見出し画像

洋館の中で見つけた日記 106 【登下校】

20☓☓年。
研究所にて自分らしさを忘れてしまうP-ウイルスが流出した。
瞬く間にウイルスは蔓延。
世界はポカンハザードに陥る。
ポカンから逃れるため古い洋館に駆け込んだ。
そこである日記を見つけた。

読んでいただき、ありがとうございます。
ポカンハザードの世界で日記を書いております。
励みになりますのでフォローしていただければ幸いです!!

画像1

◆登下校

小学1年生の記憶はだいたいこんな感じ。

私は団地の前で空を見ている。

秋晴れの清々しい空気。

団地の玄関ポーチの穴にある巣から雀が出てきてチュンチュン鳴いている。

隣の団地に住む友達は20分ほど遅れてきた。

「ごめん。おはスタ観てからもう一回寝ちゃった。」

いつもどおり2人で学校に向かった。

隠していた棒切れを取るため団地の端の草の茂みに立ち寄る。

その棒でコンクリートの壁や道端の毬栗を叩きながら歩く。

他の生徒はもう学校に着いたのかランドセルを背負った姿は私たちだけだった。

ほどなくして花柄の黒いドレスを着て大きなスカーフを巻いたおばさんに声をかけられた。

「飴ちゃんどうぞ。」

年は50代で髪はウェーブしてボリュームがあり、何個かフリルのついたリボンをつけている。

ファンデーションで肌が真っ白なおばさん。

手には黒いノルウェージャンフォレストキャットを抱えている。

「いってらっしゃい。」

おばさんから20歩ほど離れたあたりで、友達が声をひそめて聞いた。

「あれ誰だろう。」

「カツラさんだよ。悪い人じゃないよ。」

私は5歳上の姉からおばさんの話を聞いていた。

カツラさんと呼んでいたのは髪がかつららしいという噂のため。

不思議な人だが地域の子供を見守っているとのこと。

私にとっては『ホーム・アローン』に出てくる鳩おばさんみたいな人だった。

もらった飴はサクマ製菓のいちごみるく。

両端が結ばれてリボンのような包から三角形の結晶を取り出す。

歯で割るとミルクの甘みが広がった。

学校の前には地域の中で一番大きい北公園がある。

本来の通学路はこの公園の外側を回っていくのだが、私たちは近道をするため度々公園を通った。

その日も公園に入った。

入ってすぐに屋根のついた2メートル四方の四角いベンチがある。

休みの日は近くの小学校から知らない子も集まり、遊戯王カードを持ち寄る場所。

ベンチを横切り原っぱの方に進む。

足元には顔の大きさほどの柏の落ち葉が10センチほど積み重なっている。

どこからこんなに集まるのか不思議だった。

ガサゴソと足に当たる音が心地良い。

学校の向かいにある遊具に着くとターザンロープやブランコに乗った。

そのまま学校に行くことを忘れて遊び続けた。

チャイムが3回鳴った後、先生が迎えに来て学校に入った。

団地で暮らしたときの思い出はこのように自由な感じだった。

画像3

時間は進み2月。

帰りの会が終わると教室の掃除をする。

掃除当番を決めるのは色画用紙で作ったルーレットだったが、早く終わらせて遊びたいためみんなで掃除した。

鬼ごっこが楽しかった。

私は並べられた机の間をフェイントを織り交ぜながら逃げた。

ときに机やイスをずらして壁を作った。

追う側はだいたい隣の団地に住む友達だった。

彼は背の順が先頭で、相対的に運動神経は良いとは言えなかった。

追いかけっこはしばらく続き、息切れして汗をかいた。

背の低い友達と学校を出るころには外は薄暗く、雪が強く降っていた。

その日もまっすぐ北公園に入った。

フードを被って、私が前、友達が後ろになって黙って進んだ。

公園の真ん中は遮蔽物がないため寒風が強くなった。

ゴーゴーと風に乗った雪が吹き付け、視界は3メートルほど。

『南極物語』を思い出し、雪山で遭難したような気持ちだった。

公園を3分の2ほど進んだところで私の右足が膝下まで埋まった。

足を引き抜くと靴が奥に残っている。

手で引っ張っても取れなかったので、早々に諦めて、私は右足が裸足のまま家を目指した。

そのとき不思議と足が痛かったり冷たかった記憶はない。

団地の前に着き友達と分かれ、4階の家に帰った。

母と姉は私の足を見て驚いたが、私は靴がない理由を伝えられなかった。

姉は靴がなくなったのは友達のいたずらのせいだと考えたらしい。

次の日授業が終わると姉の同級生が集まっていて、大勢で靴を探してくれた。

よく遊んでくれたR君は学校の屋根の上を探し先生に怒られた。

それでも私は最後まで黙って見ていた。

今でも靴をなくした理由を知っているのは私と一緒に帰った友達だけ。

あのときの私は悪いことを隠したいという気持ちだったのだろうか。

それよりも思っていることを言葉にできなかったという方が正確な気がする。


小学1年生、登下校の印象的な思い出。

画像3


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?