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歩く口

 人混みが嫌いだ。

 年末の新宿駅は人でごった返していた。通路に人を詰め込んでは出すのを繰り返すように人が動いていく。とはいえ、めったに新宿にはいかないので、もしかしたら時期の問題ではなく大体いつもこんな感じなのかもしれない。

 目を伏せてあるいているのにいくつもの強烈な赤が間接視界を横切る。口紅の色だ。冷たい駅の通路の中でハッとするような赤い口とそれを強調するかのような白い肌とに幾人もすれ違った。なんという名前の赤なのだろう、緋色の発色を強めたような・・・最近のメイクの流行りなのだろう。

 まるで口紅を付けた口だけが服を着て歩いているような気味の悪い感覚にとらわれた。怖かった。悪夢的ともいえる。ここが停電して暗闇になってもなおその赤だけはくっきりと発色しながらいろいろな形ににうごめいたり、微笑んだり、への字に曲がったりする。そんなことを想像させる赤だった。ある映画監督とプロデューサーの対談を思い出した。

 身体論の話で「最近の女の子は幽霊みたい」といっていた人がいたと映画監督は言っていた。怖いほど美しいというたぐいの話は置いておくとして、その人の存在が視覚的にはどこにあるのかという考えは少し面白く感じた。幽霊という言葉をその対談では生活感のなさの表現としてとらえていた気がする。

 口だけ、目だけ、服だけが無数に動いていく。それを人と認識できなければこの状況は恐怖以外の何物でもない。私だってそうだ。

 眼鏡が人ごみのなかから改札を抜ける。

チョコ棒を買うのに使わせてもらいます('ω')