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夜中の風呂

夜中の風呂

めっきり深夜の風呂をしなくなった。近所迷惑もある。しかし、深夜風呂をするときはたいてい飲めない酒を飲んで、または呑まされて、頭痛を治すために首まで浸かるという危険きわまりない入り方で、好き好んでというよりは必要に迫られての場合が多い。これもまた勧められたものではないが、頭痛薬と胃薬を飲んで、熱い風呂に長い間浸かると、寝付けるほどには調子が戻る。そして、無理に寝付き、短い睡眠時間で翌日の予定をこなす。そんな日も時折あった。が、今回は泊まりで行った研修会での話。

とある会合に呼ばれ、一泊するという業務があった。夜は当然宴会である。ここでどれだけ親睦が深められるかが任務の大半の目的で、勧められるままに飲む。ビール、焼酎、日本酒。ハイボールが再び流行る前、東日本大震災前のことである。

下戸の私は当然泥酔し、ホテルのロビーに置かれた長いすに倒れこむ始末。その会合における重鎮から「だいじょぶかぁ」と声をかけられ「ふぁいぃおおけぇでぇす」などとヘロヘロになり、しばらくその場にとどまっていた。

そして気が付いたのは午前二時半。頭痛もひどい。どういう風の吹き回しか、大浴場にいってみるという気まぐれをおこした。そのホテルは海沿いにあり、二十四時間入浴できる砂浜続きの露天風呂が自慢の宿だった。だれもいまいとふらふら脱衣所にはいっていくと二三人男たちがいる。女だったら問題だが酔っていてもそこは間違えていなかった。こんな時間に、と自分を棚に上げ、衣服を脱いで露天風呂にいった。

先客がふたりほど。畳にして八枚ほどの長方形の風呂。広くない。東屋のような小屋組に簀の子が渡しかけられている。前方は暗い海、波が寄せ返している。その音が酔った耳にはごおっ、ごおっとかなりの音量を持って響きわたる。建物からのあかりで波頭が白く薄ぼやけている。頭痛に顔をしかめながら、黒い砂浜と波を見ていた。いつの間にか一人になっていた。

まだ夜明けまではしばらくある。身体は温まってくる。正確にはのぼせてくる。下戸とは言え、つきあい程度はできてしまう飲酒能力。全く飲めない方が処しかたももっとましだろうに。暗い海を見ながらいろいろなものに耐えていた外泊の、深夜の入浴。

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