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『22年ベスト:小説編』

私的ベストの書籍(小説)編です。

今年は昨年以上に読書量が減り、もはや「ベストを10作選んでいいのか?」レベルではありますが、古典も含め、濃密な読書体験ができた1年でした。

なお、今年の前半はフョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟(上)(中)(下)』の読書にかなりの時間を費やしたのですが(殆ど半年かけて読了)、文学史上に残る傑作とも言える同作をどう評価すべきか自身の中で明確に定まっておらず、ランク付けするのもいまいちしっくりこなかったので選外となっています。

以下10位からご参照ください。
※今年の新刊には限っていません。

10位 アンディ・ウィアー 『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)(下)』   小野田和子(訳) (早川書房)

著者の『火星の人』(映画名「オデッセイ」)もとても面白ったものの、「かなり似たようなシチュエーション(一人宇宙に取り残される系。正確には違うんですが)のSFで大丈夫かな?」と思いましたが、そんなことは杞憂でした。

ネタバレにならない程度に紹介すると途中からバディ物の様相を呈してくるのですが、流行りの安直なバディ物には手厳しい(?)私も納得のストーリーライン、そして物語の締め方、特にラストの章のお洒落さには舌を巻きます。

ライアン・ゴズリング主演で映画化されるとのことなのであのシーンやこのシーンが視覚的に補完されるのを楽しみに待ってます。

9位 パトリック・マッケイブ 『ブッチャー・ボーイ』 矢口誠(訳) (国書刊行会)

1960年代のアイルランドの社会・経済的停滞感を背景に、とにかく主人公フランシーの一人称語りと物語の濃密っぷりに圧倒されます。

間違いなく楽しい読書ではないけれど衝撃は今年トップクラスでした。

タイミング悪く邦訳出版がお蔵入りになっていたみたいですが無事刊行されて本当に良かった。

8位 C・パム・ジャン 『その丘が黄金ならば』 藤井光(訳) (早川書房)

ゴールドラッシュ終焉後のアメリカ中西部が舞台。

父親を亡くし、孤児になった中国系移民サムとルーシーが父の亡骸を埋葬する場所を探すため、広大な土地を彷徨っていく。

主人公たちを取り巻く過酷な状況と文章の美しさの対比が素晴らしく、とても読ませる小説でした。

7位 オクテイヴィア・E・バトラー 『血を分けた子ども』 藤井光(訳) (河出書房)

2作続けて藤井光訳!

各々の短編の強度が凄かったです。

どの作品についても支配や蹂躙される側から見た世界/社会の描き方が重苦しくて、必然的にバトラー=黒人女性SF作家という属性と結び付けてしまいがちですが、もっと普遍的な生の苦しみとそこにある僅かな希望と願望がベースにあるように感じました。

表題作はラブストーリーと言いつつ相当怖いのですが、それは即ち人間の営みそれ自体が怖いという事なのかもしれません。

6位 リチャード・マグワイア 『HERE ヒア』 大久保譲(訳) (国書刊行会)

非常に言いにくいのですが、この本、大昔に買ったまま積んでました。(グラフィック・ノベルを積むか、普通?)

R・ゼメキス監督 × トム・ハンクス主演で来年映画化予定ということで再販(めでたい!)された機に読みました。

「ある部屋の一角を切り取り、アメリカのある家族の歴史と、紀元前30億50万年から22175年にいたる壮大な地球の歴史を描く」というグラフィック・ノベルのポテンシャルを最大限活かしたアイディアに脱帽します。

アートであり、哲学であり、壮大な叙事詩。

5位 サラ・ピンスカー 『いずれすべては海の中に』 市田泉(訳) (竹書房)

奇想SFの系譜ですが、ナンセンス系でなく抒情的。

そこは好みが分かれるポイントかもしれませんが、大好きなケリー・リンク(時にナンセンスな作風も含めセンスが途轍もない)とも全然違う作風でこれはこれで好みでした。

「一筋に伸びる二線車のハイウェイ」、「いずれすべては海の中に」、そして「オープン・ロードの聖母様」以降のラスト3編の余韻がとても良かったです。

4位 エルヴェ・ル・テリエ  『異常【アノマリー】』 加藤かおり(訳) (早川書房)

圧倒的エンタメ小説であり、ゴンクール賞受賞の文芸寄り小説であり、ウリポの会長による実験的作品。(この3つの形容が併存することなど本当にあり得るのか?と思いますが事実です。)

今年めでたく復刊されたチャック・パラニュークの『サバイバー』同様、「飛行機落下小説」でもあります。

今年の個人的流行語大賞は”デカルト2.0”!!

