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ゆずりはの樹

ゆずりはの樹

ゆずりは、という樹が庭にあった。その手前に、小さめの街灯のような夜灯があった。ゆずりはの樹は大きくて肉厚の、ある種の魚のようなかたちの、濃い緑の葉を垂らして、一年中緑に茂っている。そういえばゆずりはの樹をほかで見たことかない。そもそも庭樹にするような物だったのか知らない。

夜灯は夏の夜、時折付けた。おそらく電気代がかかるのを惜しんだのだろう、少しの間、たまにだった。白い光に照らされてゆずりはのつるつるとした葉が光を反射させていた。その光にいろいろな虫が誘われてきた。おもに羽虫や蛾の類。たまにハナムグリ、カナブンなどの甲虫類。以前はいくらでも居たのだ。

庭には蛇が出ることもしばしばあった。伏せられたバケツを持ち上げると、そこに蛇がとぐろを巻いていることもあった。ゆずりはのしたに水場が作ってあった。古くなったタイルの流しを水受けに使っていた。そこにいろいろな生き物がきた。かなへび、ねずみ、鳥、ときおり知らない細長い獣。イタチか何かだったのだろうか。よくいるようだがほとんど見たことがない。

ゆずりはの樹も夜灯も今はない。あのゆずりはが目印の家は目印を切ってしまった。その切り株の根本に、割った父の湯飲みのかけらが深く深く埋めてある。掘り返してはいけないのだそうだ。陶器のかけらに無き人の魂を封じているのだと。

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