【小説】夢の中の横歩き

 JKFで検索すると、全日本空手道連盟が一番上にヒットしてしまう。蟹使いにとって、JKFといえばJapan Kani Festival、年に一回開かれる国内最大級の蟹のお祭りに他ならない。しかし、蟹なんて一般的な知名度も高くないし、相手が空手道では勝ち目はない。

 今年のJKFは未曾有の超大型台風の列島直撃により開催が危ぶまれたものの、運営陣の的確無比な予測と迅速絶妙な対応により、初日のみの中止に留まり、イベントを柔軟に変更させながらも今日明日の開催を実現した。英断である。

 すなわち、私が最も楽しみにしていた、シュンプリッシモによるゲストステージも無事行われるのだ!あの!シュンプリッシモが!国内で観ることができる!そうとなれば、万難を排してもKJFに参加せねばならず、万難を排した結果、私はホールの観客席に座りながら、ステージが始まるのを今か今かと待ちわびてあるのである。

 先程まで練習エリアで蟹を操っていた面々により、座席は徐々に埋まってきている。体の内で膨れていく期待感を諌めるように、受付で手渡されたフライヤー類に目を通す。シュンリプッシモの紹介チラシや、甲殻軌道のパフォーマーの募集、Nagoya Zariganing Kanivalの開催告知、次回は東京開催となった秘密キチンの宣伝などをペラペラとめくっていると、小さなクラフト紙が1枚抜け落ちた。拾い上げてみると、そこには控えめにこう書かれている。

Kani Short Film Festival
2020 . June . 31 (Sun)
区民交流センター蒲田 ラベンダーホール

 ショートフィルムフェスティバル?映画祭か?蟹の?蟹のだろうなぁ、JKFなんだから。え、でも蟹の映画?そんなのやってる人いるのか?というかまだツイッターでも見たことないイベントだな。蟹界隈の情報は大方ツイッターで流れるもんなのにな。先行告知のフライヤーなのかもしれない。
 若干の興味を伴って小さなペラ紙を裏返してみると、そこにはビッシリと文字の洪水で少々面食らった。なになに、Kani Short Film Festivalは、蟹がテーマとなる……

Kani Short Film Festival(KSFF)は、蟹がテーマとなる映画祭ならぬ"動画祭"です。音楽で言うライブとPVが異なるように、リアルタイムで演る蟹と撮影編集された蟹は似て非なるものです。昨今、動画ならではの多様な演出、ロケーション選択、編集技術が目を惹く素晴らしい蟹動画が毎日のように世に出ています。しかし、それを測る単位はイイネだけでよいのでしょうか?
素晴らしい映像に、相応しい栄光を。
KSFFを開催します。

そこまで読むと会場の明かりが薄く落ちた。ゲストステージが始まる。現実に引き戻された。夢のような現実に。


 翌日の帰りの新幹線の中でも、シュリンプッシモによるステージがフラッシュバックする。メインの蟹や海老のみならず、多種多様な甲殻類ともちいた演技とリアルタイムの映像技術が組み合わされたとんでもないスペクタクルだった。日本ではなかなか海老に手を出す人はいないが、やはり海外の蟹使いは海老慣れというかロブスター慣れしており、技術の土台が違った。伊勢海老ももっと普及してくれたら、日本にもああいうパフォーマーが現れるだろうが、なかなかザリガニやブラックタイガーでやっていこうという奇特な人はいない。それにしても蟹たちが描く軌道は、視覚化されるとあんなにも美しいものなのか。
 興奮冷めやらぬ。目をつぶって、自分があのゲストステージ上で蟹を操っているところを想像してみる。そこで私と蟹はワルツを踊るように舞っでいる。視点は引いていき、私のステップはスクリーンに射影されている映像となる。暗闇の中で大勢の観客が私の舞う映像を息を潜めて魅入っている。そんなイメージが無意識に脳裏に像を結んだ。

 KSFFは来年6月末日開催らしい。まだ半年以上時間はある。決めた。KSFFに出てみよう。

 そうと決まれば、早速作戦会議である。私はそこまで蟹の技術に自信があるわけではない。もっと上手い人の動画は日々ツイッターやインスタでこれでもかと流れてくる。だから正攻法ではダメだ。必要なのは技術ではなくストーリーだと、自然に思い至った。

