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相対性理論と時空の関係について

物理学とモデルについて

 物理学とは世界の理を理解しようとする営みのことですが、それを実行する手段として物理学者はこの世界についての様々な「モデル」を使います。
 例えばニュートン力学では、「縦・横・高さを持つ3次元空間内を質点と呼ばれる点が時間の経過とともに動いてゆく」というモデルを使います。
 このモデルは、「現実世界から運動に関係ありそうな要素だけを残したもの」と言えます。例えばこの世界には「暑さ・寒さ」がありますし、物体には「大きさ」「やわらかさ」といった要素がありますが、ニュートン力学のモデルではそれらは捨て去られて、登場することはありません。
 我々にとって現実世界はあまりに複雑なので、そこにある全ての要素の関係について考えることは出来ません。そこで、今自分が理解しようと思う物理的事象について必要のなさそうな要素を削ぎ落とすことで、モデルを構築する必要があるのです。
 良いモデルとは、扱う要素は少ないが世界の再現度が高いものです。要素を削りすぎると、モデルは単純になりますがそこから出てくる結果が現実世界と乖離し過ぎて役に立たなくなります。また、要素を詰め込みすぎると、世界を良く再現できる代わりに、モデルが複雑すぎて理解が難しくなります。
 物理学者はこの綱引きを上手くやって、良いモデルを考案してきました。

時空というモデルについて

 相対性理論で出てくる時空という概念も、モデルの一つです。しかし、ニュートン力学で使っていた3次元空間(数学ではユークリッド空間と呼ばれる)モデルに比べると、実はかなり抽象的な概念になります。
 ユークリッド空間は私達の周りを取り囲んでいる「広がり」という直感的な感覚を、かなり忠実に再現しようとしています。なので、普段私達は自分たちがいる世界と、ユークリッド空間を殆ど同一視してさえいます。例えば鳥が空を飛んでいる時、それをユークリッド空間内の点として、その軌跡を描くことは容易ですし、逆にユークリッド空間内の点の動きを、現実世界のモノの動きとして想像することも出来ます。
 一方で、時空と呼ばれる縦・横・高さ・時間の4次元空間は、私達のどんな感覚からもかけ離れた概念です。私達は4次元空間を見たことがありませんし、その中を移動するという感覚も理解できません。

4次元生命体は捕まえられるか

 4次元空間という概念がいかに認識しにくいか、4次元生命体の振る舞いを見て考えてみましょう。4次元生命体は、縦・横・高さに加えてもう一つ別の次元を自由に移動できます。もし仮に、4次元生命体を見つけて、それを頑丈な壁に囲まれた密閉空間に閉じ込めたとしても、彼は簡単に外へ出られるでしょう。なぜなら3次元空間しか認識できない我々が塞げるのは、縦・横・高さの方向だけだからです。彼は開いている第4の方向へ移動するだけで良いのです。
 この「移動」を我々から見ると、彼が4次元方向へ動いた瞬間、我々の眼の前から彼は消えます。平面上しか認識できない2次元生命体にとって、平面の「上空」にいるハエの存在が認識できないように、3次元空間しか認識できない我々3次元生命体にとって、空間の「上空」にいる4次元生命体を認識することは出来ないでしょう。彼がたまたま我々の空間を4次元的に横切る時、その一瞬だけ我々は彼の姿が認識出来ます。

数学を使って4次元空間を説明できる

 4次元空間が、我々の認識を超える世界だということは分かりますが、それは我々が4次元空間を理解できないことを意味しません。例えば我々は3次元の球体が、原点から距離rの位置にある点の集合であり、その条件は

$$
x_{1}^{2}+x_{2}^{2}+x_{3}^{2}=r ^{2}
$$

と表せることを知っています。では、4次元球は

$$
x_{1}^{2}+x_{2}^{2}+x_{3}^{2}+x_{4}^{2}=r ^{2}
$$

となるはずです。(もっとも、誰も4次元世界を見たことがないので、これは我々の想像に過ぎないのですが。)

 つまり、3次元までで成立していた数学的形式を4次元にまで拡張することによって、つまり3次元から類推して、4次元空間について語ろうということです。実際こうすれば、4次元球の体積の公式

$$
\dfrac{1}{2}\pi ^{2}r^{4}
$$

を計算することだって出来ます。ただ、相変わらず、4次元球の姿を想像することは出来ません。3次元球はそれを切断したときの断面は円になりますが、4次元球の断面は3次元球になります。想像を絶している世界です。

 形は想像できないのですが、3次元の時と同様に、4次元空間内の直線・曲線・平面・球といった種々の幾何学的概念を数学的に定義することは可能です。そうして、4次元空間内で幾何学を展開することが出来るのです。もっと言えばn次元空間の幾何学を作ることだって出来ます。

