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1匹の鴉、世闇に同化し眠っている。
だがある夜から寝られなくなった。
鴉は寝れないのは寂しいからだとわかっている。
なぜなら過酷な都会の街を飛び回って今日の飯にありつく、それだけで手一杯だ。
それに、鴉には仲間もいない、親の顔も知らない、人間からも煙たがれる。
自分が一体何か悪い行いをした言わんばかりの事をされる。
鴉は夜になると高いビルの屋上に寝床を作った。
その時、夜の空にポツンといる月を見つめた。
月を見た鴉は悲しさと願望が湧いた。
月も誰もいない夜に地球を照らしてくれる。
あいつも1人なのかな?それとも俺には見えないだけで、実は仲間がいっぱいいて幸せなのかな?
もし仲間がいるなら羨ましい、もしいないのならば頼もしい仲間だ。
ドアの開く音がした。
いつもの癖でそっと看板に身を隠した、すると1人のサラリーマンが出てきた。
若い男だった、シャツも髪もぐちゃぐちゃの皺だらけ男は片手に缶を持って飲みながら都会の夜を見つめていた。
次第に男からすすり泣く声が聞こえた。
鴉はあまり人間の言葉を理解できないが、感情を読み解くことはできる。
男が悲しんでいることはわかった。
だが、鴉にはなぜ人間の男が悲しむのかわからなかった。
なぜなら、鴉は毎晩ひっそりと月に願い事をしていた。
生まれ変われるなら人間になりたいと自らの命をかけて願っていた。
鴉から見ると人間には仲間いて1人寂しくないからだ。
しかし、この男からは仲間がいるようには見えなかった。
むしろ疎外され一人ぼっち見えた。
鴉は困惑した。
人間になりたかったのに、人間になってもあまり今と変わらないのだとはないかと。
今の状況を打破する唯一の頼みの綱だった。
人間になることが意味を成さないと感じ取ってしまったからだ。

ある夜半、上から声をかけられ鴉は起きた。
夜空に浮かぶ月から話かけられた。
どうやら、月が俺の願いを叶えてくれるみたいだ。
だが、同時に月は条件を付けてきた。
もう鴉には戻れないことだ
鴉は焦った。
確かに願いが叶うのはいいかもしれないが、人間になっても今ちっとも変わらないことを知ってしまったからだ、鴉は次の満月まで考えさせてくれと言った。
月はそれを了承してくれた。
満月までの一週間。
鴉は生きている中で最も長い時間と感じた。
鴉は人間を観察し続けることで今までは、憧れていた人間がどんどん嫌な存在になり、何も憧れるところがなくなってしまった。
追い打ちをかけるようにテレビから人間同士の争いの話が流れた。
よりいっそう鴉は人間への好感度は下がってしまった。
苦悩
鴉は自分の人生で最も大事な分岐に立っていることを改めて実感した。
毎晩1分1秒を体に刻みながら生きていた。
ダメだ。
何度考えても人間になりたくない、だが月がちっぽけな俺の願いを叶えてくれるのは、もうないかもしれない。
いったいどうすればいいんだ。
鴉は期限の数日前に腹を決めていた。
約束の満月の晩。
珍しく都会なのに明かりも音もしない静寂な夜になった。
月はこちらに問いかける。「鴉よ、お前はどちらを選ぶ?人間か?それとも鴉?」
鴉は月を見つめ「俺を人間にしてくれ」一言言い放った。
月は少し驚いた表情で返した「そうか。それは面白い。よかろう、お前の望みを叶えてやろう!」鴉は感謝の言葉を述べる前に体中が伸びる感覚が襲った。
三本指が五本になり、腕が生え、人間に近づいて行った。
鴉は人間になり終わる寸前に体から出た羽を大事に握りしめた。
気が付くと鴉は人間になっていたしかも、シャツにズボンとサラリーマンの格好になっていた。
自分の体に起きたことに驚いた。
だが、月の声は自分には届かない。
人間になって少し都会の夜景を見ていた。すると
ドアが開く音がした。またあのサラリーマンだ、いつもみたいに泣いている。
鴉はそいつに近寄る。「おい!こんなとことで泣くなよ!ほらこれで涙ふけよ」人間になった鴉の手からは真っ黒だが、どこか暖かさを感じられるハンカチをサラリーマンに渡した。
サラリーマンは受け取り涙を拭いた。
鴉は続けて声をかける「このままご飯食べ行くぞ!今は休もう!」そう言い切るとサラリーマンと肩を組み室内に向かって歩きだした。
室内に入る寸前のとこで鴉は月に向かって頭を下げてこう言った。「ありがとう、あんたが俺を人間にしてくれた、もしかしたら人間の方がつらいかもしれない。でも、鴉のままだと何も始まらないから人間になって頑張るよ!ありがとう」一礼してから室内に入っていった。
月は微笑みながら呟く「さみしくなるな。俺の唯一の仲間だったのに、そろそろ俺も別の者になってみるか。人間になったら鴉に会えるかな?」月の楽しそうな笑い声が都会の夜を穏やかに包んでいった。

                              甲骨 仁

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