一度流し見した程度であったし、番号も2、3枚までしか見ていない。B先輩が、こうして1枚の写真に固執する意味をCさんは測り兼ねていた。ごめんなさい、本当に自分にはわかりません。自力でどうにかしてください。少し突っぱねるような言い方になってしまったが、仕方がない。また返信が届く。

『マンションの前まで来てるから、よろしく』

 マンションの前まで、来ている。今廊下に出て外を覗けば、先輩がいるのか。これは正直に言わなければならない、と観念し、Cさんは文字を打ち込んだ。奇怪な封筒だったから、もらった日に捨ててしまった。今はもう手元にない、と嘘偽りなく答えたらしい。加えて、どうして5枚目が必要なのか?と問うた。Re:の文字が長く連なっていく。

『5枚目だけ返さなきゃいけない』
『返さなきゃいけないっていうのは、デジカメをってことですか? 先輩のカメラで撮影したわけじゃないんですか?』
『██隧道で会ったおじさんに返さなきゃいけない』

 隧道、とはトンネルの古い言い方だ。ふいに、いつものB先輩の語彙からは出ないような単語が出てきたので不思議に思う。

『██隧道? 返したら何か良いことでもあるんでしょうか?』

 思わず聞き返してしまう。しばらくして、Re:よりもはるかに短い一言が返ってきた。

『たすかる』

 B先輩が言う事をもとに、なんとなくではあるが、Cさんの頭の中で経緯が繋がってきた。
 おそらく、B先輩一行は肝試しで危ない目にあったのだろう。隧道かどこかに肝試しに行って危ない目にあって、そして近くに住むおじさんだか、何かしらのお祓いが出来る男性に警告されている。そして、モヤの写真が恐らく危険な写真であり、写真を回収しないといけないのだ。お祓いをするために。
 バラバラだった話題に流れが生まれていくのを感じる。なんとなくではあるが、B先輩の話を理解できたような気がした。

『事情は把握できました。申し訳ないんですが、捨てた写真は管理人さんに回収されちゃってるんで、僕としてはどうしようも無いです。すみません』

 メール文を打っている最中、あるアイデアが浮かんできた。写真のデータが手元に無いなら、当日一緒にいた者にデータを持っていないか聞けば良いのだ。
 確か、友人のAくんが同行すると聞いていた。こちらから連絡してみよう。その旨を本文に記載し、B先輩の動きを待つ。
 しばらくしても返信が返ってこない。廊下に出て外を確認してみたが、人影は無かった。Cさんは胸を撫で下ろしながら、Aくんに電話をかけたらしい。

「もしもし、Aくん? 今大丈夫?」
「おー、何。どしたん?」
「いやぁ、ひどい目にあっててさ……」

 Cさんは、経緯を説明した。写真のこと、メールのこと、B先輩のこと。ひとまずこれで解決するだろう。そもそも、肝試しには不参加だったのだから、参加者同士で解決してほしいものだ。しかし、話を聞くAくんの声色が段々と怪しくなっていく。

「先輩そんなこと言ってんの? 俺ら行ったとこトンネル無いんだけど」
「えっ……」

 電話中に調べてくれたのだろう。 Aくんの話によれば、ただのシンプルなトンネルはまだしも、隧道と名のつくような歴史あるトンネルは、そもそもこの地域全体に存在していないらしい。
 あまり話を飲み込むことができない。
 では、話に出てきたおじさんというのは。
 あの写真を撮った経緯は。
 B先輩の行動の理由は。
 困惑したまま黙りこくっていると、Aくんの声が聞こえてきた。

「わかった、お前もうB先輩と連絡取らないようにして。こっちでなんとかするから」

 その後、話の顛末がどうなったのかCさんは知らない。「なんとか」なったのか、しばらくしてからAくんに聞いてみたところ、この件には関わるなと強く言われたそうだ。



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 数日経った頃、管理人と話をする機会があった。その初老の女性は、困ったような笑顔で愚痴を話し始めたという。

「Cくん! ちょっと聞いてよ。こないだねぇ、気持ち悪いもんが捨ててあったのよ!」
「え、へぇ、そうなんですか……」

 封筒には、Cさんを特定できるような情報は含まれていない。しかしながら、心当たりのある物についてすっとぼけるのは、どうも居心地が悪い。

「なんだろう……ボロボロの家をたくさん撮ってる写真があって。でも、うちの地域ゴミの分別厳しいじゃない? だから全部確認したのよ。気持ち悪かったわぁ!」
「じゃあ……なんか、写ってたりしたんですか?」
「いーえ、ただ変な家があるだけで……あ、そうそう。裏に番号が一枚一枚書いてあってねぇ。5番だけね、はなまるが書かれてるのよ」

 管理人は、人差し指ではなまるマークを宙に描いた。

「特に変わった写真じゃないというか……モヤモヤ〜っと、霧みたいなものが多いかな? っていうぐらいだったの。あれ、見える人が見たら見えるもんなんかね?」

 Cさんは、ただ相槌を打つことしかできなかったという。







2021/08/07 シン・禍話 第二十二夜 より
【日曜日のせいか】18:08〜
Wiki内記載のタイトルを使用しています。

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内で語られた怪談に加筆、編集を施したものです。

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