いつもここから、この海から。

「うおっっっ!!」 

夜10時ちょっと前 
このクソ重く熱いズンドウに山盛りになった鶏ガラを 
ぶっ壊れて半分ヒビの入ったゴミバケツにあける。 

もうもうと湯気の上がるゴミバケツの傍らで 
夜空を見上げながらタバコに火をつける。 

地元に帰ったまではよかったが、事故で複雑骨折をしてしまい 
知り合いがせっかく口を聞いてくれた 
カメラマンのアシスタントも辞めるハメになった。 

足を引きずってハロワに行き、 
収穫ないまま高校の時にバイトしてた食堂に顔を出す。 

おかみさん「あら!さいあきくん!久しぶりだねぇ!」 

俺「あ、どうも。ご無沙汰してます。こっち帰ってきてて。。」 

おかみさんがラーメンを作っている間に 
今まであった3年間の事を話す。 

おかみさん「いろいろあったんだぁ。それで今、何してるの?」 

俺「ハロワの帰りなんだけど、足がダメで、職なくて。」 

その食堂はハロワの近くにあった。 

おかみさん「じゃあウチくれば?」 

俺「え?」 

おかみさん「あの人(店主)には、話しておくから!」 

俺は高校の時に続いて、またその食堂で世話になった。 





高校の時、駅から家まで帰るバスの中で 
食堂の窓ガラスに貼ったアルバイト募集の張り紙が見えた。 

ケッチ(HK250)のガソリン代も欲しかったため 
翌日の学校の帰り道、俺はその食堂に行った。 

「お前さん、どこの馬の骨か、わからんがな」 

家族経営のその食堂は、ジジイがトップで 
そのジジイは面接で初対面の俺に心許ない言葉を言う。 

(まぁ、ダメならダメで、いいか) 

お互い「様子見」でスタートした労使関係は 
数週間で誤解が解けた。 

俺はその食堂でカブを走らせ出前をこなし 
焼き鳥を焼き、料理を作った。 

家族の人はもとより、パートのおばさんや、 
住み込みの流れ者のおじさん、みんなに可愛がられた。 

俺が上京のために辞める日は 
なんかみんなよそよそしいと思ったら 
エビのから揚げとか、ひとくちカツとか、 
山のようにご馳走を作ってくれて 
サプライズの送別会を開いてくれた。 





せっかくそこまでしてくれて 
意気揚々と飛び出したのに 
こんな形で顔を出すのは気が引けた。 

だけど、とても嬉しかった。 

そして俺は、東京に残してきた彼女がいた。 
月に一度くらいしか会えない遠距離恋愛をしながら 
1日でも早く金を貯めて戻り 
一緒に暮らそうと思っていた。 

歓迎の再会でのれんをくぐったその店も 
あの時よりぜんぜんうまく行かなかった。 

ちょっと素直で気の利いた高校生が 
ちょっとの時間手伝うぐらいで 
お互いちょうどよかったんだろう。 

朝起きると憂鬱な日が続いたが 
彼女と暮らす金だけは貯めていて 
東京の友達から送られてくる求人誌と 
賃貸情報誌が部屋に山積みになっていた。 

20歳の誕生日に彼女が来て 
そして、ふられた。 

その時の落ち込みようといったら 
人生最悪だった。 

やる気がなくなった上に 
今までの鬱憤も爆発して 
ケンカ別れをして食堂を辞めた。 

何週間か死人のような日々を過ごし 
何もかも倹約して貯まり貯まった貯金通帳が 
やたら悔しく思えてきたある日 
小学生の時に関西に転校したカズユキに 
電話した。 

カズユキ「お前めっちゃ久しぶりやん!どうした!?」 

俺「関東の女にフラれて頭きたんで、貯めた金を関西でパーっと 
使おうと思う。つきあってくれ」 

関西に知り合いがいなかった俺は突然カズユキに電話をかけ 
夜行列車に飛び乗った。 

ベッドは上ほどいいと思っていたが 
夜行寝台の3段めは 
天井のカーブしている分、狭く窮屈で息苦しかった。 

寝苦しくて明け方に目が覚め 
客車でぼんやりしていたら 
目の前に海が開けた。 

(いや、海、じゃない) 

西に向う列車なら、右の窓に海が見えるはずだ。 
この「海」は、左の窓から見えた。 

(これが、もしかして、琵琶湖?) 

明け方のもやの中、向こう岸が見えないほど広く 
満々と水をたたえている。 

走っても走ってもその「海」は終わらず 
初めて見たその「海」は自分を釘付けにした。 

(なんかいろいろ、ちっぽけだったな) 

俺が元通りになったのは、その「海」を見てからだった。 







今年も横浜の友人から、ツーリングの誘いがきた。 
もちろんふたつ返事で了解する。 

(どうせ出るなら前泊するか) 

毎晩パソコンでGoogleマップをながめながら 
思いを馳せる。 

まだ真っ暗な3:00に家を出て 
深夜割で北陸道に乗る。 
ETCの深夜割も、どうやらこの6月で終わりらしい。 

高速代が値上がりしたら乗らないかといえばそうでもなく 
ETCだのハイカだの、そんなものが世に現れる前から 
こうして走っている。 

30分も走らないうちに雨が降り出した。 

雨は時間とともに激しくなり 
路面がしぶきで真っ白になるほど強く叩きつける。 

視界の悪さと寒さを堪え、やっとたどり着いたサービスエリアは 
飲食コーナーが工事中で雨風をしのぐこともできなかった。 

長居をしても仕方のないサービスエリアを後にし 
ふたたび雨の中を走り出す。 

木之本あたりで雨が上がり、気温もグングン上がってきた。 


カッパが乾いた頃、「あの海」が見えた。 


(お久しぶりです) 


今年、2年ぶりに琵琶湖に行った。 

何年に1度しか行かないけれど 
あの日俺の心を洗ってくれた水が 
今もかわらずたたえている。 

俺が生まれるずっと前から 
たくさんの人の心を洗う海がここにある。 

今となっちゃあ 

東京の女も 

ケンカ別れした食堂の人たちも 

ずっと昔の 

いい思い出。 

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