タフなんかじゃない。傷ついていることに気づけないんだ。

3週間ほど前、職場の精神障害者メインの就労継続支援施設で、あるトラブルがあった。

✳︎人との関わり方が分からないAさん、自分は頭が悪く、全て自分が悪いと言う思いで思考停止しているBさん✳︎

Aさんは、身体障害者であり鬱病の精神障害者。もともとは建築の仕事をしていて、現場作業中に高所から落ち、片足が不自由になった。それまで暴言や暴力により周囲を押さえつけることで人間関係を構築していたいたAさんは、怪我を機に周囲の人がそれまで思い通りに動いていたのが動かなくなり、結果鬱になり、医者のことも信じていないので服薬もままならないまま通所している。

一方Bさんは、既婚者で夫婦揃って発達障害。本人は自閉スペクトラム障害が強めで、自己肯定感がとても低い。何かあるとすぐ謝るし、全て自分が悪いと言う思いで思考停止する。でも逆にだからこそ周囲とのトラブルも無く、傍目から見てハードな仕事も文句ひとつ言わず黙々とこなす、スタッフ的には溜め込んでないか心配しながらも、つい頼りにしてしまうタイプ。一方奥さんも同じく利用者で、奥さんは多動と鬱が強くて、月に一回程度のペースで「あんな素敵な旦那は私にはもったいない」という謎の理由で、歩道橋の上などから「今から死にます!!!」と定期的に電話をかけてくる。

✳︎利用者さんが利用者さんをフォローする事の難しさ✳︎

少し前、オーナーは施設の改修をAさんに任せ、B君に手伝いをするよう指示を出した。そしてB君には「Aさんは気性は荒いが、お前には力持ちな所しか長所は無いんだから、何が何でも食らい付いていけ」と指示をした。

本来ならスタッフが指示だけ出して、後は何日も関わることなく立ち会い無しに利用者が利用者の指導や管理に回ることはまず無いはず。と言うか、あるにはあるけど、「ピアサポート」という今年4月から始まったこの制度は、ざっくり言えば利用者をスタッフ同様に雇用して(スタッフより就労時間は短いけど)、研修を受けてもらい、同じ利用者の立場で利用者の家族の相談や制度の説明や服薬指導なども含めて利用者のフォローに回るというもの。そしてこれを実施できれば行政から施設にお金が多めに入る。

でも、正直私の個人的な感覚ではこの制度は「絵に描いた餅」という感じがする。そこまでできるならとっくに一般就労に就いて施設を卒業しているだろうし、それが難しい利用者さんにそこまで求めるのはあまりにもハードルが高く、酷で、指導する利用者さんも指導される利用者さんも共倒れになりかねないと感じる。

でもウチの事務所のオーナーは変わり者なので、「施設は利用者に世の中の厳しさを教える所」と頻繁に言い、今回の件は特にオーナーからの直接の指示に基づくもの。恐らくこの新制度の事が頭の中にあってオーナーはいずれこの制度に基づく取り組みとして行政に申請することを視野に入れて指示を出したのだと思う。

だけど実際Aさんは普段から利用者やスタッフ誰彼構わず怒鳴りつけたりマウントを取りにくるし、かと思いきやスタッフが昼食やミーティングをしていても参加してきて「俺は他の利用者とは格が違う」と自分は半分スタッフだと思っていて、他の利用者やスタッフを下に見る話をしては、いかに自分が他の利用者のポンコツぶりに苦労しているか、いかに自分は他の人に比べて幸せかを説いてくる。私から見ると、どう見ても不安定だし、他人との接し方をまだ掴めずにいて、だからこそ虚勢を張っていて、誰かに甘えたくて仕方ないんだろうなぁ、という状態に見える。

そしてこの2ヶ月ほど、いつも事業所には早朝から深夜、そして土日やお盆など、スタッフが居ない日もこの2人での作業は続いていたらしく、実際私が出社や外出から戻るたび、AさんがBさんを大声で罵倒する声が聞こえていた。(Aさんは、「ドヤ!」という感じでわざとスタッフや他の利用者の前でB君を怒鳴りつける事でアピールしたりマウントを取ろうとしているように感じる事も度々あった)

