SIDE A 回想1
初めて嶌岡とちゃんと話したのは理科の授業で近くの空き地に草花の採取をしに行ったときだった。
地元の公立中学校に入学したばかりで、席も出席番号順の配置。クラスの雰囲気は固定の仲良しグループがまだ出来上がる前の状態だった。
僕はといえば、小学校時代に自分をいじめていたグループとその取り巻き連中とは幸いなことにクラスが別だったので、安心して付き合える友達がつくれるかもしれないと期待半分不安半分でいた。
クラス替えや学校が変わった時に発生する人間関係やしがらみのリセットを利用して、僕は新しい友達を作ろうとややおどけたモードを全開にしていた。
校舎から歩いて数分の空き地までクラスの全員でゾロゾロ向かい、嫌みな銀メガネの教師が、ランダムに班分けをして各グループ10種類の異なる植物を集めなさいという課題を出した。最初の10分は真面目に雑草や花を抜いて集めていたが、もちろんすぐに飽きた。
三人くらいの生徒が固まって足を投げ出し、ダベっているのが見えた。
そのうちの一人の男子生徒がやけに通る声で
「違う!あの人の作風の本質は短編の方にあるんだ。『るーみっくわーるど』俺は全巻もってるぞ」と熱弁していた。
当時流行っていた高橋留美子作品の話題らしい。それなら話に参加できるぞ。確かクラス初日の自己紹介でアニメとか漫画好きって言ってた人だったよな。
「高橋留美子、僕も好きだよ。まぜてー」
語尾を伸ばしたちょっと子どもっぽい言い回しで会話に交じる。
「いいねー、おまえ何が好きなの」
「『うる星やつら』と『めぞん一刻』」
「おっ、さすが!わかってるねー」
専門誌を読み漁って仕入れたにわか知識でパソコンゲーム の『うる星やつら』のエピソードを披露するところからはじまり、作品の主題歌をワンフレーズ全員で歌い、それぞれがキャラクターの声真似までやってのけ、校舎に戻る頃には嶌岡がやや強引に僕の肩 を組んで意気投合の体になっていた。
彼は誰かと仲良くなったり距離を詰める時に物理的接触をしてくるコミュニケーションスタイルをとっていたようだった。
その後、授業と授業の間の短い休み時間などにもよく話をするようになった。僕が話しかけるパターンもあれば、彼から話しかけてくることもあった。
嶌岡は千葉の松戸から引っ越してきて、僕らが通う中学校から歩いてそう遠くない当時新築のマンションに住んでいた。
「こんなレベルの低いところに来たくなかった」と彼は語気を強めて言う。「僕はここで育ったから他は知らないけれど、そうなの?」
「人の質がひどい!女はブサイクだし」
そのときはまだ小学生に無理やり中学校の制服を着せたようだった僕は、
大人びた嶌岡の発言に驚き困惑するとともに、それまでに少しはいた地元の友人たちとは違うタイプだと思い、話すごとに彼の人となりに興味を掻き立てられていった。
僕の目に、彼は成熟したいっぱしの青年のように格好よく映った。
彼の父親がNECで管理職をしていることを、こちらから聞いた訳でもないのに僕に話した。
「そうなんだ、うちの父とちかい職種かもね」
「どこ?おまえの親父の会社」
嶌岡は素早く聞き返してきた。
「日本IBM。うちの学校の向かいにある建物が勤務地だって。何をやっているのかはよくしらないけど」
お互いの家族の話などをしていくうちに、彼とはよく「つるむ」ようになった。嶌岡の家からはやや遠回りになるが、僕の家の方に寄り道する形で一緒に帰るようになり、互いの家にもよく遊びにいった。
そのままの関係が卒業まで3年間続いた。
高校は嶌岡が地元の公立に進学することになり、僕は私立と別々だったが友達付き合いが途切れることはなかった。
学校終わりにゲーセンに行って格闘ゲームの対戦を延々やった。好きな女の子ができたときに相談できる数少ない友人でもあった。
互いに「親友」と呼び合い、大人になってもずっと友達でいられるのだと、そのときは思っていた。
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