犬杉山町の人々〜あうとさいど〜

#短編オムニバス
#ライトノベル
#犬杉山町の人々〜あうとさいど〜

「街風来たりて」


今回の登場人物と本編には登場しない関係者
 ・綿島草介……♂。名前だけ。今回は酷い目にも遭わない。二つ名は「ノット・シームレス・ノット(先と終わりを結ぶ者)」。シスコンである。犬杉山町キリングランキング第三十四位。
・日吉一斗……♂。あだ名はニット。犬杉山町を離れて生活中。
・和宮琴音……♀。アルビノ。最も完成に近い失敗作。犬杉山町キリングランキング圏外。ブラコンである。



友人の草介との待ち合わせ場所に向かい、ネオンの灯る繁華街の高架下を通り過ぎた時。
俺はふいに足を止めニット帽の上から額に触れた。
いつものだった。すぐにわかった。
いつものあれが聞こえて背筋に悪寒が走った。
故郷の犬杉山町を離れた日から。
慣れない都会で暮らし始めてから。
一人で生きることを選んでから。
なんとなく、聞こえてしまう時がある。
ふと気づいた瞬間、隙間と隙間にソッと指を入れて引き裂くような感覚になったその時、ただただ、それらはノイズとして入り込んでくる。
その感覚は、何かを忘れてる気がして不安になる時とひどく似ていた。
繁華街の喧騒の中で囁き、うつろう闇の中で蠢き、風の中に混ざり、高架下を通り過ぎる。
点滅を繰り返す儚い灯火から、電車の通る軋みから、街から溢れるノイズ。
ニット帽を目深に被り直し、ほんの一瞬、瞳を閉じる。
通り過ぎる人ごみの中で俺はノイズを聞く……。
『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!』
『嫌だ、一人嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!』
『寂しい!!』
『一人は嫌!!』
『嫌!!』
『寂しい!! 寂しい!! 寂しい!! 寂しいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!』
『話して!! 話しかけて!! こっちをミロォオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
『寂しい!!』
『一人は嫌!!』
『嫌!!』
『いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあっぁぁぁぁあ!!!』
ゆっくりと目を開けると、人ごみは変わらず流れていく。
……このノイズはどこに向かうんだろう。
それとも、どこにも行けない想いが集まった場所がこの街なのだろうか。
通り過ぎる人ごみを横目で見ながら、胸元に手をあてた。
繁華街の喧騒の中で囁き、うつろう闇の中で蠢き、風の中に混ざり……そして、俺の心臓が収縮する鼓動に含まれるノイズ。
これは無機質な人の波で溺れかける、俺の心音なのかもしれない。

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