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あかるくてつめたい

小さな橋を渡って大きな古い家にいく
大きな家には何人かの人が集まって
座布団に座って大きな男の話を聞く
その男の話は海の中で大昔にあった
争いのエピソードなのだがいちいち
発音を変えて話すので漫談を聞いて
いるようだったが かといって全く
面白くはない いつも背筋のきれいに
伸びた ひっつめ髪の痩せた女の
ひとのうなじをじっと見つめていた
女の人もそれには気が付いていた
ようで 後ろの方に座ることはない

小さな橋を渡って大きな古い家に帰る
女中さんと一緒に一番風呂に入る
裸のままで湯船のタイルを懸命に
磨いていた 腕から背中に鳥肌が
たってくると手桶でお湯をかけてやる
あったかい といいながら前かがみで
タイルを磨く 風呂上がりには全身
を木綿の布でやわらかく包んでくれる
あたたかくてくらいくらくてあたたかい
夜の中に流れる川と小さな橋の営み

女中さんに連れられて川遊びに出る
二人で川の中に入り小魚を網で捕る
水草の際に網を構えて竹竿で追い込む
水の中で泥がふわっと濁りすぐ流れる
水草の陰で流れを逃れた小魚が捕まる
銀色の魚は醤油色に煮漬けられて
二人の肉体の基になる

旦那様に女中が懲らしめられる夜
そんな夜は来ない なぜなら逆
そんなこともない 考えているように
都合よくはいかなくて笑える

橋が無ければ川を渡ればいいのだけど
その都度濡れるから橋が渡された
うなじを見つめる時間をもう辞める
今度は見つめられる番だと思う
薄く口ひげを残した 首筋に沿って
誰も来ていない座敷に紫の座布団が
散らばっている
あかるくてつめたい


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