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メシアニック・ジューと『ジュー(ユダヤ人)』の定義ー

さて3日後の19日に、「イエスを信じるイスラエル人(Jesus Believing Israelis)」の共著者である、アレック・ゴールドバーグを招いてのセミナーを行うのですが…
この本のタイトルを見て、多くの人が「メシアニック・ジュー」という名前ではないのかと疑問や「ややこしい言い方をしてるなぁ」という感情を持たれたかと思います。

しかし、この『ややこしいタイトル』こそがメシアニック・ジュー(運動)という定義の複雑さを物語っているのです。

ユダヤ人は血統+宗教による定義

(2019年のシャブオット・聖霊降臨祭に行われた、イスラエルのメシアニック・ジューによる合同ピクニック)

というのもメシアニック・ジューという一般的に使用される名称には、
 ①  イエス(イェシュア)をメシアと信じることを表す― メシアニック
 ②  ユダヤ人であることを表す― ジュー
という2つの単語から成り立っています。
メシアニック・ジューを正確に定義する際にはこの2つの単語を明確に定義する必要があり、この2番目のユダヤ人というのが非常に厄介なのです。

『ユダヤ人』という言葉には
①  血統的にユダヤ人
②  宗教的にユダヤ教に所属し、信じている
という2つの意味があり、厳密にはこの2つをクリアする必要があります。
なので正統派をはじめ宗教的なユダヤ人にとっては、「イエスを信じる=ユダヤ教を棄教しキリスト教への改宗」になるため、メシアニック・ジューという言葉自体が矛盾となり「ユダヤ教徒(人)ではないため、メシアニック・ジューという名称自体が存在しない」となる訳です。 

しかしメシアニック・ジューの多くは、「イェシュアをメシアとすることはユダヤ的な信仰であり、ユダヤ人であることを捨てたのではない」と信じています。
また別のメシアニック・ジューは「宗教的にはユダヤ人ではないが、血統的にはユダヤ人だ」と主張することでしょう。 

『血統的にユダヤ人』もややこしい

ユダヤ人としての血統を調べるサービスも多々ある

するとここで、上記の①に当たる「血統的にユダヤ人である」という定義の、これまた厄介さにぶち当たることになるのです。

というのも厳密な『血統的ユダヤ人』の定義は―

母親がユダヤ人であれば、その子はユダヤ人である。

という古代ユダヤ法「ハラハ」によるもの。
したがって「父親がユダヤ人+母親は異邦人(非ユダヤ人)」の家庭では、子供たちは非ユダヤ人になります。より極端な例でいえば、祖父母計4人のうち…

  1. 3人はユダヤ人だが母方の祖母だけが異邦人の場合
    → 母親は異邦人→ その子供も異邦人。

  2. 3人は異邦人だが母方の祖母だけがユダヤ人の場合
    → 母親はユダヤ人→ その子供もユダヤ人。

になる訳です。1番目のケースだと遺伝子的には75%ユダヤ人なのですが異邦人、2番目のケースだとユダヤ人率(?)は25%なのにユダヤ人となる訳です。
何とも不公平感がありますが、古代から伝わるハラハによって定められた定義であり現在のイスラエル社会でも(正式な場では)この定義が使用されています。 

 ユダヤ人ではなくユダヤ系→ イスラエルへの帰還OK

しかしイスラエルは1970年に『帰還法』を改正。ハラハによるユダヤ人でなかった場合でも―

祖父母のうちに(ハラハによる)ユダヤ人が1人でも居れば、イスラエルへの帰還を認める。

と、取り決めました。これにより上記の2番目のケースになる、血統的にユダヤ人の血を受け継ぐユダヤ『系』ではあるがハラハの定義ではユダヤ『人』ではない人たちが、イスラエルへと帰還できることとなりました。

これによって現在イスラエルにはハラハ的にはユダヤ人ではない、多くの『ユダヤ系』の市民が多く居る状態が起こっています。そしてイスラエルで「ユダヤ人社会」や「ユダヤ人層」などという言葉を使う際は、厳密なハラハによるユダヤ人ではなくイスラエルの帰還法に当てはまる、ユダヤ系人口を含む全体を指します。

こうしてハラハによる『ユダヤ人』と帰還法や実際の日常生活で用いられる『ユダヤ人(系)』の間で、見えない乖離が起こって来ているのです。
統計によると90年代からの帰還の波を支えてきたロシア系帰還者(移民)の60%以上は、ハラハによるユダヤ人ではないとのデータが出ています。現在イスラエルのユダヤ系人口の20%がロシア系であり、この過半数がハラハによるユダヤ人でないという事ですし、その他の人口層でも非ユダヤ人女性との結婚などで、
「今後、ユダヤ人口における(ハラハによる)ユダヤ人率が減少していくだろう」
と(日本人にとっては分かりにくいですが)考えられています。 

ユダヤ人率が特に低い、メシアニック・ジュー運動

メシアニック・ジューのユース・カンファレンス

そしてイスラエルのメシアニック・ジュー(MJ)運動は、そんなロシア系移民によって支えられており、現在イスラエルのMJの過半数はロシア系。そしてそんな彼らの半数以上は、上記のようにハラハによるユダヤ人ではありません。
またハラハによるユダヤ人男性のビリーバーが、海外のクリスチャン女性(非ユダヤ人)と国際結婚するケースも多々あります。すると彼らの子供もまた「ユダヤ『系』だが、ハラハによるユダヤ『人』ではない」という、状況がどんどん起こっているわけです。

このような状況から、メシアニック・ジュー運動の半数以上はハラハによるユダヤ人ではないというのが事実であり、そのような実態を鑑み今回の本のタイトルも
「イエスを信じるイスラエル人(Jesus Believing Israelis)」
となっているのではと思います。

また本中では

私たちの調査では、最低でも祖父母にユダヤ人が1人でもおり、帰還法においてイスラエルに移民(アリヤ)しイスラエル国籍を取得する権利を持つ者を『ユダヤ人』とする。

とハラハではなく、帰還法(のユダヤ『系』)やイスラエルの日常生活で使用される『ユダヤ人』を採用しています。
また各コングリゲーションのページ内でも、Jewish descent(ユダヤ人家系)という表現も頻繁に使用されており、これらは『ハラハ的ユダヤ人』との混乱を生まないためのものでしょう。

数年に1度TVでは「ユダヤ人とは」という特集が組まれる
(写真は去年の公共放送によるもの)

日本の皆さまからすると少し複雑かも知れませんが、「ユダヤ人とは」という定義はイスラエル社会全体が長年持っている問題でもあります。宗教層はハラハによるユダヤ人の定義を尊重し続けていますが、伝統層から世俗派にかけては過半数が
「ユダヤ系であり兵役に就き、ユダヤ人国家のイスラエルを守っているのであれば、彼らはユダヤ人」
と考えています。

そしてこのイスラエル社会全体での『ユダヤ人の定義』に対する再考は、メシアニック・ジュー運動への見方や彼らの自己定義にも影響を及ぼします。

イスラエルで生きるメシアニック・ジューたちが持つアイデンティティの「複雑さ」を知ることは(彼らのために祈るためにも)非常に重要ですし、そのためにはイスラエル社会全体も「ユダヤ人とは」という自己定義と向き合い・格闘し続けている、というところから見てみると面白いかと思います。

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