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ヒトラーと戦えたフランス人 映画Napoleon

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 ‘人生は小説よりも奇なり’といったバイロンは主著よりもこの格言のほうが有名で、確かにそうと思える言葉の表現には、一言で無限の表現を言い表す詩人の才能が明白に込められています。
 たとえば、手作りの時計には長針と短針の他に沢山の歯車が必要です。時計の中で複雑に絡み合う歯車の一つ一つが、長針と短針を正しく回す時計の心臓で、直接噛み合っていない歯車も、時計を合わせるときは同じように針を動かしています。
 バイロンの‘人生は小説よりも奇なり’は、複雑に物語が絡み合う無駄のない小説よりも、多くの歯車に動かされている人の人生の方が複雑に出来ている、ということも表してくれていると思います。
 映画の「ナポレオン」も、緊張感が伝わる戦闘シーンと、キャストの演技、美しい美術の特別感を味わうと、ナポレオンを演じるホアキンの演技で、ジョセフィーヌを求めるナポレオンの心と、自分の直感を実行するナポレオンのバロメーターがシンクロして、ナポレオンを動かしていた歯車の趣深さを感じ取れます。
 映画のナポレオンは、侵略したエジプトでラムセス二世と思われる長身のミイラに近づき過ぎて避けられてしまいます。ポーカーフェイスで思わぬ拒絶を受け流すナポレオンの悲哀が、ほんの少し笑いになるシーンです。勉強熱心だったナポレオンは、本で読んだ古代の偉人に近づきたかったのかもしれません。しかし嘗て誰も歩んだことのない道を行くナポレオンには、誰かに憧れてその後を追う生き方は合いません。ナポレオンは、ナポレオンらしさで成功する人です。ファラオであれ、歴代のフランス皇帝であれ、民衆であれ、誰かに似てしまえば、ナポレオンのナポレオンらしさは薄まってしまい、可能なことも不可能になって、ナポレオンの目標の成功率は下がってしまいます。
 ナポレオンには直観ともいえる、信念の指針があります。ナポレオンの心は、フランスを、戦場を、そしてジョセフィーヌを求めていました。
ナポレオンは自分の心が求める信念の指針を目指して船を漕げば、必ず勝利に到達する才能に恵まれています。
 ですから、フランスのために愛するジョセフィーヌと別れて、政治のためとはいえ全く好かない別の女性と再婚しては、ナポレオンにその気が全く無くても、自分の才能を見限って捨てています。とても悩んで決めたこととはいえ、国か妻か、成功した人生か幸福な人生か、フランスか愛する人か、二つに一つの選択に苦しんで、国が繁栄する生き方を選んでフランス王らしさを大事にしては、ロシア皇女に世継ぎを生ませても、得意の戦で勝てなくなるのは致し方ありません。
 ナポレオンが英雄になるには、ナポレオンの直観が示すことに、ナポレオンが従わなければ才能は発揮されません。ジョセフィーヌと離婚したナポレオンは、英雄に導く己の直感に自ら背いています。本来の好みを無視するナポレオンは、自分の直観を実現する最強のナポレオンから一歩も二歩も下がった軍人です。もしも無名のナポレオンと国王になったナポレオンが戦うことになれば、若いナポレオンが勝ってしまう不幸が起こってしまいます。ナポレオンが自分の直観が好むままにジョセフィーヌを求め続けるような人物であれば、フランスはナポレオンの勝利で世界の超大国になれていたかもしれません。
 ナポレオンがジョセフィーヌと離婚せずにいたら、大国ロシアとは皇女との結婚を担保にした外交交渉に頼らずに、十分な警戒と準備を重ねて交渉したかもしれません。フランス軍のロシア遠征は大敗の戦として知られていますが、敵に侵攻しているのを知られていながら攻撃に備えるのは、奇襲が得意なナポレオンに有利な戦いではありませんでした。そもそも、世継ぎのいない王としてフランス国内を纏めるのに苦戦していれば、遥かロシアまで遠征して戦争をするよりも、フランスにいながらロシアと戦う方法を考えたかもしれません。
 また、国民の求めに応じるフランス王として跡継ぎが必要なナポレオンには、ジョセフィーヌに頼んで彼女のタレント性で国民からの指示を得る方法もあります。浪費家と知られるジョセフィーヌに最初は国民も反発するかもしれませんが、貴族らしい豪華な王侯趣味とは異なる新時代を予感させるジョセフィーヌのファッションセンスは国民を惹きつけます。また、ジョセフィーヌは前夫との間に子供がいる母親でした。優れた自己プロデュース力で子供達と親しむ母親の姿を国民に知ってもらえれば、‘家族のいるフランス皇帝’のイメージをナポレオンのために作れました。ナポレオンに子供がいない問題は解決されませんが、少なくとも国民の意識を世継ぎ問題から逸らせている間は早急に国の世継ぎを求めて離婚しなくて済みます。その間にナポレオンが他国を侵略していれば、広大な領土を安全且つ公正に統治するために、ナポレオンの死後はフランスを共和制に戻す方針にしても自然だったかもしれません。
 ナポレオンは天才と呼ばれた軍事の専門家です。皇帝になってからも、皇帝らしさを意識せずに若い頃のように才能一つでフランスを率いるつもりでいれば、ナポレオンは歴史に残っている以上にヨーロッパの重要人物になっていたかもしれません。ナポレオンがヨーロッパを征服して、他国の王族を排したヨーロッパの皇帝になる可能もありました。ロシアやイギリスやドイツの王族の王位をナポレオンが剝奪していたら、第一世界大戦でヨーロッパ各国の王族が争うこともありませんでしたし、第二次世界大戦時にフランスにナポレオンがいたら、パリはドイツに占領されませんでした。ナポレオンは底無しに強い軍人で、時代を選ばなくても活躍する強人です。
 ナポレオンの強さにジョセフィーヌは直接関係していませんでしたが、ナポレオンが世界最強でいられた期間はジョセフィーヌを素直に求めていた時期です。ナポレオンが自分の心に正直でなければ自分の才能を充分に発揮できないのであれば、ナポレオンは自分らしさを意識するためにジョセフィーヌと一緒にいるべきだったのかもしれません。ジョセフィーヌよりもフランスをより愛していても、フランスを第一に思って、自分らしさを維持するために愛するジョセフィーヌと一緒にいてもよかったのです。ナポレオンが心で愛するよりも、理屈で愛する人物であったら、正直にジョセフィーヌとフランスを天秤に乗せてフランスを最優先するためにジョセフィーヌと離婚していなかったかもしれません。生きながら人生を選択することは一滴の水から深海を探るように困難で、文字盤だけを見ながら時計を改造するほどに難しいです。
 もしかしたら、ナポレオンが自分の一生を一度学んで、人生を修正するために生き方を変えたら、なにをやり直したでしょうか。人生をどう考え直して、いつからやり直すために生き方のどこを変えるのでしょう。フランスの歴史を学んでも、本を探しても、記録を求めても、ベートーヴェンの曲を流しても、ナポレオンの映画を見ても、本人に直接会って話しをしなければ知りたいことは聞けません。ほんの少しだけ、人生を繰り返しても変えない拘りを フランス 軍隊 ジョセフィーヌ とこたえを返してもらえているのでしょうか。

「ヒトラーと戦えたフランス人 映画Napoleon」完

©2023陣野薫


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