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とあるアイドル

彼女は、グループのセンターでもなければ目立つタイプのメンバーでもなかった。そのグループのことをある程度知らなければ、歌番組で一瞬抜かれたとしても「かわいいなぁ」とか「きれいだなぁ」というどのアイドルにも当てはまるような感想しか持たれないだろう。

当の本人も「二推しの女」を自称していた。(二推しとは推しメンの次に好きな人、二番目に推されていることを指すアイドル用語)

私も初めは単なる一人のメンバーとしか見ていなかったが、あるきっかけで特別なメンバーに変わった。


私が彼女を知った時、彼女はアイドルというとんでもなく忙しい職業なのにも関わらず、OLを兼任していた。

彼女曰くまだアイドルとしての仕事が少なく、大学の奨学金の返済が間に合わない。そのことをスタッフさんに相談したところ、アイドルをやりつつラジオ局の事務として働くことになったらしい。

そんな彼女はアイドル、OLそれに加え、もう一つ別の顔を持ち合わせていた。

それは「ラジオパーソナリティー」という顔だ。

私が病気で学校に行かなくなった時、傍には常にラジオがあった。

彼女を知ったのとその時期が重なり、なんとなく彼女のラジオを聞いてみた。

二部ではあるが、大きなブランドのラジオを任されていた彼女のトークは、正直私には物足りなく感じた。

特にオチがあるわけでもないトーク、かといってためになる話でもない。

もう聴かないだろうなと思った。

翌週、彼女のラジオの生放送が始まる時間。

特にやることもないので、暇つぶしがてらラジコのアプリ画面を眺める。

もうその時間帯はほとんどのラジオ局が、放送休止か朝の番組になっていた。

しかし、唯一彼女の番組のみが深夜ラジオの香りが漂っていた。

仕方なく彼女の番組の再生ボタンを押す。

思った通りのオチのないトーク、ためにならないような話。

もう聴かないだろうなと思った。

来週も同じように聴き、同じことを思った。

その来週も、再来週も。

気づけば彼女の番組を聴くことがなんの起伏の無い日々の一つのルーティンとなっていた。

ルーティンとなっても彼女のトークにオチはない。

ただ、そんな話が心地よく感じた。

友達が自分の身の回りで起きたことをつらつらと話している。それをなんとなく聴く。そんな感覚だった。

そこにはオチだとかためになる、なんて要素はいらない。

ただ彼女の話が聴きたい。そう思うようになった。


一時私がラジオ全体から離れた時期があり、もれなく彼女の番組を聴かなくなった。

そんなある日、一つのニュースが舞い込んできた。

彼女の番組が一部に昇格するのだという。

ラジオ好きからするとそのブランドの二部から一部への昇格とはとんでもなく凄いことで、ただの一リスナー、しかも最近聴いていないのにもかかわらず、とてもうれしい気持ちになった。

久しぶりに彼女の番組を聴く。

どうやらOLの仕事は少し前に辞めていたようだ。

アイドル一本で生計が立てられるようになったのだろう。

久しぶりに聴く彼女の話は、落ち着くのは勿論、旧友に久しぶりに会ったかのような懐かしさと高揚感に包まれていた。

そこから毎週とはいかないものの、ちょくちょく彼女の番組に顔を出しては変わらない空気感に心を落ち着かせていた。


そんな彼女が先日グループからの卒業とそれに伴い番組パーソナリティーを降板した。

彼女はグループでも最年長であり、アイドルという職業柄仕方ないのだろう。

自分の好きなアイドルが卒業するとき、私は悲しい気持ちや寂しい気持ちを覚えたことは無い。

どんな道に進んだとしても彼女たちなりに頑張ってほしいし、たまに元気な姿が見れたらいいな、と心から思っている。

彼女の発表を聞いた時も同じ気持ちだった。

彼女が務める最後の生放送。

いつもは聞き逃し配信で聴いていたが、「最後くらい生で聴こう。」そう思い夜更かしをして彼女の最後の生放送を映像付きの配信アプリを通して聴いた。

放送が始まった直後から彼女の目は赤かった。

合間合間にちょっとした最終回らしさはあったが、何か特別な企画をやることもなく、いつものように落ち着く声とトーンで話を進める。

番組終盤。彼女から最後の挨拶。

本当に彼女らしいラジオ愛に溢れた挨拶だった。

そして、いつものようにエンディングテーマがかかり、いつものように番組が終わっていく。

私の心にあったのもいつも通りの満足感と彼女への感謝の気持ちだった。

翌日、寝ぼけ眼でTwitterを見る。

そこには番組ハッシュタグと共に彼女への感謝のメッセージが延々と流れてくる。

私も昨日のことを思い出しながら感慨に浸る。

そこには感謝の気持ちと共に初めて「寂しさ」という感情が芽生えていた。

いつも通りの彼女の放送が終わり、いつものように迎えた朝。

いつもと違うのは来週からは「いつも通り」がやって来ないということ。

本当に寂しかった。

始めはただの好きなアイドルグループの一人のメンバー。それがよく聴くラジオのパーソナリティー。

気付いたころには私にとって彼女はかけがえのない存在となっていた。

本当に彼女には感謝してもしきれない。

学校に行けず苦しんでいた中学時代には毎週の放送が数少ない楽しみとして私に寄り添ってくれた。

学校に行けるようになり、少しつらいことが起きたとしても彼女の声が背中を押してくれていた。

どんな困難な状況になっても、どんなに自分を恨みそうになっても、毎週水曜日には必ず彼女の声があった。その事実がとても心強かった。

周りに誰もいない一人きりの深夜。彼女の声を聴けば、自然と一人じゃないような気持ちになれた。こちらからは何にも話すことは出来ないけれど、一方的な彼女の話声に安心し、このラジオならではの関係性が心地よかった。

自分の中ではもっと感じていることや、思っていることはたくさんあるけれど、今の文章力ではそれらを形容することは到底不可能だ。

この想いは自分の中に留めておこう。

このエッセーは今の自分の気持ちを記録しておくために書いた。

いわば自己満足。

きっと、この気持ちは段々と薄れていくと思うし最終的には忘れてしまうと思う。

いつかこの文章を見返したときに今日の気持ちを思い出せるように。


最後に、六年間本当にお疲れさまでした。そして本当にありがとうございました。

あなたのラジオが私にとっても大切な居場所でした。

またいつか、あなたの声がラジオから聴けることを楽しみにしています。


さてと、今日からは同じグループのメンバーが新しいパーソナリティーに就任する。楽しみだなぁ。




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