朝のスピーチ
人間誰しもが君は平凡でつまらん奴だと言われたら嫌な顔をすると思う。バンドマンだとか絵描きだとかのアーティストにそんなこと言った日にはきっと激昂して絶縁されるだろう。
今日、世界ではやたらと"個性"が持て囃されている。特技や経歴、性格やジェンダー、最近じゃ障害や精神病も個性だとか正直加速しすぎている気もする。が、こうした個性の解釈拡大が起こるのは現代ならば当然で、それは人々の焦りに原因があると僕は考える。
産業革命が起こり、二度の世界大戦と冷戦の終了を経て、宗教や政治思想の権威は完全に弱体化した。21世紀に入るととうとう人間は従属するものを失い、何かに所属することで得られた社会的意義やアイデンティティを消失してしまった。つまり現代人は"個"という人間のコアがの部分が露出している状態にあるのだ。それを何かで保護、或いは武装しようと必死になった結果、個性というモノで自らをキャラクター化することで対処しようとしている訳である。
だが、いくら渇望しようと個性とは求めて手に入るものではない。ただそこに人生という時間と経験が先天的な性格に覆われて出現しているだけなのだ。君も僕も何者にもなれない。我々は今日も盾となる属性を求め、また剣となるオリジナリティを欲しては矛盾の沼から出られないでいる。
いつの時代でもタフに健康に生きたい。
おはようございます。
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