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禍話リライト「巫女の息」


「私、大学生の時に新聞サークルに入ってたんです」



 その日Aさんは先輩の運転する車に揺られ、カメラマンとして取材に同行していた。
 ちょうど季節は夏の初め頃、めいめいの大学が心霊特集を組み始める頃合いである。
 Aさんのサークルも例外ではなく、2人はある程度のの時間をかけてとある山の廃神社へとやってきた。鬱蒼と茂った森の中に廃神社だけがぽつねんとあり、その場所は夜中に訪れると寒気がして幽霊が出てくるとか、ありきたりな噂のある場所であった。
 Aさんが写真を撮っていると、B先輩が立ちションをしてくると茂みの中へ消えていくのが見えた。
 このB先輩は留年を繰り返し気づけばサークル内で一番の年嵩となっていた男であり、デリカシーもなければ清潔さもないどうしようもない男だったらしい。軒並み女性からは避けられ、その点においてAさんも例外ではなかった。
 横目で見てみれば、トイレを終えてから手を拭くそぶりもない。茂みの中から声がする。

「俺カメラ変わろうかぁ? 撮れるけど」
「いいです! 自撮りしますから……」

 衛生観念になさに辟易しながら撮影を続けていると、不意にB先輩が声を上げた。

「……あ、すんません」

 誰かに謝っている。この心霊スポットを訪れた別の誰かにまた迷惑をかけたのかもしれない。以前別の取材でもそういったことがあったため、面倒なことが起こる前に早々に取材を切り上げることにした。
 写真はある程度の量が撮れていたので、なんとか記事の形にはできそうである。つけていたコンタクトレンズを外しながら、帰りの車に乗り込む。Aさんは問いかけた。

「そういえば、さっき誰に謝ってたんですか? 地元の人とかですか」
「いや、巫女さんみたいな人が近く通ったからさぁ。関係者の方かなぁって思って」
「巫女さん? 巫女さんじゃなくて、ふわふわっとした和服の人だったんじゃないですか」
「巫女さんだったよ、森の方向かってったよ」
「てか廃神社ですよここ。いるわけないでしょう」
「巫女さんだったって言ってんじゃん! ったく……」

 声を荒げられ、会話が止まる。怒り出す要因がどうも掴みにくいのも、B先輩が避けられている原因であった。
 そんな中で廃神社をたって日が落ちたあと、突然車全体が軋みはじめたと思えばエンジンごと動かなくなってしまった。鍵を捻れどうんともすんとも言わず、間の悪いことにB先輩はロードサービスの類いにも加入していなかったらしい。
 幸いなことに、ある程度栄えたエリアに出られたのだがとにかく足がない。歩いて帰れる距離ではなく、駅に行こうにも今の時間では電車もない。タクシーは高額すぎる。Aさんがスマホを睨んで格闘しているうちに、B先輩は1人結論をだしていた。

「泊まるしかねぇなぁ。ここのホテル安いから、ここにしよう」

 目の前にあったのは紛れもないラブホテルである。そういう目で見られているのかと顔を伺うと、安い安いというばかりで呆けた顔をしている。この歳にもなってこういった施設に女性と入る意味もわかっていないのかもしれない。あとで部長に相談して注意してもらおうと心に決めながら、2人はチェックインしたそうだ。
 部屋の中には、当たり前だがダブルベッドが1つしかない。傍にはソファーがある。

「ベッドかソファーか、どうするぅ?」
「あー、もう私ソファーでいいです。固いベッドじゃないと寝られないんで」
「そっか。悪いなぁふかふかの布団もらっちゃって。じゃあおやすみ」

 B先輩は嬉しそうに、服もそのままにベッドに潜り込んだ。
 こういう時は女性に譲るのが筋ではないだろうか。しかし下手にベッドをとって隣に寝られても困る。

「じゃあ私シャワー浴びてきますから」

 まどろみ、返事とも言えない喃語を発するB先輩をあとに風呂場へと向かった。
 いつものように髪を洗い流しているうちに、外からは激しいいびきが聞こえはじめていた。寝入りばなに会話してから10分も経っていない。こんなに大きいと騒音でうまく寝ることも出来ないだろう。ローションプレイ用のマットが脱衣所にあるため、その上で眠るのが良いかもしれない。髪を乾かし、置いてきた荷物を取りにしぶしぶ部屋へもどる。

「電気つけっぱなしで寝んじゃねぇよ……あれ?」

 煌々と怪しい明かりのライトが部屋を照らす中、Aさんはマットレスがベッドと壁の間に挟まっているのを見た。
ダブルベッドのマットレスである。動かすのであれば相当な音がしそうなものだが、それらしい物音は聞こえて来なかった。それどころか、B先輩はマットレスのないベッドの上で身じろぎひとつせず眠り続けていた。ピーピーと寝息を漏らしながら。
 今、この部屋でいびきと寝息が同時に聞こえている。音が重なり合う点もあるが、しばらく聞いているといびきと寝息のリズムがズレていった。B先輩のいびきではないらしい。
 では誰が、と反対側の壁へ顔を向けた。

 巫女が立っている。
 正確には、立っているというより壁に仰向けで張り付いているような無理な体勢をしていた。
 そして、いびきだと思っていたそれは、潰れた喉で何かを言おうとして、言葉になる前に喉から空気が漏れ出している音であったことに気づいたそうだ。
 巫女はがご、がが、と音を鳴らしながら、はくはくと口を動かし続けている。

 Aさんは脱兎の如く風呂場へ逃げ込み、鍵をかけ明け方まで震えることとなった。
 やがて時計の針が6時を回る頃、がぁがぁと鳴っていた音はフッと消えた。恐る恐る部屋を覗くと、巫女はまるで最初からいなかったかのように忽然と姿を消していたそうだ。


 ホテル代をB先輩にたてかえさせ、無事に帰宅した数週間後。
 B先輩の言動を注意してもらうべく部長に報告したところ、B先輩はサークルを退部したという。
 部長いわく、変な病気だか風邪だかを拗らせてしまい、活動が難しくなってしまったらしい。


「多分、巫女さんが着いてきたのが良くなかったんでしょうね。あの音、例えば……睡眠時無呼吸症候群の変ないびきみたいだったんですけど。巫女さんだって気づいたら全然違って。なんで私、いびきだって思っちゃったんでしょう」





2018/12/02 禍話R 第六夜 より
【巫女の息】52:30〜
Wiki内記載のタイトルを使用しています。

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内で語られた怪談に加筆、編集を施したものです。

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