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わたしとめがねと黒目の1万日

こないだ、こんなつぶやきをした。

2020年に開催されたJINSのキッズメガニスタアワードは、「近視の子供が増えている今だからこそ、メガネをかけるってかっこいい!そう思える子供をひとりでもふやすため」に開催されたメガネが似合う子どもたちを表彰するイベントである。

#キッズメガニスタアワード| JINS - 眼鏡(メガネ・めがね)

2年前のイベントを最近知り、Twitterでは「うれしい」と表現したが、正直に言うと「羨ましい」という気持ちもあった。そして、羨ましいと思う自分がいたことにびっくりした。なぜそう思ったのか、これまで見てみないふりをしてきた自分の過去と向き合ってみようと思う。

👓めがねがあるのが当たり前

ツイート内容とかぶるが、わたしは2歳から眼鏡かけている。現在32歳なので既に30年の付き合いである。計算したら1万日を越えていた。わお。

今でこそアイデンティティだが、別に好きでかけていたわけではない。

生まれつき斜視なのだ。斜視とは、こんな状態らしい。

両眼の視線を目標に向かって合わせられない状態(両眼でものを見ようとした際に、一方の眼は目標を見ているにもかかわらず、片眼の視線が目標とは別の方向に向いている状態)を指します。

メディカルノートより

わたしの場合は内斜視なので、黒目が内側に寄っている。
そして寄っていることで、人より視界が狭いらしい。

「らしい」で終わるのは、生まれつきなのでこの状態しか知らないし、そういうもんだと思っているからである。機能として困るのは3D映像が飛び出ないくらい。(*症状は人それぞれです)

ただし、身体の機能面以外で困ること悲しくなることは山ほどあった。

😢行動と気持ちを制限されてしまう

❶高すぎるめがね


当時めがねはレンズとフレーム別々にお金がかかり、高価だった。眼鏡屋さんも気軽に行くというより、ちょっぴり緊張する敷居の高さがあった気がする。
わたしの場合、レンズが特殊なこともありさらに値段は張った。フレームとレンズで3万3000円。500円玉くらいしか使ったことない子供にとってはとんでもない高級品だった。

元々妙に気を使う子どもだったので、親に何か言われたわけでもないのに「自分の顔に3万3000円が乗っかっている」ということが結構な恐怖であった。いつボールが飛んでくるかわからない体育の授業、めがねをぶつけないように慎重になる外遊び…(加えて、わたしは運動神経が良くない😂)。

そして、服装の変化に合わせて新しくしたいと思っても「3万3000円」がチラつき、親にお願いすることはできなかった。

❷どうやら、わたしは「かわいそう」らしい

めがねをかけていること/斜視であること、それぞれで傷つくことは多い。

当時、幼少期からめがねを掛けていることはめずらしかった。
小学1年生の時に上級生に「メガネザル!!」と言われて泣いたり(メガネザルは知らなかったけど、悪意がこもっているのはよくわかった。今調べるととてもかわいい🐒)。生まれつきなのに「勉強・ゲームのやりすぎるからめがねをかけることになるんだ」と知らない人に言われたり。

そして斜視であることは、外から見るとわかりやすい。
「どこ向いているの?私に話してる?」と聞かれたり、ストレートに「気持ち悪い」と言われたり。そういわれたことを家族に伝えると、悲しそうな顔をされた。

かわいそう、大変、みんなと違う…
時間が過ぎると共に、「わたしはどうやら普通ではなく、そしてそれはあまりよくないことなのか」と刷り込みされていた。

👼救世主は2つの眼鏡屋さん

使い始めて30年。実はめがねを掛けることへの負担はとっくに消えている。

Zoffと冒頭で紹介したキッズメガニスタアワードを主宰されたJINSのおかげである。

・レンズ込みでリーズナブルでわかりやすい価格帯
・気軽に入れてすごしやすいカジュアルな雰囲気
・多様なバリュエーション

気が付けば、世間の雰囲気も「めがね=矯正器具」から「ファッションアイテム」として変化していった。嬉しくてうれしくて、「毎日めがねを変えられるように!」とアルバイト代で7本めがねを集めた。

いまではいろんな眼鏡屋さんが登場し選択肢も増えたが、一生ZoffとJINSでめがねを買い続けると思う。それだけ感謝してもし足りない。

そうした企業が、モノを売るだけでなく、企画を通じて子どもとめがねの出会いを明るいものにしようとしていることがとっても嬉しくも「わたしの子どものころにあったらよかったのに…」と羨ましくなってしまったのだった。

🔥負の遺産は残したくない

一方で、斜視であることは結局受け入れられていない。他者や社会から向けられた「かわいそう」「普通ではない」に縛られてしまっている。

美容院、Web会議…
自分の顔を見なければいけないシチュエーションになると、黒目が寄っている事実を突きつけられ落ち込む。

人の目を見ることも本当は怖い。気にしすぎだと頭でわかっていても、ふとした時に「変に思われないかな、気持ち悪いって思ってるんじゃないかな」と悪い妄想が止まらない。

もうわたしはしょうがない。自分を受け入れられていないということ自体も受け止めて、自分と向き合い続けるしかないと思う。

でも、だからこそ。これからの世代はそんな経験をしてほしくない。
わたしの場合は容姿というわかりやすい側面で違いが現れたが、性格・考え方・趣味……、誰だって多かれ少なかれ自分を偽ったりマイノリティだと感じる部分を抱えているのではないかと思う。また、自分を偽っていることに本人も気づいていなかったり、違和感を明文化できていないのではないだろうか。

どんな特徴も互いに自然と受け止められる社会が作りたい。
それが前回の記事でも書いた、わたしの夢「一人ひとりが自分の好きなことに正直でいられる世の中を作ること」、Mutureの夢「相利共生の未来を実現する」に不可欠だと思っている。

出発点は丸井グループの各事業へのコミットを通じて。
いずれはMuture 独自の新規事業として。
誰もが「しあわせ」を感じられるビジネスを実現して夢をかなえて生きたい。

そのために、GW明けもお仕事頑張るぞー💪

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つらつらととりとめもなく書いてしまいましたが、「ふたをしていた自分の過去と向き合ったら、今のお仕事とつながっているという話」でした。

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