なぜ4次元空間が必要なのか

 時空というモデルを使って我々がこれからやろうとしているのは、この世界で現実に起きている「物体の運動」という出来事を、4次元図形上の点の軌跡として表現し、それを4次元幾何学の概念で解釈するということです。もっと短く言えば「運動の4次元幾何学化」です。
 果たして、こんなことをするメリットがあるのでしょうか。少なくとも、ニュートン力学ではそんなことをしたことがありませんでした。なぜ相対性理論になると突然4次元空間が必要になるのでしょうか。
 1つ目の理由は、相対性理論の肝である相対性の考え方と、幾何学の親和性の高さです。「貴方が見ている事実と、私が見ている事実はどっちも違うが、どっちも正しい」というのが相対性です。相対性理論ではニュートン力学に対して、時間すら相対的であることが示されました。実際、運動状態の異なる2つの慣性系の間に、互いに合意できる時間が存在しません。しかしそれでも、2つの慣性系は、一つの同じ物理的現象を見ているのですから、一つの実体を異なる見方で見ているに過ぎないのです。相対性の根底には「同じモノを違う見方で見ているだけ」という考え方があります。そうでなければ、相対性とは単に各々が勝手なことを主張しているだけになってしまうでしょう。
 相対性理論が登場して、時間や物の長さといった、今まで絶対的だと思われていたものが相対化した結果、我々は相対性を強く意識せざるを得なくなりました。しかし、各々の観測者が観測するのは、自身のモノの見方、つまり座標系によって照らされた本質の影なのです。そこで「影の形という照らし方によって変わるものではなく、照らされている本質そのものの形を語ろうじゃないか」という考えに至ります。
 この考え方は、幾何学、特に計量幾何学でも同じなのです。何かある図形の性質を研究する際、計量幾何学では図形上に座標系を導入することが避けられません。そうしなければ、幾何学的概念を数量的に表現できないからです。しかし座標系の入れ方は無数に存在し、それによって測られる数量も変化します。しかしそれでも、それらの座標系はある一つの図形上に描かれているのですから、種々の座標系によって計算される結果には、その図形が持つ性質が反映されているはずです。そこで計量幾何学では「種々の座標系から得られる結果から、どうやってそれが描かれているところの図形それ自身の性質を抜き出すか」ということが自然と考えられてきたのです。
 こうして見ると、相対性理論で物理学者が対面した相対性の困難と、全く同じ問題が幾何学でも起きていることが分かります。しかし相対性理論と幾何学では、根本的に異なることがあります。幾何学では、常にそこに実体としての幾何学図形が存在するのです。幾何学で明らかになる事柄は、当然幾何学的な図形の性質として解釈ができるのです。一方物理学者は、その実体を持ち合わせていませんでした。
 そこで、物理学者も、相対論で明らかになる事柄を、何かある幾何学的な図形の性質として解釈しようと考えたのです。そこで用いられるのが時空という4次元図形なのです。ここで、運動を観測する観測者を一つ選ぶことを、4次元図形上の座標系を一つ選ぶことと対応させることにします。すると、慣性系によって結果が異なるという相対性は、対応する4次元図形上に異なる座標系を描くことで、異なる結果が得られることに対応します。しかし、ここで重要なのは、今までぼんやりしていた相対性理論における「運動の本質」は、今や4次元図形の性質という具体的なものに置き換えられたということです。しかも、これまで幾何学で当たり前に使ってきた概念や、数学者が発展させてきた数学的方法論も援用することが出来ます。一度こうしてみると、相対性理論のモデルとして4次元時空を使うというアイデアは、非常によく出来たものだと思われるのです。
 2つ目の理由は、重力があまりにも簡潔に4次元時空の幾何学的性質として理解できてしまうことです。1つ目の理由は、相対性を理解しやすくするために、相対論を幾何学として捉えようということでした。そこでは単に、相対論を幾何学の言葉に翻訳するだけでした。つまり物理から幾何学の一方向なのです。しかし話が一般相対性理論に移ると、事情がガラッと変わります。重力が時空の「曲がり方」という非常に分かりやすい幾何学的性質で翻訳できることが分かったのです。物理から幾何学への翻訳が、ただ言葉を借りるだけならあまり意味は無かったかもしれません。また、翻訳したはいいものの、翻訳した後の方が難しくては使い勝手が悪いでしょう。しかし、そうはならなかったのです。まるで、宇宙は時空というモデルを念頭に作られているかのように、相対論と時空モデルには不思議な一致が見られたのです。これほどスムーズに翻訳出来るからには、何かがあるだろうと、物理学者は大きな魅力を感じたのです。物理学と幾何学という、全く異なる出自と成長をしてきた2つの分野が、見事に融合したのです。(なので、特殊相対論の範囲にいるうちは、時空を使う恩恵は半分しか得られないのです。)

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