自家消費の禁忌;同じものを交換する人間

 人類学が研究対象とする多くの部族社会では、自分が数年間精魂込めて貯めた全財産をある日を蕩尽してしまうことが多々ある。信じられないだろう けど事実である。有名なスペインのトマト祭りを思い出してみよう。農民が家族総出で炎天下で一生懸命働いて生産したトマトを4トンも5トンも持ち出して投げ合う。トマト祭りの起源は一部の若者たちによりトマトを投げあいながらふざけたのが始まりと知られる。スペイン当局はこの不遜極まらない若者の食料破壊行為を禁じた。しかし、規制に反発するのはいつの時代も若者の特権。スペインの若者に観光客まで加わってトマトを投げ合うので、スペイン当局の観光振興策として認めざるを得なかったのがきっかけである。生涯、生産したり蓄えた全財産をある日突然蕩尽してしまう。この不思議な蕩尽の考え方が人類には幅広く見られるから面白い。しかし、この考え方の背景には、「自家消費の禁忌」というこれまた不文律が下地となっている。

 「自家消費の禁忌」とは自分で自分のものを消費してはならないという不文律だ。最も身近な例は、自分の家族の中の女、つまり「自分の娘を自分の息子の嫁にしない」ということだ。他ならぬ、インセスト・タブー(近親相姦の禁忌)のことだ。もっと馴染みやすい例としては飲み会でのビールの交換があげられる。飲み会の席で自分で自分のコップに静かにビールを注ぐ場面を思い浮かべてみよう。楽しい飲み会に水を差す結果にならないだろうか。要するにお互いにビールを注ぎ合うのが「仲のいいグループ」の「正しいやり方」なのだ。あまり意識してないだろうけど、探してみれば様々な場面で贈与交換を行っているのに気づく。他人の子にお年玉をあげ、自分の子も他人からもらう。同じ金額が財布移動するだけなのに一生懸命交換する。同じく、祝儀を出し同じ金額をもらう。香典も同じだ。1000円出したら1000円もらう。祝儀や香典の場合は「すぐ翌日に対応」とはならないので忘れないように帳簿につけておくわけだ。

 国のレベルでも同じ考え方が見られる。日本統治時代、満州と朝鮮に皇室の女を満州と朝鮮の王族に嫁がせた。つまり女をやり取りしていたのだ。男には価値がない。子供を産む性が喜ばれたわけだ。皇族の梨本宮方子が最後の朝鮮王子と政略結婚させられたのは案外知られていないようだが日本女性らしく敗戦後は孤児院を建て最後まで夫の国で奉仕活動を続けていた。高貴な慈善活動だったので韓国朝鮮人たちの間で愛され続けた女性だった。下の写真の右から2番めの女性が李方子氏(王族の葬式の際の喪服姿)。

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 「同じものを交換する」!!!自分の芋を人にあげて、自分は人から芋をもらう!!こんな不思議が交換を人類は幅広く行っている。この不思議な交換を経済学では交換とみなさない。この不思議な交換は実はすべての人類が行っている。これを人類学では「贈与交換」と称する。各社会によって贈与交換の交換材が異なるだけで、贈与交換の考え方そのものは人類に共通する。人間社会を理解する上で非常に重要な交換行為で、人類学が人間科学に貢献してきた重要な研究部門といえる。

 「贈与交換の暗号」は「親しくなりたい」という考え方である。他人と仲良くしたいという願望が込められている交換行為である。贈与交換は奥行きが大変深い分野なのでいっぺんに紹介することはできない。これから少しずつみていきたい。

 

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