君と夏が鉄塔の上―読書感想文

 今年も蝉の声と共に暑さがやってきた中学最後の夏。

長期休み真っ只中、ぐうたら過ごしていた伊達成実が、久しぶりの登校日に帆月蒼唯に話し掛けられ物語は始まる。

 教室の隅で波風たてずにひっそりと生きてきた伊達は、クラスの中心からはほど遠い位置で周りの動向を気にしつつも、その輪の中に入ることなかった。机に顔をうつぶせ聞こえた事は、画面越しに眺める遠い国の話に等しく、少しの好奇心を抱くことがあっても、結局自分との関係性の低さに気づき、深追いすることはない。

 歩く爆弾こと帆月の奇行も、比奈山優の幽霊騒動も、伊達にとっては出来れば関わりたくない、非日常なドラマに過ぎなかった。 

 帆月に話し掛けられる、その時までは。

 目の前で話をする女子は何を考えているのだろうか。伊達は訝しげに感じながらも、彼女と彼女のしようとしていることに興味を持つ。得意分野の鉄塔について聞かれるということ自体悪い気はしないし、読書感想文も褒められた。それに女子に誘われるだなんて。些か理想とかけ離れ強引の一手ではあるものの、平凡奥手中学男子には奇跡に近い出来事であることは確かだった。

 当然公園に呼び出されれば、断るなんてことはできやしない。 例え、一緒に呼び出されたであろう比奈山が男前で、クラス中で不気味がられている異端な存在だとしても。

 帆月が言い出した内容も言ってしまえば突拍子もないことであった。

鉄塔の上の男の子。

その正体をつきとめるというのだから。比奈山を呼び出した理由が、幽霊専門なら、伊達は鉄塔専門ということだろう。人に理解されない趣味が、ここで初めて日の目を浴びる。

 かくして、周りからしたら可笑しな組み合わせの三人―編成としてはかなり利にかなっている―が、残り少ない夏休みを共に過ごすこととなった。
 不格好に手を繋ぎ鉄塔を見上げたり、工場中断中曰く付きマンションで改造自転車を造ったり。夏祭りに、心霊スポット散策。

 文句を言いつつも毎日引き寄せられるよう公園に通ってしまう伊達とハツラツ明快、気の赴くまま二人を巻き込み我が道を行く帆月、しらっと斜に構えた態度がたまに鼻につくけれど実は面倒見のいい比奈山。三人の会話が微笑ましく、ありし日の情景が浮かぶ。

 夏は体を焼くように暑く、時間は思いとは裏腹に、流れる汗のごとく、止まることなく先へ進む。

 帆月と比奈山の一般離れした性格と言動は、三人を突き動かす原動力となるけれど、伊達からすれば卑屈の原因にもなっていた。一緒にいればその差は歴然と浮かび上がってくるもので、公園で二人を見つけた時も、改造自転車の案を出す時も、自身の考えを言葉に出すことを躊躇うくらいには、彼らに距離を感じていたのは明白である。

 ただ、私は鉄塔を語る姿に、彼もまた彼らと同じものを持ち得ていると知る。結局自分自身で気付くには時間がかかるものだ。彼らはまだ若く、無責任にも、まだ知ってほしくないとさえ思う。悩んで、考えて、時にはぶつかって、ひねくれて。時間をかけて自分を知っていけたらいい。

 互いに互いを気にかけ、時より軽口を叩きながら、暑い夏を駆け回る。

 比奈山の家族を知り、帆月の心情を垣間見た伊達は思う。

僕は―本当に、何の役にも立たない。

 帆月の不安も拭えず、比奈山のように頭を回し格好よく振る舞うこともできない。自分が不甲斐なくて仕方ない。
 後悔先に立たずとはよく言ったもので、吐き出した配慮のない言葉を思い返し、自己嫌悪に陥る。もっと上手くやれたはずだったのに。人付き合いが苦手な分、慎重にならなくてはいけなかったのに。いつでも感情が先走り、思うように物事を進められない。

 伊達の葛藤はもっともで、けれど、それでも帆月との約束を守り公園へと赴く姿に、彼の中で彼女の存在がただの同級生ではなくなっていることに気付く。

 物語は終盤、現実が曖昧になり、三人を夏の怪奇へと誘う。

 一人忘れられようと鳥居をくぐった帆月を連れ戻すため、伊達と比奈山が思案し強行策に出る。改造自転車で空を飛ぶというのだ。

 自分が連れ戻すんだという恋慕を含んだ強い意識を持ち、恐怖に立ち向かう伊達。帆月を案じながらも、焦る伊達を心配し助力する比奈山。

 帆月と真剣に向き合う二人の間に、この短い期間で出来た細い線が見える。それはかけがえのない絆になりうるもので、彼らを不安定に、けれど、確実に繋げている。

 彼らの夏休みに終わりがあるように、物語は必ず終わる。それは少しの寂しさを連れてくるけれど、決して悲しい別れではない。

 今まで景色に潜んでいた鉄塔が、目に留まるようになる。それが物語と私を繋げる確かな証。

 陰が落ちる顔を上げ見渡せば、いつでも変わらずそこにある。忘れていく日常でそれだけは忘れないために、毎日飽きることなく見上げていきたい。

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