IHJ

俺は19時にサイゼリヤでスパゲッティを食っていた。一昨日のアプリの女のことが忘れられない。「今度水族館に行こう」って言った時の「機会があれば…」のトーンは完全に冷めていた。訳が分からん。頻繁にしたLINEのやり取りは何だったんだろう。
ただ、サイゼリヤたらこのスパゲッティは美味かった。「うまか~」とパスタをすする。パスタとガーデンサラダが俺にとって「ケ」の食事だった。
食べながら見る5chでは結婚相談所のスレが立っていた。
なぜそんな「結婚」をしたがるのか。憮然な心持で腹に飯を詰める。完全に酸っぱい葡萄でしかないが、夫婦の33%は離婚するんだぜ。そう思いながら、ドリンクバーにグラスを持って向かう。

新小岩のサイゼリヤを後にして駅に向かう。腹立たしい気持ちが収まらない。やがて怒りの矛先は友人に向かう。29になった我々の世代では結婚する奴、しそうな奴が相次いでいた。皆努力して、あるいは妥協しながら一つの人生の結節点へ向かっていく。
俺は自身の精神的な脆弱さ、人としての魅力のなさに気づきながらも根本的な改善を試みようとはせず、いたずらにマッチングアプリで時間を費やしていた。結婚相談所がいいかな…。そう思っていたが高額な年会費に意気消沈する。

まったくもって場違いな怒りと悲しみが、俺を襲う。昨日起業した奴と飲んで、競馬は外れさらに飲んで。その桃源郷の末路にあるのは、翌日の倦怠感と軽いめまい。おかげであまり仕事にならなかった。
俺はその自堕落な生活を、友人のせいと勝手に決めつけていた。あいつらといるとつい飲んでしまう。これでは仕事にならない。そう思い電車の窓を見つめる。
そして結婚云々の話もまた、身をそがれる気持ちで聞いていた。当人の幸せを祝福したい気持ちもあるが、同時に俺の前でそげん話ばしないでほしいと感じていた。正直結納の金もかかるんだよなー、なんて安月給に悲しむ俺は考える。

小岩についてから歩きながら、友達のCOを考える。ラインのブロックについてネットの記事で調べる。まずラインのグループから去り、ブロックしてから削除すればいい。ツイッターもブロック。電話番号はどうせ知らないだろうが、電話かかってきたら着信拒否にする。
こうすることで連絡がつかなくなり、関係性がなくなる。家に押しかけられたら困るが、これから週末は旅行三昧になるだろうし、最悪居留守使うか…。

なんて考えながら、どこかでは「COしても、世の中案外狭いしいつかばったり会えるだろう」なんて考える甘い自分もいる。その時にCOの理由を聞かれるだろうが、その時は「太陽がまぶしかったから」と答えればいいや。

そういう適当なことを考えるうちに家についた。NHKの口座振替の案内書が届いていたが、それより俺は気づいたことがある。
俺はカミュの「異邦人」を読んだことがないと!
母親の葬儀に出ても感慨がなく太陽がまぶしかったから人を殺す。カミュの傑作小説を俺は読んでいない。しかし「太陽がまぶしかったから」というフレーズが俺をがんじがらめにする。

まだ古本屋は間に合うだろうか。俺は家を出て早歩きを始める。空では月が上り凍てついた雰囲気を醸し出していた。歩き続ける。なんとなくだが、自分の行く先が朱で塗られていくのを感じた。異様な感覚。何か壊れてしまうような、簡単なことですべてを失うような、そんな門出の歩み。
俺はどうも破滅主義者の気があるらしい。そう思い古本屋へ急ぐ。間に合うだろうか、いや間に合うまいよ。そう考えていた。予定調和である。間に合うまい。

しかし、古本屋の看板が出て、おまけにカミュの「異邦人」は200円で売られていた。ひどく興ざめな面持ちで、事務的な店員に会計を願う。
本当にどうでもよくなった。よくある日常として、これを惰性で記しておきます。

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