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子供、喫茶店、宇多田ヒカル

 趣味や遊びってのは人間が作り出したものなので、限界がある。予備校の先生で東大に何度も入り直して10何年いた人がいるんだけど、その人曰く、この世で一番楽しいのは子育てだそうだ。と言うのも、子育ては毎日体験したことの無い事が起こるからだそうだ。
 人が愛し合って子供を作るという行為は、人間がプログラムした物ではない。愛は人間の手に及ばない所にある。子供はセックスすれば勝手に出来てしまうもので、人間に止めようはない。
 俺の父親も結構な結婚前は遊び人だったそうだが、俺が産まれた時に人生観が180度変わったらしい。子供ってのはそういうものらしい。俺もいつか子供を持つ事になるかも知れない。果たして俺はこの子のために生きようと思えるだろうか。酷い言い草だが、子供は他人だ。更に酷い事を言うが、俺と誰かの遺伝子をコピペして2で割った生き物を、俺は愛せるだろうか。
 この喫茶店で向こうの席に座っているカップルもいつか子供を作るんだろうか。彼らはその子供をどう育てるんだろう。というかその子はどう育つんだろう。子供というのは、親の意思と関係なく勝手に育つ物だと思っている。親と子供は他人同士だから。
 人が子育てしている姿を見るのは好きだ。微笑ましく思う。
 随分無軌道に生きてきた。この世の下らない遊びには飽きた。だからと言って子供を作りたいとは思わないが…。
 結局、俺は新しい刺激を求めているだけなのだと思う。趣味もコロコロ変えるし、飽きやすい。死ぬまで飽きない趣味として子を持つ事を考えるのは、あまりにも非情だ。子供を趣味の道具としてしか見ていない。俺は子供を持つには心が幼すぎる。
 それにしてもこの喫茶店はカップルが多い。土日の夜だからか。昔の作りの内装で雰囲気が良い。タバコも吸えるのでそれに釣られて入った。上野のアメ横にあるギャランという店だ。
 アイスコーヒーを頼んだのだけど、ミルクと間違えてコーヒーフレッシュをドバドバ入れてしまったので、味もへったくれも無い。
 上野まで来たのに、時間が遅すぎてマティス展には行けなかった。しょうがないのでカラオケで1時間歌った。
 喫茶店の向こうの席のカップルの女の子が笑いながら話しているのを見ると、そのまま幸せであれと思う。どうも「の」が多い文だ。
 今日は宇多田ヒカルの「Can You Keep a Secret?」を何度も聴いていた。良い歌だ。切ない気持ちになる。
 好きな相手の理想になりたい、相手のためにわざわざ自分を変えようとするのは、若いからこそ思える事だ。歳を取ればそんな試みに意味は無い事が分かってくる。自分は自分だし、自然体の自分を勝手に好きになってくれる相手と付き合うのが楽。
 それにこの歌は他者に心を開いていない。なのに相手と一体化したい。自我が危ういからこそ相手に依存したくなる。「Can You Keep a Secret?」という問いは殆ど脅しだ。相手しか見ていないようで本当は自分しか見えていない。だからこそこの曲のPVは宇多田ヒカルの相手がロボットなのだ。その宇多田ヒカルもまたロボットだったというオチも、人間はそんなもんじゃないよって事なんだと思う。
 この歌を聴いていると、天才宇多田ヒカルも普通の人間なんだと思える。普通の若者だったんだと思える。というかその辺を表現するのが彼女は上手い。そんなこの曲が好きだ。

 喫茶店を出ると服屋はみんな閉まっていて、一面飲み屋の客たちが大声で話している。やる事も無いので家に帰ろう。ほなまた。

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