行き先のわからない旅行記 (3)

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「この活動を続けるのなら、東京に出よう」と決めた僕は、とある会社で歌手のマネージャーを始めた。が、簡単に言うと、ブラック企業だった。「会社の近くに社宅を借りてくれる」という条件だったはずなのに、用意された家は中央林間。「神奈川じゃねぇか!」というツッコミもできず、「終電がありますので…」と帰ろうとすると舌打ちされるような、色々壊れている会社だった。(その後めでたく潰れたらしい)

「ここに居たらおかしくなる」と思った僕は、ほんの数ヶ月でその会社を辞めた。長年勤めていた会社を勇気を出して辞めてまで転職したのに、ものの数ヶ月で再度無職になってしまった僕は、この時の「東京に住めると思ったのに、実際は神奈川だった」というショック(通勤が本当に辛かった)の反動で、東京のど真ん中、原宿に住み始めた。

素敵なアーバンライフを…と夢見た僕だったが、実際に住んでみると、なかなかに息苦しい。おしゃれなカフェやアパレルショップだらけで、スーパーはほぼ無いし、定食屋も無い。20代前半男子のずぼらさも手伝って、毎日コンビニ弁当が中心だった。「家庭料理の温かさ」に飢えていた僕は、時間があれば、そんな店を見つけるべく近所を探し回っていた。

そしてついに。「観光地としての原宿エリア」が終わる辺りに、隠れるようにあった一軒の小料理屋を発見したときは嬉しかった。片付いていない座敷に、カウンターが数席。80歳にもなろうおばあさんが、一つ一つ、注文された魚を焼いている。

僕がこの店を気に入って何度も訪れるようになったのは、このお店に「激辛シャケ定食」があったからだ。激辛というのは、唐辛子的な辛さではなく「とんでもなくしょっぱい」の意味。焼くとたちまち切り身から塩が吹き出し、やがてガリガリに固まるようなシャケ。しかしこれ、ただしょっぱいだけではなく、うまみが倍増している。北海道生まれの僕としては「焼き鮭といえばコレ」なわけで、ご飯にうずめて塩気を移しつつ頂き、最後はお湯をかけてお茶漬けのようにして食べる…という食べ方が大好きなのだ。(実際、昨日も食べました笑)

「なんでこの店名にしたんです?」とおばあさんに問うと、「生まれが山口なのよ」との返事。「わけあってこっち(東京)で商売してこんな年になっちゃったけど、やっぱり地元の、あの風景だけはいつまでも忘れられなくてね」__

「秋芳(あきよし)」という名前のその店を懐かしくなって調べてみたが、店があった場所は、やはり、おしゃれなアパレルショップに変わってしまっていた。お元気だったら90歳近いだろう。

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「秋芳洞(あきよしどう)には行っておいたほうがいい」とのメッセージを友人のギタリストからもらった僕は、その小料理屋のことを思い出しながらレンタカーを走らせていた。

前日、バーテンダーさんからの話で心は九州に向かっていたが、旅行好きな彼の一言で「僕も、おばあさんの言っていたその風景を見てみたいな」と動かされたのだ。

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写真を晴天にしてくれるアプリの効果のたまもので非常に美しいですが、実際は曇りでした。笑

人影の無い秋芳洞・秋吉台を散策し、新山口に戻った僕はレンタカーを返し、新幹線で九州に向かうことにするが「いや、一度下関で降りて『たかせの瓦そば』を食べるか…」などとも考える。

話の冒頭に出てきた「長年勤めていた会社」はホテルであり、当時の総支配人は、一時期山口県にある関係会社で働いていた人だったので瓦そばには一家言あったようだ。「いいか、山口に行ったら『たかせの瓦そば』を絶対に食べろ。他の店で食べちゃ駄目だ。川棚温泉にある本店で食べるのがいちばんうまい。」と、よく言われていた。

しかしじつはこの旅行の数ヶ月前に、僕は「たかせの瓦そば」を食べていた。友人のピアニストと下関に旅行した際、「ここまで来たのだから、君にも、総支配人の教えてくれた『たかせの瓦そば』を食べてもらいたい」とプレゼンテーションをかましていたのだ。その熱量は伝わり、わざわざ川棚温泉の本店で食べる事と相成り、その美味しさを共有できたばかりだったのだ。

レンタカーを新山口駅で返し「瓦そばはこないだ食べたばっかりだしなぁ…」と思いつつ、駅の構内をちらりと見ると、別の店ではあるが瓦そばを供している店を見つけた。ここで僕は初めて総支配人の教えを破り「ジェネリック瓦そば」に手をだしたのだが、結果、その味に相当へこみ、貴重な胃の容量をこれに割いてしまったことを悔いた。

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たかせの瓦そば

本州から九州へ。真っ暗で見えない関門海峡のトンネルの上には、下関の町並みが広がってるはずだ。ちらちらと「ほれみろ」という総支配人の顔が思い出され見え隠れするのが、くやしかった。ぐう。

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