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とある日の兄妹喧嘩_1

ある夏の日。

2人の高校生兄妹が平和に夏休みを過ごしていた。

兄は井上裕太。
高校3年生で部活動にも入っておらず、主にゲームをするなどゴロゴロとした生活をしており、性格は少し子供っぽいところがある。身長は165cmで体重は54kgと痩せ形の体型である。

妹は井上彩香
高校1年生で小学1年生から続けてきた柔道を高校でも継続し、毎日厳しい練習を積んでいる。髪はショートカットで顔は美人というよりは可愛い系で、クラスからファンも多い。身体は高校の稽古や基礎練で更に筋肉に厚みがつき、レスリング選手のようにムチムチ度合いが増してきている。身長は162cmで階級は63kg級である。

祐太と彩香はたまに一緒にゲームしたり、小学生の時は裕太が妹の柔道の練習に軽く付き合ってあげたり、昔から仲が良かった。しかし、あんな些細なことから兄妹関係を根本からぶち壊れるような事件が発生するとは当時は誰も思わなかった。


8月1日の夕方の時だった
祐太は家で1人でゴロゴロとゲームをしていた。今日は実況パワフルプロ野球のサクセスモードで選手を育てていた。最後の大会直前にダイジョーブ博士の手術に失敗してしまい、最高の選手育成の夢は潰えてしまった。

「まじふざけんなよー!せっかく3年間育ててきたのに台無しになっちまったよ!」

午後の苦労が水の泡となってしまい、裕太は少し苛立っていた時にちょうど妹の彩香が部活から帰ってきた。
友達の親に車で送ってきてもらったみたいで、柔道着のまま玄関から上がってきた。腰には中学2年で取得した黒帯が結ばれている。

「ただいまー、あー練習疲れた〜。お兄ちゃんまたゲームやってんの?そろそろ受験勉強も真面目にやった方がいいんじゃないの?」

まさしく超正論なのだが、今日の祐太はタイミングが悪く、素直にその発言を受け入れる心境ではない。

「うるせーなぁ。受験生は大変なんだよ。彩香だってこの前のテスト赤点取って補習受けてたくせに。」

普段ならあまりしない悪態をついてしまう。
彩香も普段ダラダラしてる兄に言われる筋合いはない。

「あたしは部活が大会前だったし、仕方ないでしょ!毎日ダラダラ過ごしているお兄ちゃんと一緒にしないで!」

「お前こそそもそも女が柔道やってて何になるんだよ。そんなことやるんだったらちっとはお洒落したり、勉強したりしろっての。そんなんだから彼氏の一人もできやしないんだよ!」

会話はどんどんヒートアップする。彩香も自分の部活のことまで余計に触れてくる兄に対して怒りが込み上げてくる。

「うるさいなぁ。お兄ちゃんもゲームばっかしてるから彼女できないんじゃないの?」

と兄のやっていたゲーム本体の電源ボタンを押し、強制終了させてしまった。ゲーム画面がプツンと消えた。

「お前ふざけるな!何するんだよ!」

裕太は彩香の理不尽な行動に激昂し、飛びかかりそうになったが何とか堪えて彩香を睨み付ける。

事態はいきなりの一触即発状態となってしまった。

「なにお兄ちゃん。あたしに殴りかかってくるつもり?やめといた方が身のためだと思うよ。いつも運動も何もしていないお兄ちゃんが昔から柔道やってるわたしに勝てる訳ないじゃん。」

「なんだと!調子に乗るなよ、このやろうー!」

祐太は我慢の限界を超え、彩香に向かって突進していく。

「仕方ないなぁ。」

彩香はやれやれと迫りくる兄を軽く受け止めようと身構える。

「うおぉー!」

祐太は彩香の柔道着の襟や肩あたりを掴んで全力で押し倒そうとする。

彩香は少し腰を落として構えたが、組み合った瞬間に思わず

「え…?」

思わず声が出てしまう。自分の体が全然押し込まれない…。あまりにも衝撃が軽すぎる。部活で女子と乱取りするときの半分以下の圧力にしか感じなかった。
祐太は顔を真っ赤にして全力で力を込めているみたいだが、少し腕や腹筋に力を入れるくらいで容易に受け止めることができた。