3位 乗代雄介 『皆のあらばしり』    (新潮社)

物語のテーマも語り口もとても好みです。

『最高の任務』、『旅する練習』の素晴らしさが引き続き持続している感じ。

ラストがいかにも著者らしいです。

「杜撰な自意識とは対極にあるほんまもん」という考え方にも共感。

芥川賞なんて獲らんでええやん!と思います。

著者の『パパイヤ・ママイヤ』も爽やかな小説で良かったです。

2位 リチャード・パワーズ 『黄金虫変奏曲』 森慎一郎・若島正(訳) (みすず書房)

パワーズの比較的初期の作(『囚人のジレンマ』の後の第三作)ですが、近年の作品に見られる円熟味を増したストーリーテラーっぷりが発揮される前のより強烈で尖ったパワーズという感じで圧倒的です。

バッハのゴルトベルク変奏曲と遺伝子の螺旋に運命づけられた長い時を隔てた二組の恋愛がARIA+30の章+ARIAの美しい構成で紡がれていきます。

個人的にはスチュアート・レスラーの過去パートが断然好きで、それは即ちレスラーが所属する研究班(サイファー)の面々であるボトキン、ブレイク、ウォイトウィッチ、ラヴァリング、そしてコスといった面々(とその周辺の登場人物)が極めて魅力的に描かれてるからな気がします。

本作についてはnoteに別で感想を書きたいくらいですが既に凄い解説や批評が世にあるので迷ってます。

1位  フアン・ルルフォ 『ペドロ・パラモ』 杉山晃・ 増田義郎(訳) (岩波文庫)

1955年のラテン・アメリカ文学の古典ですが、もう途轍もない作品でした!(ガルシア=マルケスあたりにも影響を与えてるのがよく分かります。)

短いのに読みにくい。

読みにくいのに引き込まれる。

物語の話法や仕掛けを理解したところで終わってしまって頭に戻ってくる小説。

再読・再再読をいずれきっとする。

そんな小説。

おまけ1:まとめ

おまけ2:その他印象的な作品

(1)芥川賞候補2作の熱い闘い

①山下紘加『あくてえ』と年森瑛『N/A』

山下紘加『あくてえ』と年森瑛『N/A』は同じタイミングで芥川賞候補になった作品ですがどちらもとても好みでした。(どちらも残念ながら受賞は逃しましたが。)

『あくてえ』は自分が想像したことは何も起こらないのに、日常のドラマが熱い!

魂の叫びが熱い!!

『N/A』は二言目には”多様性”と言いつつカテゴライズしまくってくる現代への批評的視座とそれ自体が産む葛藤が解決されずに放り出される様が快感でした。

ラストも秀逸です。

(2)国内本格ミステリの極北

②白井智之『名探偵のいけにえ 人民協会殺人事件』と北山猛邦『月灯館殺人事件』

相変わらず日本のミステリは独自の発展を遂げ、行きつくところまで行った感があって面白いです。

『名探偵のいけにえ 人民協会殺人事件』は著者にしてはエログロ成分控えめで読みやすいし、後半三分の一を占める解決編にて三重もの多重解決の更に先で辿り着く真相はなかなか巧妙且つエモいです。

タイトル含め、文字通り露骨な伏線だらけなんですがこれはしてやられました。

『月灯館殺人事件』は「こんな物理トリック成立するわけあるか!」というツッコミに対して「出来たんだが」みたいな感じで応答してくる感じが凄くクール。

ラストの衝撃はフェアとは言い難いもののこれだけ面白ければ許せるし(違和感を信じて突き詰めれば真実への道が開かれるかも。。)、著者の過去作(特に『瑠璃城殺人事件』)を読んでいればもっと楽しめたと思います。

おまけ3:過去3年分の私的ベスト小説


【2019年】
1. ジョナサン・フランゼン 『ピュリティ』
2.テッド・チャン『息吹』
3.スティーヴン・ミルハウザー『私たち異者は』
4.スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』
5.伴名練『なめらかな世界と、その敵』
6.リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』
7.横田創『落としもの』
8.小川一水 『天冥の標』(Ⅶ-Ⅹ)
9.ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』
10.デニス・ジョンソン 『海の乙女の惜しみなさ』

【2020年】
1.エリック・マコーマック『雲』
2.乗代雄介『最高の任務』
3.ハン・ガン『回復する人間』
4.劉慈欣『三体』『三体Ⅱ 黒暗森林』
5.デイヴィッド・マークソン『ウィトゲンシュタインの愛人』
6.ジョージ・ソーンダーズ 『十二月の十日』
7.ウィリアム・ギャディス『カーペンターズ・ゴシック』
8.ローラン・ビネ『言語の七番目の機能』
9.多和田葉子『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』
10.閻連科『丁庄の夢』
11.オラシオ・カステジャーノス・モヤ『吐き気』
12.高田大介『まほり』
13.青山七恵『わたしの彼氏』
14.アリ・スミス『秋』
15.遠野遥『破局』
番外 ウラジーミル・ソローキン 『マリーナの三十番目の恋』

【2021年】
※note(ココ)に詳細書いてます。

1.乗代雄介『旅する練習』
2.エドゥアルド・ヴェルキン 『サハリン島』
3.劉慈欣『三体III 死神永生』
4.アンナ・バーンズ 『ミルクマン』
5.石沢麻依『貝に続く場所にて』
6.クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』
7.アイリス・オーウェンス 『アフター・クロード』
8.金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』
9.ヴィルジニー・デパント『アポカリプス・ベイビー』
10.トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』
次点 アダム・オファロン・プライス『ホテル・ネヴァーシンク

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