いつものこと?
でもさすがに酷すぎない?
その日は朝も昼もAさんの怒鳴り声が響き続けた。

✳︎こういう場合、どう接するべきか。私とAさんとの関係✳︎


私は直接AさんやBさんに関わっているわけではないし、何よりオーナーの指示で施設の収入に大きく関わる事業として行われているものなので本来私は介入すべきでない。だけど、スタッフが立ち合わない状況下で作業が進んでいる中で、その日はこれまでと比べてもさすがに度を越していると感じ、私はわざと時々「ひょっこりはん」のようにチラッと顔を覗かせてみたり、Aさんの見えるところからわざとジーッと見て圧をかけたりして気にかけていた。

私自身、実はこれまでも普段、自分が担当している利用者さんがAさんから絡まれた時は「これは私の指示でやってもらってる事なんで」と言って割って入っていた。

それでもガタイが良く、ガラも良いとは言えない威圧的な態度で絡まれた利用者さんがAさんの言いなりになろうとする事は頻繁にあって、そういう時は「別に同じ利用者さんの立場のAさんの指示に、◯◯さんが従う筋合いはないと私は思いますが、◯◯さんはいかが思われますか?」「(絡まれた利用者さんは)でもああ言われるとやっぱり気になっちゃうんです」「そうですかー。どうしてそう思っちゃうんでしょうね?笑。」なんて自問自答してくれればイイな、と思いながら更に突っ込んで投げかけてみたりみたり「次もしAさんから何か言われても、『私(JenMey)の指示なので』と言ってAさんの指示は「どうでしょうねぇ」とか適当な返事で聞き流して作業をそのまま続行してください。」「私からのお願いです。」などちょっと強めに言うなど、できる限りの範囲で私なりにAさんに他の利用者さんが潰されずに共存できるよう、言葉かけをしてきたつもり。

一方Aさんも、私が無条件にAさんを肯定してくれるとは限らない存在だと認識しているようで、普段から私の事を避けがちだし、こちらから挨拶をしても無視したり、かと思いきや「暑い中お疲れ様です!」など労うと、すごく嬉しそうに笑顔で喋りかけてきたりして、なんらか意識されてはいるけど信頼されてる感じはしないな、という感覚があった。

✳︎Aさんの怒り✳︎

その日の午後、オーナーの指示とは言え、私と先輩スタッフがAさんがBさんに対する扱いがあまりにも目に余るがどうしたら良いんだろう。オーナーの指示とは言え、あんまりだよね。毎日あんな状態って、健常者ならとっくの昔ににブチ切れて喧嘩してるから辞めてるか、鬱になってるよね。

Bさんはきっと自己肯定感も低くて家庭もあって、だからこそ、ここにしがみつくしかないと思って必死で耐えているんだろうけど、やっぱりそろそろ限界だと思う。私自身も毎日こうやって見過ごしている自分にもやるせなくなってきた。どうせ最低時給のバイトだし、もう最悪オーナーと衝突しても良いからどうにか割って入る方法は無いかな?と、2人でお互いなかなかロックな内容の話し合いをしていた。するとちょうどそこにAさんが怒りながら駆け込んで来た。

Aさんは「もう!無理、あんなアホの面倒なんて俺には無理!」を怒りながらひたすら繰り返す。

そこで先輩は「一体なにがあったん?」と優しく声をかけ、少しずつ具体的に状況を聞き出す。Aさんから見ると母親位の年齢の先輩の優しい声にAさんは少しずつ話し始める。「アイツはニスを塗る場所を間違えた。だからやり直さないといけない。間違えた事で、糊の付きが悪くなる。どうしてくれるのか。」