「このー!んっ!んっ!」

祐太は押してもびくともしないので、次は引っぱってみたり、彩香の体勢を崩そうと数十秒に渡って試みるがビクともしない。

「嘘…!?お兄ちゃんって、こんなに力無かったの…?」

先ほどまで怒っていた彩香の表情があまりの驚きで真顔になる。真顔のまま、真っ赤な顔で力を込めている兄の様子を観察する。

確かに体重は彩香の方が少し重いことはあるが、それを差し引いても想定外の兄の非力さに驚愕していたことは事実だった。

「お兄ちゃん、ほんとに全力で力入れてるの?わたし全然力入れて無いんだけど…。でも、それで本気みたいだね…」

彩香は祐太の非力さに哀れみを感じつつも、少しずつ力を込めていく。

「お兄ちゃん。残念だけど、お兄ちゃんの力じゃどうやってもあたしに勝てないよ。こうやってもっと力入れないと」

彩香は軽く祐太の服を掴み手前に引っ張ると、祐太は引っ張られるがままに前のめりになってしまう。

「あたしがちょっと力入れてるだけで、お兄ちゃんこんな崩れちゃうもんね」

ほらほらと彩香は祐太の服を引いたり押したりするが、祐太はその通りに前や後ろに振り回してされ続け、転ばないように堪えるのが精一杯だった。

彩香は最後に軽く「えいっ」と軽くバランスを崩した祐太の右足に左足をかけ、祐太を転倒させる。

左手は祐太の袖をしっかり掴んだままで、怪我させないようにそっと尻餅をつかせる。

「ハァ、ハァ…。くそぅ…」

祐太もそこまで痛みは感じていないが、妹に軽く投げ飛ばされたことに理解が追いついていない。

「お兄ちゃん、1回落ち着こうか。これ以上、力で喧嘩しあっても意味ないから」

彩香は事態を一旦落ち着かせようと大人の対応を見せるが、余計に祐太のプライドを傷つける結果となってしまった。

「うるせー!俺だってまだ本気でやってないんだよ!!」

再度彩香に立ち向かい、全力で押したおそうとするが、今度は先ほどとは逆の方向に崩されてしまい、足を払われてしまう。

その後も何度も立ち向かうが、結果は同じで何度も足を払われたり、足をかけられ、尻餅をつかされてしまう。

「そろそろいい加減にしたら?これ以上やっても無駄なのは分かるでしょ。」

彩香は息ひとつ切らすことなく、取り敢えずこの場を収めようとする。

「ハァ、ハァッ…。うるせーな。こんなの全然痛くも痒くもねーんだよ。」

「当たり前でしょ。怪我しないように転ばせてるだけだから!お兄ちゃん素人なんだから本気で投げれる訳ないじゃん!」

祐太は自分が手加減されていることを知り、兄としてのプライドが更にひび割れていく。

しかし、兄としてこのままやられっぱなしで引き下がる訳にはいかない。何としても一発食らわせないと気が済まない。

「ふ、ふざけるな。お前なんかになだめれてたまるかー。あ、兄より優れた妹なんかいるはずないんだー!」

祐太は何度でも立ち上がる。
幸い軽く投げられているだけなので身体に痛みもない。

しかし…、押し倒そうとしても相手は仮にも柔道黒帯だ。組み合う勝負ではこちらが武が悪い。それなら…

「うぉー。これならどうだぁー!」

祐太は打撃攻撃へ切り替えた。我をも忘れ、妹の顔面に向けて拳を放血、兄失格とも言うべき行動に出てしまった。

しかし、

「パシッ」

そんな大振りのパンチは、これまで柔道の様々な組み手争いを経験してきた彩香にとっては止まって見えるレベルのものだった。

祐太の右拳は容易く彩香の左の掌でしっかり握られている。

「ギチギチギチッ」

彩香は徐々に祐太の右拳を握る力を強めていく。

「ふーん、お兄ちゃん。妹の顔を殴ろうとするんだ。」

「痛ててて!離せって!お前ちょっと力あるからってまじで調子になるなよ!」

と左手も使って、彩香の手を振りほどこうとするがそれでも離すことができない。

しばらくすると彩香の方から祐太の右拳を離してあげた。そして彩香は睨みつけてくる兄を見ながら思いを巡らす。

当初は軽く力の差を見せつけて終わらせるはずだったが、人としての最低な行動をとる兄に侮蔑の念を抱き始める。

こんな最低なお兄ちゃん、このまま大人になっても大丈夫なのかなぁ。少し痛い目に合って反省させた方が良いのかも。本来は格闘技経験者が素人相手に技なんか使ったらいけないんだけど、今後のお兄ちゃんのためにも少しくらい仕方ないか。

彩香は思いを巡らせ、ある提案をする。

「じゃあさ、あっちの部屋でわたしとちゃんと勝負しようよ。お兄ちゃんは妹なんかに負けるはずないって思ってるんでしょ?」

「上等だ!あとで泣いても許さないからな!」

と祐太は即答した。いや、即答してしまった。
ここで引いては兄のプライドが廃る。兄の威厳を保つためには妹に舐められっぱなしで終わるわけにはいかない。

しかし、その選択がのちの人生を地獄に突き落とすことになるとはこの時の祐太には知る由もなかった。

「あっちの部屋でやろうよ」

と彩香はリビングの隣の練習部屋の方を指した。その部屋は15畳くらいの広さに畳が敷かれており、昔はそこで柔道の練習とかを一緒に付き合ってあげたりしていた。今は彩香の筋トレなどの自主トレルームとなっている。

彩香は練習部屋に向かっていく。

普通にお兄ちゃんに勝つのは簡単だけど、あの頑固で意地っ張りなプライドをへし折ってあげないと。あとは、お兄ちゃん身体弱そうだから、本気で投げて怪我させないようにも気をつけて…と。
柔道黒帯なのに素人に技使っちゃうのがバレると先生に怒られるけど、怪我させないし、改心させるためなら仕方ないよね。

彩香は柔道場以外の場で技を使うことに抵抗を感じるも、正当なる理由があることを再確認し、兄を更生させるために痛めつける覚悟を決める。

一方の祐太は口では強気に立ち向かったものの、先ほどの彩香の力を間に受け、冷や汗が走っているのを感じた。

しかし、男として逃げるわけにはいかない。自分も全力を出しきれば勝てると信じこみ、練習部屋に足を踏み入れる。

部屋の奥には柔道着を着た彩香が黒帯を結び直し、準備運動をして待ち構えていた。

「それじゃ始めよっか。どっちかが動けなくなるまでだよ。それじゃ、はじめ!」

彩香の号令とともに2人の歴史的兄妹喧嘩が幕を開ける。

次に続く。 『とある日の兄妹喧嘩_2』

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