Short Film部門
KSFFの主軸。5分以内の作品を当日上映、審査し、金銀銅賞と特別賞を授与します。切り貼りのルーチンでもよいですし、起承転結を柱とした作品もアリです。複数人名義での動画も大歓迎。例えばJapanese Shellfish in KJF 2019 やサークルの新歓PVも応募いただけます。1人で複数の作品に携わっていても問題ありません。ただし個人名義の作品は1人1つまで。既発表、未発表は問いませんが、概ね2019〜2020年に撮影したもので構成下さい。

 5分以内の作品なので、ストーリーはわかりやすい起承転結がいいだろう。でも単なるハッピーエンドは柄じゃない。どこか切なさというか憂いというか物悲しさのような情緒を帯びさせたい。蟹を持って練習にも行かず、身の内側から溢れるものをノートにひたすらを書きなぐった。自分でも何が書いてあるのかわからないくらい紙面がめちゃめちゃになってきた頃、イマジネーションが吐き出されてスカスカになった頭に一つの物語が残った。

 とある異国の島が舞台である。貧しい少年は、市場で粗悪な海老を泥棒して毎日を食い繋いでいた。ある日ヘマをして海老売りのオヤジに追いかけ回されて、島のハズレの屋敷まで逃げついた。盗んだ海老を両手に持って、肩で息をしていると、屋敷の2階の窓の中、赤々とした立派な蟹を見事な手捌きで操っている少女が見えた。少年は蟹と出会い、少女と出会った。窓のあちらとこちら、決して同じ目線では会えないにも関わらず、海老と蟹を介して2人は2人だけの時間を過ごした。そんな幼い育みを知らぬ屋敷の主は、島の泥棒を嫌って高い壁を屋敷の周りに築いてしまう。少年は絶望した。自分が泥棒であることを恥じた。海老を力任せに壁に叩きつけたら、あっけなく殻が砕けた。しかし、海老はまだ生きている。動いている。再び少女との時間を取り戻すために、涙を拭って少年は立ち上がる。

 怒涛の勢いでストーリーを書き続け、おおまかな映像のカット割りが決まった頃には、もう2019年が終わろうとしていた。まだこれから撮影場所もキャストも衣装も決めていかなければならない。これは言わば短編映画の領域であり、素人の自分にはかなり骨折りの挑戦だが、普段サークルで蟹を練習している時とは全く異なるワクワク感に包まれている。目線は、すぐそこの苦労よりもその先に映し出される作品に焦点を合わせている。

 それにしても、引っかかる点がひとつ。あの日フライヤーでKSFFが告知されてから2ヶ月以上経っているのに、何も情報が出回ってこない。ネットで検索しても、ハッシュタグで調べても、ホームページもアカウントも見つからない。開催は6月だけど、こういうのって作品の応募期間があるもんじゃないか。主催側で何かトラブってるのかな。まあ、蟹の映像祭なんて前例がないイベントだし、諸々問題あるのかもしれない。大会の審査投票もアプリを使って集計するとか、あのフライヤーにも書いてあった。運営も運営で挑戦的な試みなのだろう。

審査について
KSFF 2020では審査員の招集はありません。観客の皆さまが審査者となります。審査は投票アプリ(Votey)を用いてハイテクに集計します。事前のインストールをお願い致します(無料)。当日お渡しする投票者ID入力後、投票名に“KSFF2020”を選択して審査に臨んで下さい。

 アプリ上で投票ができちゃうなんてすごい技術だよなあ。何の気なしにQRコードを読み込んでみると、飛んだ先は予想に反してアプリのダウンロードサイトではなく、これは、ブログ? あっ、なんだここにKSFFの情報載せてたのか。と思いながら、そこに書かれた文章を読み進めていくうちに、自分はまだあのゲストステージの観覧席で夢を見ているんじゃないかという錯覚に陥った。ヒロインが見ていた夢の世界に、まだ私だけ取り残されているんじゃないか。

 周りの明かりが薄く落ちたような気がした。現実に引き戻される。悪夢よりもタチの悪い現実に。

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