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NHKの安楽死特集が強烈だった件。


先日、NHKの番組で安楽死を選んだ一人の女性を特集していた。たまたまチャンネルを変えたら目に入ってしまったので、その番組を見ることにした。一人の女性が安楽死を選択して、スイスに渡って兄弟に見守れながら生を手放すという内容だった。


番組の中で、安楽死を選んだ女性は自分が痛みを伴いながらも動けなくなっていくのなら、今まだ言葉の発することができるうちに死にたいと言っていた。
毎日、動けなくなっていくのは辛すぎると。


私が思うに、彼女は家族に迷惑をかけるのも耐えられなかったのだろう。

そしてスイスに渡って2、3日、その日はやってくる。


安楽死を選んだ女性が、自分で点滴のスイッチ(?)を入れて体内に液体を取り込み1〜2分で死を受け入れるシーン。


姉達に最後に
「ありがとう」
と言い、安らかな顔で旅立っていった女性。


私からすると、死ぬその瞬間まで放送するのはいかがなものかとも思ったが、より安楽死というものがどういうものなのかということが分かって非常に勉強になった。

しかし、あのシーンが強烈に印象に残ってしまって今も鮮明に覚えている。



忘れられるわけがない。
一人の女性が生を手放したのだから。



この番組を見て思ったのが、死ぬほうはもちろんだが、死を見守る方の辛さを想像すると涙が止まらなかった。


安楽死をあたたかく見守る姉達を見て、なんて強
い人達なんだろう、妹の意志を尊重する素晴らしい人達だと思った。


では、

最愛の人が目の前で自分の意志で安楽死を選び、その命を絶つ瞬間にあなたは立ち会えるだろうか。


治る見込みがなくても
本当はもっと長く生きて欲しい。
どんな形でもいいから、生きて欲しい。

と思う人が大半だと思う。


だから日本の終末期医療は、患者本人の意思より家族の意思が反映されて、延命治療をしていることが多いとも言われている。


死に方を選ぶのも人間の権利だと私は思っているが、そもそも今の日本の医療では、延命治療をやめることはできるが、死ぬ瞬間を選ぶことはできない。だから、番組で女性はスイスに渡ったのだ。


延命治療、果たして本当にその人にとってそれが最善なのか、私はわからない。



一番意見を優先させるべきなのは
患者本人の意見であり
その家族ではないと思う。
(リビングウィルの話とかもあるが、それはまた今度)



命の火が燃え尽きるその瞬間まで
その人を尊重するべきなのではないだろうか。




安楽死のことも含めて、日本の終末期医療について、これから私達はよく考える必要があるのかもしれない。






p.s.
終末期医療についての記事は今後また詳しく書いていきたいなと思う。


参考文献:[日本老年医学会雑誌 45巻 4 号(2008:7)より]

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