SIDE B 回想2
最悪だった13 歳の春、でもヤツと出会えたのは数少ない良かったことだと思っている。
親父の仕事の都合で松戸からこっちに引っ越してきたのが13歳、中学校1年生の頃だ。こんなレベルの低い田舎になぞ引っ越してきたくはなかったが、親父が吟味に吟味をして選んだ新築のマンションの7階から見える夕焼けの風景は気に入ったし、家を買うという親父の夢が叶ったのだから、まあ許すと妥協した。どうせ働くようになれば出ていけばいいのだし。
“トミ”こと富田とは中1のクラスが一緒だった。最初に話したのは理科の授業だったかな。あの嫌みな銀メガネの理科教師、あれは多分日教組だな。
初日の話し方ですぐわかる。おまけに担任が元ボート部の暴力チンピラ野郎。入学前のリサーチの段階で体罰の噂を多く耳にしていた奴が、よりにもよって担任!そいつがこの俺の成績をつけるだって?最悪以外の感想が浮かばなかった。
生徒はどいつもこいつも大したことない奴らばかりだった中で、トミはそこそこ面白いやつだと思った。出会った頃はまだ声変わりもしていなくて、歌うと高い声がきれいに出た。『めぞん一刻』の四谷さんの声真似が上手かった。
初日の自己紹介では大人しそうなガキンチョにしか見えなかったが、好きなジャンルの話になると途端に雄弁に熱く語る。あーいるいるこういう奴。
直近でつるめそうな奴もいなかったし、手懐けるのは簡単そうだからと休み時間に話すようになった。英語の授業で当てられたトミの発音がきれいだなと思ったら、子供の頃にニューヨークに住んでいたとその時知った。
試しに、親の職業の話を振ってみると彼の父親の勤め先はIBMという世界で初めて商用のコンピューターを開発した外資メーカー、もろに親父の会社の競合でしかも彼の父親の職場はおれらの学校の目と鼻の先 。
当時、外国からの国賓がこぞって視察に来るような最先端の研究部門がその建物の中にはあった 。
「職場はこの近くなんだけど、 何の仕事してるかはよくわからないんだ」だって?
おまえ、自分の父親がどれだけ恵まれた環境にいるのかわからないのか?
校内のいたるところに目立ちたがりのヤンキー予備軍(といっても、うちの地元を締めてるような奴等に比べたら大したことはないが)のような輩がいるのに、全くそれに気づかない隙だらけで幼気なトミが危なっかしくて見ていられなかった。うちの地元だったら 間違いなく標的にされていただろう。
お節介の度が過ぎて自分でも呆れるばかりだが、俺はトミに色んなことを仕込むようになった。素直な性格のトミは飲み込みが割と早かった。俺のシャドーボクシングにもすぐに動じなくなり、避け方や、手で払う方法、受け流すやり方も出来るようになった。
俺は子供の頃から強化選手にスカウトされる程度に水泳や空手をやっていたが、この学校で部活に入る気は一切なかったし、彼もすぐには部活に入らなかったこともあり、自分の家からは明らかに遠回りだったが一緒に帰ることにして、色々な話をするようになった。
俺の話し方が力任せで畳み掛ける傾向があるとトミに指摘されたことがあった。
「嶌岡はいつもすごく急いでいるみたいで、結論を言って早く終わらせようとしているように見えるよ」
「相手の言っていることを、一度受け止めてから返した方が相手を怖がらせなくていいし、もっと友達が増えると思うよ。その方が楽しいじゃん」
他の同級生と較べても明らかに子供っぽい見た目のトミが、そんな本質的なことを言いだして俺は驚愕した。
トミは自分がかなり恵まれた環境で育ち、自身にもいい素質やセンスを持っているのに、その事に無頓着なまま育ってきたのかもしれないと思った。
「おまえ、それは仏法とか慈悲の心、教えとかの領域だぞ。その年令でどうやって極めた?」うちは祖母の代から勤行を欠かさない家で支持政党も決まっている。そして、それは滅多に人前では口にしない。
「そうなんだね。んーうちは両親ともクリスチャンで親戚にも牧師とかいるからかもね」いつものように、彼は何でもないことのように返した。
駅前で立って冊子配ったり、家々を訪問して布教したりするのか?ときいてみたところ、それは異端の人たちで、普通のプロテスタント教会ではしてないよと説明してくれた。
トミは俺が今まで見たことない位、他人に優しくできる人だった。傍から見てだいぶ損していると思うことでも意に介してない。でも自分の弱さに悩んでいて「もっと強くなりたい」「しっかりしなきゃ」と口癖のように言っていた。
俺ならトミを鍛えて一丁前の男にする事ができる。直感的にそう思った。
「『シティ・ハンター』毎週、観ているんだよな?TMネットワークは聴いてる?」
「ううん、ゲームミュージックのCDばっかり買っちゃうからそっちまでお金なくて」
「じゃあ、今度貸すよっ!」
「うん!」
そのままの関係が卒業まで3年間続いた。
高校は俺が地元の公立に進学することになり、トミは私立と別々だったが友達付き合いが途切れることはなかった。学校終わりにゲーセンに行って格闘ゲームの対戦を延々やった。2つ下の後輩と付き合うことになったときも、俺は彼に報告した。
互いに「親友」と呼び合い、大人になってもずっと腐れ縁の友(ツレ)でいられるのだと、そのときは思っていた。