✳︎Bさんの涙✳︎

そしてBさんを呼んで話を聞くことにした。Bさんは建設業やリフォームなどの経験は無い。「Aさんの指示はいつもバカな自分には理解できない。ニスに関しても表に塗るのか裏に塗るのか分からなかった。だからAさんに何度も聞こうとした。けれどその度に『前にも言ったやろうが!』『自分で考えろや』『ガタガタ言わずに早よせいや!』と言われて、『分かりません。教えてください』と言っても、『アホが!』だけで会話が終わってしまい、結局分からないまま一か八かやるしかなかった。僕がアホやからダメなんです。全て僕が悪いんです。僕がアホやから・・・。」そう言いながらBさんは涙を流す。

「悔しいよね。辛いよね」先輩がそう言いながらそっとティッシュを差し出すと、Bさんは「分からない」「なんで涙が出るのか分からないけど、涙が止まりません。すみません」と繰り返し、何度もティッシュに手を伸ばす。

私は胸がギュッとなって、思わず「Bさんはそう思うんだろうけど、私には全ての原因がBさんにあるとは思えません。Aさんは、長年その仕事をしていて、Bさんは初めて。Aさんの『分かってて当たり前』の事が、Bさんにとっては初めての事なんだから、分からなくて当たり前。だからBさんはやり方を確認しようとしたのに教えなくて、結果こういうことになったのだから、Aさんに責任が全く無いなんて私にはとても思えないです。」と言ってしまった。

結局、先輩と私が何を言っても、「ありがとうございます。でも・・・」と、「僕が全て悪いんです」「僕がバカだから」「僕には力仕事しかやれないのに。」「なんで涙が出るのか分かりません、泣いちゃって、すみません」を繰り返すばかりだった。それで最終的には、BさんにはAさんの指示はメモを取ること、そして再びAさんを呼んで、「間違った後で対応する手間を考えたら、質問に答える方が楽だと私は思いますが、いかが思われますか?」と示唆するに留まった。

・・・そして結局、その5分後2回戦が始まり、AさんはBさんをまた罵倒し始め、割って入りながら1時間半無力感に襲われていた。

✳︎感覚が鈍磨していたとしても、感じてないわけじゃ無いし、鈍磨だからって、傷つけて良いわけじゃない✳︎


心の強度には個人差がある。繊細な人もいれば、まさに「鈍感力」を体現しているような人もいる。普段何人も発達障害の二次的なものとして精神疾患を抱える人達を見ていて思うけど、自閉の傾向が酷い人は、パッと見「鈍感力」を発揮していてタフなのだと誤解される事が多い。でも実際は鈍感力を発揮しているのではなく、感じているけど、それを表現する術を知らなかったり、身体感覚に気づくのがあまり得意じゃ無いだけで、傷つかないわけではないのだと改めて思う。

と言うよりむしろ、一般化しすぎても良く無いけど、わたしの感覚としては、発達障害の人は、鈍感力どころか寧ろ自己肯定感が極端に低くて、繊細な人も多い印象がある。

傷つかないタフマンではなく、傷ついていることに気づいていない、或いは傷ついたことを表現できずにいる。その可能性を自分の中の選択肢に持ちながら、一見頼もしいタフな利用者さんに接していくことの必要性を改めて感じた出来事だった。

✳︎追記✳︎

その後、色々あって出社不要になった私は、人づてにAさんとBさんのその後を聞いた。相変わらずだとのこと。でも、Aさんの家庭に事情があり工事は一時中断しているという。そしてBさんは、どうやらAさんの言葉も私たちスタッフの言葉も、一切届かないように心を閉ざす事で自分の心を守っているように見える、とも聞いた。

もしその見立てが正しいのであれば、なんと切ないことだろう。世の中はAさんやオーナーのような人ばかりではなく、Bさんを支えたいと思っている人も沢山いるのに。でも、今までの辛い局面を乗り切るためには、心を厚い氷で閉ざし感情を殺す事が必要だったという裏返しでもある。多分今後会う事がないBさん。Bさんの今後の長い人生で人との関わりの中で温かさに触れることがあるように、心から願う。

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