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ゆきずり2

ここのところ発表された日記の本をよく読んで
いて そういえば詩人の荒川洋治に日記についてか
かれた本があると本棚をあさってみたら思惑
どうりに見つかった 題名はストレートに「日記
をつける」という新書なのだが読んだのか読み
かけか せっかくだからはなから読むことにした

ところで 荒川洋治の本はほぼすべて持ってい
る 詩についてはそれほどではないのだが氏の
散文については なぜか読んでいると書き物の
ヒントが得られることが多く これはもう相性と
しか言えないと思うのだが氏の文章からいくつ
もの文章を書いてきた とは言え 書いたもの
に関しては氏の文章と何ら関係がなく内容も
全く違う このインスパイアは何なのだろう

昨年 すでに進学が決まっていた娘の大学の
オープンキャンパスに妻とともに出かけたのだ
が その日は学園祭の日でもあり 若い男女
がたくさんいた 帰り際に女性二人が門にかけ
られた学園祭のアーチをバックに写真をとりた
そうにしていたので私が 写真撮りましょうか
と声をかけると え お願いできますか とか
えってきたので 撮るのはこっちね と娘を呼ん
でスマホであたりの写真を撮らせた ありがと
うございます 今日はオープンキャンパスです
か と聞かれたので そうです まあもう決まっ
てるんだけどね というと娘は私の手をひっぱ
たき あ そういうのいわれたくないのかと思っ
たが 言ってしまったのは仕方がない わあ
おめでとうございます と言われ ここの学生さ
ん?と聞くとそうです と言い いい学校ですよ
ようこそ と明るくはしゃぐ 私はなんとなく人
としゃべる機会をうかがっていて 妻と娘はど
ことなく冷ややかだった 

以前 ゆきずり ということについて考えを書い
が 淫靡なものではなくこうしたやりとりも意味
の範疇での ゆきずり かと感じた これをどう
して感じたかというのは 荒川洋治がコーヒー店
で たまたま相席になった男女がスムーズに
会話をし 雨上がりと同時に別れていく という
その光景 会話を日記につけている という記述
から思いついたものだった 他に淫靡ではない
ゆきずりには 流しの犯行 というのがある

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