観光旅行は絶好のお仕事日和 〜中山道編 前編〜
今年も早いものでもう11月を過ぎてしまったが、皆様いかがお過ごしであろうか。
今年は幸い、じーなとしては体調回復後に有難いことに撮影の機会が増え、ストック画像が貯まる一方で外付けHDDを増やさなければならない事態に陥るという嬉しい悲鳴が上がるのだった。
それでは前回の東海道編の続きである、中山道編を綴っていきたいと思う。
時は数年遡る。
徳川家康公400年祭にちなんで東海道中膝栗毛と称したドタバタ弥次喜多珍道中であったのだが、帰りは中山道へと向かった旅程であった。
______ 名古屋市栄の繁華街にあるビジネスホテルでの朝 _____
起きるとともに気づいた。今日は平日、渋滞に巻き込まれる!
コンビニは残念ながら近くにない。
じゃ、朝食はどうしよう???
「1階に松屋があるから、行こうか。」
確かに、ホテルの朝食に行ってしまうと名古屋の車社会に飲み込まれてとんでもない目に遭うのは容易に想像できた。
一も二もなく相槌を打つとそそくさと朝食を終えて出かけたのであった。
混む前に何とか高速道路に乗ることができたが、恐ろしいほどの車社会であった。
大阪の方がまだマシというレベルの自動車優先での道路が築かれている。
高速道路に乗ったのはいいが、ナビにしがみついて岐阜の中山道入口にあたるジャンクションまで必死で案内していた。
はー、やっと標識だけで辿り着けそうな郊外へ出た。雨、止んでくれないかなー。
と、思っていると、お目当てのジャンクションまでさほど時間を要しない所まで進んでいた。
「俺さー、中山道ならまず妻籠宿に行きたいんだよな。」
_____ !? おやおや、これは次の目的地の発表は彼にとってラッキーに違いない。
落合宿行かなくていいの?実はこっちの予定は次に妻籠宿だったんだけど。
「落合宿だと、大き過ぎね?」
_____ はい、左様ですか。ごもっともです。
じーな的には、山中の宿場をということで、妻籠宿を選んでいたのだ。
彼もどうやら雰囲気を味わいたいという意味で一致したようだった。
そして、しばらくのんびり車を走らせていると、現地へ到着する。
おや?雨が止んでる。これはラッキー!
久能山東照宮の時と違って、濡れずにいい観光ができそうだ。
さあ、行きましょうか。
ひたすら、無言で路地を歩く。
2人とも数百年前からの空気に浸りたいということだ。
ここをまず起点にしておいて良かったと思えた。
まぁ、時折観光名所の常というか、他の観光客の方の騒々しさに萎える時もある。
仕方ない。そういう時は間を空けて歩く。
どこもかしこも江戸期の匂いがぷんぷんと立ち込める。
そぞろ歩くだけでもお腹いっぱいご馳走様という弥次喜多であった。
最後に歩いた現在でも泊まれるという宿場まで歩いて、実に満足して車まで戻る。
雰囲気に浸ってお腹いっぱいであったが、今度は朝が早かったせいか、2人ともどちらともなくお腹の虫が鳴る。
「せっかくだから、信州そば食べよう」
では、その信州そば屋の店を探しながら、一路中山道をひた走る。
途中、なかなかいいお店が見つからずますます腹の虫の大合唱だ。
そんな中で、出てきたポイントが中山道の入り口だ。
が、しかし走っている国道からは外れている。それをあえて行くのか?
我が家の自称歴史好きの夫は喜び勇んで、ハンドルを国道から逸れるように切る。(返事より早かった。)
あのー、信州そばはどーしたの?!
「ちょっと歩いて来ていい?」
「エーーー!お腹空いてるのに・・・」
心底この冒険好きもいい加減にせいと言いたくなった。
まぁせいぜい足掻くのは仕事用のフォトを撮ったくらいだ。
あまり時間をおかずして戻ってくるなり、
「そーいや俺、朝メシの後に何も食ってないことに気がついた。」
ほら、やっぱり電池切れてるじゃないか。
という訳で、次にいく宿場街の前に無事に信州そば屋に辿り着き、美味しく地元の名物をいただいた。
その間に次の宿場街の確認をとる。
さあ、行こうじゃないか。
次のポイントとして着いたのは、奈良井宿。
ここに至るまでに天候は回復し、見事な青空に迎えられた。
しかし、暑くて敵わない。
早速、五平餅とソフトクリームを注文する。
「お前なー、どっちかにしろよ。」
まぁまぁ、そんな事言わずに。だって暑いし、名物は食べとかなきゃ!
だからどっちもでじーな的には正解。さっきのお蕎麦はローカロリーだしねー♫
と言うわけで、日陰で食べ終わった後に歩き出す。
ひたすら通りをまっすぐ歩く。
幸い、他の観光客の方はいないようで、貸切状態だ。
江戸情緒を空気ごと感じ取る。
一番高い所へ到達し、振り返る。
青空と緑とのコントラストに目を奪われる。
素晴らしい景色が広がっていた。
そして来た道をとって返す。
行きは雰囲気が良く保存状態が良い事に感動していてあまり細かい事は見えていなかったのだが、帰りは気になる建物のフォトを撮って歩くことが出来る程に余裕を持って歩いていた。
武者返しを過ぎると、いかにも武人が寄居していそうな空間に出会う。
いかにも無骨な佇まいであるが、江戸期の様子を良く残している。
「てっぽう」と書かれた看板がいかにも明治期以前を思い起こさせる。
このように直に触れ合う機会はそうそうない。
正に貴重な時間であった。
下の方へと向かうに連れて、それなりの身分の方がいる区画だと思わせる建物が連なる。
そしてまたしても蕎麦屋さんを発見。しかし、本人には言えません。
理由は「徳利家」さんと看板が出してあったからである。
ただでさえこの呑兵衛さんは「ザル」もとい「枠」である。ここで蕎麦前なぞ注文されては敵わない。
気づいていないのを良いことにスルーする。
しばし後に奈良井宿の街道の終点までたどり着いたようだ。
やれやれ。結構な距離を歩いたものだ。
脚がもって良かった。
「おーい!こっちにまだ川を渡って行ける道があるぞー!」
_________ いい加減にせい!
__________ 続く。To be continued to next trip.
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