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ローリングストーンズの夜

お祭りと同様の浮かれだった雰囲気がドームの
手前に充溢していた あちこちで久しぶり とか
二十年ぶりかな などともう若くはない男女の
さざめき合うのが聞こえる 旧友と連れ立ってき
ている ローリングストーンズ日本公演 あとか
ら合流する旧友もいる ステージは彼方 見た
ところ空席はほぼ見当たらない Yは以前の
公演についてMと語り合っている それをききな
がら彼らと断絶していた間を思った 多分 この
さきまた彼らと断絶するだろうことも思った

開演直前にSとKが入ってきた Sがステンレス
ボトルを回してきた 中身はストレートのウイス
キーだった 善意で回してきたのだろうが下戸の
私からすれば有難迷惑な それとも覚えていて
わざとなのか どちらにもとれるような表情を
していた Kについては本当にしばらくぶり 多分
高校卒業前 受験のために休校に入る それ
よりもずっと前に顔を合わせた というよりその
覚えもあいまいで こいつもストーンズ好きだっ
たのかとかなり意外な印象を受けた 

実を言うと特にストーンズに狂ったわけでもない
リズムアンドブルースとかロックンロールが基調
なのだろう ビートルズはそこに解釈と工夫を
加味して別物に作り替えたが ストーンズはル
ーツにこだわっていて それがどちらかと言えば
ブルースに今一つなじめない私にはのめり込め
ない所以だった 深く聞き込んでいないので異論
は承知での個人的な印象だ しかし ストーンズ
を重んじてビートルズを軽い人は頑固者と勝手に
ほのかな偏見がある 正直 ロックレジェンド
だから 誘われたから来ている ホンキィトンク
ウィメンと悪魔を憐れむ歌が生で聞ければいい

とはいえ 私でも知っているナンバーが次々と演奏
されて アンジーの落ち着いた曲調でチャーリー
ワッツのチィーッ というハイハットオープンが
鋭く響けばウイスキーの火照りもあってすっかり
心地よく雰囲気に身を任せ しかし特に思い出も
なく曲に身を重ねたノスタルジーに酔っぱらうと
いう訳でもない ここにいる年齢層の高い人たち
はストーンズという音を借りてノスタルジーを浴び
に来たという人も多いだろう Kは高校一年の時
学校の騎馬戦大会で上級生から腕を折られた
手を押さえつけられて上から乗られた あきらか
に騎馬が崩れた後の仕業だった それでしばらく
入院していた 同級のよしみで見舞いにも行った
他にもTというやつが盲腸から腹膜炎になりかけ
て入院したのを見舞いに行った 前合わせの
中途半端な浴衣みたいな薄い青地にかすれた
ストライプの入った入院着を着ていた Kは三文字
の呼びやすい名前で 女子たちから名前に君
づけて呼ばれていた それが羨ましくて いいなあ
名前で呼ばれやがって とKに言った記憶が
はっきりある それで 自分の息子には三文字の
名前で呼ばれやすそうな名を付けた

太った白人がレスポールで入ってきて誰だろう
と終わるまで疑問だったが居酒屋でミックテイラー
だよとSから呆れられたように言われた それで
結局その程度だけどビックネームだから一度は
見ておこうと思って と言った 旧友たちは高校
を出てからしばらくの 誰それの家でストーンズ
を大音量でかけていたら後で苦情が来て大変
だったとか 私の知らないつながりの話でもり
あがっていた その頃自分が何をしていたかと
いうと 多分ジャズドラムを諦めて ものを書き
始めたくらいかと思う その高校からはあまり
受からないところへ進学したもののまわりは
第一志望を落ちた進学校出身者ばかりでどこ
となく居心地の悪い思いをしていた 今は別に
自分の知らない話で場があがってきていても
居心地悪いという事はない とうに過ぎたことだ
った となりのKがぼそりと言った こんなに楽し
い飲み会になるとは思わなかった お前嫌な
奴だったから

電車の人波に紛れるのが嫌でタクシーで帰ろう
と言い出した いやだったら一人でもタクシーに
乗るつもりだった 方向の同じなY Kと乗り合わ
せた Sは仕事に戻ると消えた どことなく感じて
いた人生の違和感の その大元が解けた気が
した Kが婿養子に入った家の経営する会社で
苦労しているという話を延々と聞きながら あと
数年で仕事を辞めようと改めて強く思った

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