見出し画像

一期一会。

私が風景写真家の傍らで地道に研究しながら続けていたのが声楽家であった。
パーキンソン病の悪化に伴い風景写真家一本に絞り、現在では専ら聞くだけのオーディオマニア化している。それでも未だになおも悩み深きことは、どうにも止まらない芸術表現するという行為への爆発的衝動である。

しかし、もう離れてしまって数年は経つ。
もう鍛え直すという事も出来ずにいるからには、何らかの異なる形による表現方法は無いかと探した挙句、この度のblogで紹介したい音楽について綴っていきたいと思う。

私が高校生の頃、FMラジオで当時流れるクラシック音楽が何よりの楽しみであった。
合唱部や声楽で声の音楽を学ぶ傍ら、ピアノ練習に勤しみ、将来の夢としては音大に入るか学問の方で得意だった社会学系を活かして法学・経済学部に入ろうか迷っていた時期である。

そんな中、出会った強烈な音楽のうちの1つがスコット・ロスさんが奏でるバロック音楽であった。

数々の曲を演奏された中で、手元に残してある音源は今やカセットテープにあるJ.S バッハのパルティータのみ。
当時はまだまだ様々な演奏に出会う機会があり、むしろ私にとってパルティータは導入口である。
むしろ抑えめで上品な印象を受ける。

今の地に住まい、長い期間声楽家として活動しながらピアノを弾いていたのだが、その中で、自分がピアノを弾く上でルーティーンとしていたのが、J.S バッハの平均率から弾くことであり、その後にはスコット・ロスさんの名演があるイタリア協奏曲を弾く事だった。

と、いう長い前置きで失礼するが、そのイタリア協奏曲を是非お聞きいただきたい。(全楽章リンクあり)

このイタリア協奏曲であるが、J.S バッハの曲の中でも珍しい部類に入るのでは無いかと思われる。
第1楽章の明るく弾んだ心、イタリアの太陽に照らされた風景が浮かんでくるような情景が浮かぶように思われる。こうした情景をも描かれる手法というのが珍しいと私は考える次第だ。
スコアを手元に置きながら聞いていると、彼独特の、もしくは現在のピアノでの表現とは違う弾き方に次はどうだ?とワクワクしながら聴ける。

とにかく力強く、明るい。

第2楽章であるが、今度はピアノでのノンペダル奏法でも及びもつかないような奏法で弾かれている。第1楽章でも感じるものがあるが、装飾音の豊かなバリエーションとリズムの取り方、音の繋ぎ方、音楽の深さともに感じ入る事甚だしい。

第3楽章は爽やかな風を感じる雰囲気のフーガだ。
軽やかに軽やかに、馬車が疾駆していくかの如くフィナーレとなる。
強烈苛烈な音も荘厳さの表現として持ちながらも、イタリア旅行にはいらないとばかりに、まるでスカルラッティの音楽か?と思わせるような華を咲かせてみせている。

私がまだ高校生の時にその太く短い人生を終えた、稀代の演奏家、スコット・ロス。
その魂を込めた演奏は少なくとも1人の人生をも変えた、まさに一期一会とも呼べる出会いだった。

彼は締めくくりまで強烈な終焉であったらしい。そういったことに向き合いたくなる時間を、変幻自在なその演奏で過ごさせてもらえそうだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?