歌い手界隈での”最大”の変化があった頃

このネット音楽界隈をずっと見てきた僕が、あの頃、そうですね、年でいうと2009年〜2010年の初め頃だったと記憶していますが、「ああ、ついに大きく変わったか!」と感じた瞬間が1回有りました。「何が変わったのか」そのお話をしようと思います。説明しづらくて、いままで文章化に手を付けていなかったのですが、今なら。ちょっといままでと変えて「です・ます調」で書きます。この話題についてはこちらのほうが書きやすいので。

僕が、遊び感覚でネット音楽活動を始めた頃。その当時というのは「動画投稿主である僕」も「見てる人」も、同じ位置にいました。例えるなら、同じクラスの同級生のようなものです。同級生の誰かが書いたオリジナルの漫画を、教室内で回し読むような感覚だったのです。ライブをするのも、その人たち(遊びで動画投稿している人)にとっては「遊びの延長」。つまり、仲間内での「ライブをする人」と「見てる人」なだけだったのです。

しかし、頻繁にライブが行われ、いたるところでCDが出て…と、まるで”本物の音楽業界のような” 活動が増えていくにつれて「歌い手と、そのファンの人」という「立ち位置の違い」がうっすらと見え始めてきました。そして、新しく歌い手として参加し始める人が、最初からこの「立ち位置の違いを意識しながら制作する」ことが増えてきたのです。

(ちなみにこれは僕が「それはおかしい」と説明しようとしている文章ではありません。実際にそういうことがあった、というのを説明しているだけの文章のつもりなのです。)

これに焦ったのは「遊びの延長」で活動していた(つまり見てる人と聞いている人に立ち位置の違いを求めていない)歌い手さんたちでした。「その違いがなかったから楽しかったのに!」という人と「いやいや、僕たちが新しい時代に合わせて考え方を変えるべきだ!」という2つの意見が彼ら(僕も含めて)の中で拮抗していた思います。

僕はその頃、「いつかもし、この界隈がすごく大きなものに変わっていくとしたら、いつか自分自身が変わらなくちゃいけない瞬間がくるだろうな。」とぼんやり思っていました。この先も、この界隈が広がっていくスピードに追いついていくためには、今の状況を変えなくてはいけない。しかしそのタイミングが今ひとつ分からなかったのです。

そしてついに「ああ、ついに大きく変わったか」と思ったのは、「歌い手」という名詞が、テレビやメディアに頻繁に取り上げ始められたあたりだと思いました。自分自身、その当時はテレビ局やラジオ局に呼ばれて、番組内で「歌い手とは」「ボカロとは」を説明する役割をしていた身なので、「この素敵な世界にみんな気づいてほしい」という気持ちと「できることなら、ゆるっとした感覚はこのままでいてほしい」という気持ちとが入り乱れていたと思います。「どうせ広がるはずないよ」と思ってた世界が急にググッと大きくなってきた時に「ついに来たか」と感じたわけです。

その「ついに来た」時に、僕がやらなくてはいけないと思っていたことが一つありました。それは「全員が仲間」の意識から「僕は発信者、あなたは受信者」の意識へと自分自身を変えること。わかりやすく言えば、Twitterで「ファンで居てくださっていた”同じ仲間”である方」とのフォローを切ったことも、一つです。そこまでする事なかったのではと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その時のTwitterは「◯◯さんにフォローされていること」を、一つのステイタスと考え始める人が出てきたのです。一種の”芸能人化”とも言えるでしょう。(追記:僕たちの中に今でも自分自身を純粋に”芸能人だ”とは思っていない様な感覚があるのはこの瞬間があったせいかもしれません。)一朝一夕でその感覚を変えるのはものすごく勇気が要ることだったのですが、実行した日はとても寂しかったです。でもそれはむしろ、僕はここでまだ続けて活動していく、もっともっと大きくして楽しい文化にしていきたいんだ、という決意の表れだったのだと思います。

この頃は、沢山の人が「その選択」を迫られていました。これが僕の思っている「一番大きな変化」だったように感じます。「そんなことがあったんだね」くらいで大丈夫です。

サポートをいただけましたら なるべく自分の言葉でメッセージをお返ししようと思います。 よろしくお願いいたします。うれしいです!