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「ドールハウスの幽霊/The Phantom of the Dollhouse」6

 細長い身体とセクシーな容姿が売りのトップモデルたちは、自分たちと完全に正反対のツイッギーちゃんの人気に狼狽した。そんな彼女たちを完全に打ちのめしたのは、個性派モデルのプライスだろう。ツイッギーちゃんに負けず劣らぬ三頭身。なんといっても顔のでかさがすさまじい。けれど、あの目!あの大きな、大きな、大きな目のお陰で、その規格外の顔の大きさすらプライスの魅力になっていた。
 プライスは登場から別格扱いだった。ショーの出演料は新人モデルとは思えない破格の金額。にも関わらず、どのブランドも彼女をショーに出演させたがった。目と同じくらい印象的なのはプライスの艶やかで豊かな髪で、どんなカラーに染めようと、どんなスタイルにカットしようと、他の追随を許さぬ魅力を放った。ツイッギーちゃんが商業的には成功したが、モデルとしてはキャラ立ちしすぎているのに対し、プライスはどんな髪型でもどんな服装でも自分のものにする天性のモデルの才能があった。三頭身で頭が異様にデカいにも関わらず。
 プライスは表現力もまた抜きんでていた。大したポージングはとらないが、表情が独特なのだ。確かに、一点の曇りもないゴージャスな笑顔と言えばバービィで、愛らしい天使の微笑ならジェニィかもしれない。ただ、他のトップモデルたち同様彼女たちの表情は美しいが故にワンパターンだった。一方、プライスは掴みどころの無い不思議な雰囲気を醸し出すことができた。
 ツイッギーちゃんとプライスに仕事を奪われたトップモデルたちは、口々に彼女たちを罵った。
 「あんなのモデルじゃないわ!」
 「あの体型が許されるなら、誰でもモデルになれるってことになるじゃない!」
 バービィは、テレビ番組のインタビューで、モデルたちの心中を代弁した。
 「二人を批判しているんじゃありません。誰でもモデルという名を名乗って良いと思われるのがイヤなんです。わたしたちは人並みはずれた容姿であるがゆえに、モデルというステータスを得ているんですから」
 ジェニィはモデル仲間の言い分を聞きながら、気が滅入っていく自分に驚いていた。仕事は激減し、プライドも踏みにじられ、ツイッギーちゃんやプライスを恨んだとしてもおかしくない。三頭身の彼女たちを「モデル」と呼ぶ社会の流れに対しジェニィが憤りを感じても、誰も驚かないだろう。けれどジェニィは、二人のことを嫌いになれなかった。彼女たちの新鮮な魅力は、美容の世界やファッション業界を自由にしていると感じたからだ。「美しさ」の定義が広がっていくことに、ジェニィは反感を抱くことができなかった。
 スケジュールががら空きになった上に仕事への情熱を失ったジェニィは、モデル活動を休止することに決めた。心配したモデル事務所のマネージャーは、少々気まずそうにある自己啓発セミナーについて教えてくれた。それは「これでいいのだ。協会」という奇妙な名前の団体が主催する自信回復をテーマにしたセミナーで、業界人の間で密かな人気だという。
 ジェニィは時間を持て余していたし、昔のようにネットサーフィンをしてもツイッギーちゃんばかりが目に入ってくるので、セミナーに出かけてみることにした。

          『誰も間違っていないのだ。』

 というのが、そのセミナー名だった。
 確かにその自己啓発セミナーには、ジェニィ以外にも見覚えのある芸能人が数名参加していた。セミナーが始まる前に両隣の参加者に話しかけてみると、右側は企業経営者の女性で、左側は家庭の主婦だった。ジェニィは不安からは最も遠いイメージだった二つの職業名に驚いた。
 「これでいいの?」
 と、自分の生き方を問い直す風潮が、社会全体に生まれているのだろうか。訝りながら観察する限り、冷やかし半分で参加している者は一人もいなさそうである。とはいえ、自信喪失とは縁遠そうな参加者ばかりだと、彼女は思った。誰あろうジェニィが、参加者の中で最も自信に満ちあふれて見えることを、本人は知らない。
 講師は、頭に巻いた手ぬぐいが印象的な陽気な中年男性だった。彼はセミナーの中でこう言った。
 「他人からの良いね、ステキね、すごいね、を求めている限り、本当の自信は持てないのだ。」
 「自分と他人を比較している限り、本当の自信は持てないのだ」
 「自分がグレートであることを証明しようとしている限り、本当の自信は持てないのだ」
 学校の授業が苦手だったジェニィは時に集中力の限界と戦いながら、講師の話に聞き入った。
 「これはわたしのことを話している!!」
 と思ったからだ。
 ジェニィは休憩時間にセミナー会場であるホテルのロビーでぼんやりとしながら、幼い日のことを思い出していた。 
 モデルになる人間には良くある話だけれども、ジェニィは子供の頃からおしゃれが好きだった。でも、服を買いに行くのは嫌いだった。試着が面倒だったからだ。 
 デパートの子供服売場で、「スイート・ジュエル」だとか「ストロベリー・ガール」だとか「ユアプリンセス」だとかのキラキラした飾り文字のブランドタグが付いた服を目の前にしても、別にときめかなかった。
 ジェニィが好きなのは、ママのクローゼットを漁って、その中から服を選んで自分流にアレンジして着ることだった。子供だからもちろんどの服も大きすぎる。でも、セーターをワンピにしたり、ベルトで長さを調整したり、自分で考えて工夫するのが楽しかったのだ。母親がちょっと迷惑そうだったし、周囲の大人たちから、子供は子供らしくしなさいと言われたので、いつの間にかやらなくなったけれど。
 子供の頃、ブランドモノなんてちっとも興味がなかったことを、ジェニィは思い出した。自分オリジナルの着方を思いつくことが楽しいと思っていたので、着こなしスタイルが決まっているブランド子供服はつまらなかったのだ。友達の里香ちゃんは、子供の頃からブランドを着ることが好きだった。
 「女の子にはね、清潔さが一番大事なのよ」
 と言って。当時は言っている意味が分からなかったが、女性ファッション誌を熟読してきた今のジェニィには何となく里香ちゃんが抱えている信念が分かる。
 ここ数年は、特に積極的におしゃれを楽しんでいるとジェニィは感じていた。ところが、この日の彼女には、素直にそう思うことができなかった。確かに、洋服やバックや靴をウォークインクローゼットいっぱいに持っている。それに、つい最近まではファッション誌の私服スナップコーナーで誰よりもセンスがあると思われるべく、個性的な着こなしをモデル仲間と競い合っていたのだ。にも関わらず、幼い頃に母親の箪笥から引っ張りだした洋服をアレンジして着ていた時に感じたあのワクワク感を、ジェニィはずっと忘れていた。
 「つまり、他の人よりもグレートだと証明するためにお洒落をしていたからなのね?」
 彼女は思った。

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